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布教(バーデン)

 ラングール共和国に置かれたカザラス帝国の前哨基地バーデン。指揮官のアーロフは副官のトビアスとテーブルを挟んで座り、竜戯王で遊んでいた。


「それにしても……ジークムント陛下も人が変わりましたな。以前はラーベル教を疑っていらしたのに……」


 眉間にしわを寄せながらトビアスが話し出す。竜戯王の盤面は明らかにトビアスの劣勢であった。


「まあ命を救われれば考えも変わるだろうが……お前はどうなのだ、トビアス? ラーベル教を信奉しているのか?」


「……いまのところは信じておりません」


 アーロフの問いにトビアスが答えにくそうにしながらも首を振る。


「信じろというご命令があるなら信仰いたしますが……」


「ふっ、お前はラーベル教徒ではなく軍人教徒だな」


 生真面目なトビアスの返答を聞き、アーロフは笑って見せた。


「兵たちの状況はどうだ?」


 竜戯王のカードを進めながらアーロフが尋ねる。


「装備、練度ともに充分ですが、士気の低下は否めません。本土に一度引き上げるべきという意見も根強いようです。物資に関しては今回の輸送でどうにかなりましたが。定期的に輸送船団を行き来させなければ兵たちは干上がってしまうでしょう」


 トビアスが顔を歪めながら報告した。アーロフの手が致命的なものだったようだ。


「これだけの兵数に海を渡らせるのがどれだけ大変だと思っているのだ。フォルゼナッハは敵軍の情報を仕入れていたようだが、それでは同時にこちらの情報が相手に流れる危険もある。まして相手側にはあのダルフェニア軍が加勢しているのだ。海でも何か魔物を使って仕掛けてくる恐れもあるぞ」


 険しい表情でアーロフは話す。


「そうですね、はやり兵たちの間でも……」


 トビアスが話そうとしたとき、扉のドアが遠慮がちにノックされた。


「入れ」


「し、失礼します!」


 アーロフが許可すると、三人の兵が怯えながら入室してきた。その三人はラーベル教を信じておらず、アーロフの私兵となった者たちだった。


「なんだ?」


「は、はい! あの……」


 三人は互いに顔を見合わせながら言い辛そうにしている。


「伝令ではないのか? 一兵卒が指揮官に直談判に来ることなどあり得ないことだぞ」


 トビアスが兵士たちを睨む。


「かまわん。早く言え」


 アーロフがトビアスを制し、兵たちに話を促す。


「は、はっ! その……アーロフ様に訴えたいことがございまして……これは私たちの一存ではなく、他の多くの兵の思いでありまして……」


「ほう。なんだ?」


「も、申し上げにくいのですが……今後、敵側にドラゴンがいた時は撤退していただけないでしょうか?」


「何だと? 臆病風に吹かれたか!」


 激昂するトビアスに兵士たちは肩を震わせた。


「落ち着け、トビアス」


 しかし話を聞いたアーロフは怒るどころか笑みを浮かべていた。


「面白い話だな……兵士たちが皆そう言っているのか?」


「は、はい! 私もあの戦いの場におりましたが、何が起きたのか判りませんでした……一瞬の閃光の後、視界を奪われて次に周りが見えた時には大地が沸き立っており、そこにいたはずの友軍は消え去っていました……信じていただけないかもしれませんが、ドラゴンの力は我々の想像を遥かに超えています!」


「わかっている」


 熱弁する兵士にアーロフはなだめるようにうなずいた。


 バーデン兵の神竜に対する恐怖は、戦いの最中よりも帰還してからのほうが強かった。その場では理解が追い付かなかったのだ。しかし戦場を離れ何が起きたのかを考える余裕ができるにつれ、自分たちが対峙したものがどれほど恐ろしい存在かを改めて理解することとなり、神竜の存在は彼らのトラウマとなっていたのだった。


「彼らの力は凄まじい……まさに『神竜』と呼ぶにふさわしいものだ」


 続くアーロフの言葉に兵士たちは顔を見合わせる。


「はっ……そ、そうですね……」


 三人の兵士たちは顔を見合わせ、言いにくそうに同意した。


「お前たちが見たのは金色の龍であろう? あの神々しい姿を見て信奉する者はいないのか?」


「はぁ……まあ一部の兵にはそういう者もおりますが……」


 実際、あの恐怖を経験したバーデン兵の中には神竜の像を彫り、「どうか殺さないでください」と祈りを捧げる者も出ていた。


「お前たちはラーベル教を信じていないのだろう? だったらいっそのこと神竜教を信じてみたらどうだ?」


「なっ!?」


 アーロフの言葉に兵士たちは絶句する。

 

「神竜教はラーベル教のように排他的な教義はない。お前たちが今信じている神と同様に神竜を扱えば良いだけだ。それにもし神竜の加護が得られれば、戦場で神竜に出会っても襲われずに済むかもしれないぞ」


「ほ、本当ですか……?」


 兵士たちがアーロフの話を聞き戸惑った。


「俺もダルフェニア軍と戦い、撤退する途中に恐ろしい獣に襲われた。そしてその時に俺を救ってくれたのが神竜だった。加護を得られれば、これほど頼もしい存在はないぞ」


「ですが、神竜教を信じるのは我が国への敵対行為では……」


 トビアスが眉をひそめて言う。


「帝国民以外でもラーベル教を信じるように、神竜を信じるのがダルフェニアに下ることにはなるまい。それが力になるのであれば、うまく利用すれば良いのだ。お前もどうだ? 今ならこのデスドラゴン様イラストカードを分けてやろう」


 アーロフは懐からはがきサイズのカードを取り出す。そこにはデスドラゴンのイラストが描かれていた。アーロフがミドルンで大量に買い込んだグッズの一つだ。


 こうしてバーデン兵の中にも少しづつ神竜教が広まっていくのであった。

お読みいただきありがとうございました。

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