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歴史の胎動

 ラーベル教。カザラス帝国の国教に指定された宗教である。「慈愛と融和」を教義とし、貧しき者や虐げられる者への支援を積極的に行っており、民間からの人気も高い。


 カザラス帝国はその教えに従い、侵略した国でも大人しく従う者への措置は寛大で、降伏した貴族や軍関係者をそのままの立場で召し抱えることも多々ある。無用な流血を避け、相手の残存勢力を取り込むこともできるため、カザラス帝国がこれだけの大国になることが出来た一因となっていた。


 ただし征服した国での略奪等も禁止しているが、軍事力を維持するために税率は高く、一般国民の生活は楽とは言えない。全ては統一国家をつくるため、それができた暁には全ての国民が豊かで平和な生活を送ることができる。カザラス帝国はそうプロパガンダをしていた。




 カザラス帝都イルスデンは、いまや数千万の人口を抱えるカザラス帝国を統べる中心都市だ。皇帝ロデリックの居城、イルスデン城はローゼス城の傍らに増築するように建てられた巨城である。カザラス帝国の威容を象徴する建物として十数年の年月をかけて築城された。


 イルスデン城の一室。天井は高く、壁の一角には部屋を見下ろす位置に女性の像が設置されている。天から使わされし聖姫、ベアトリヤルの像だ。ラーベル教徒を死後、約束の地ザーカディアへと導く乙女とされている。ラーベル教の象徴として教会などには必ず設置されているものであった。


 その像の前に一人の女性が膝を付き、祈りをささげていた。差し込む月明かりと見紛うような美しい金髪が床まで垂れている。白い法衣はラーベル教徒の証、それもそれなりの地位にいることを示していた。


「ユリアンネ様、ようやくラーゲンハルト様から妹君の配置転換に了承する旨のご返事がございました」


 一人の初老の男、帝国第一宰相ヴァシロフ・ハッシャーがその女性に話しかける。その声に反応し、その女性――ユリアンネ・カザラス・ローゼンシュティールは顔を上げた。大陸一の美姫と称された母親譲りの美貌に、見慣れたはずのヴァシロフでさえ一瞬、息をのんだ。


「左様でございますか。愚弟がご迷惑をおかけいたしました」


 ユリアンネは立ち上がり、優雅に頭を下げた。ユリアンネは皇帝ロデリックの第二子にして長女であり、帝国第二宰相を務めている。宮廷内での地位は皇帝、第一宰相に次ぐ第三位だ。またラーベル教会でも大司教、司教に次ぐ第三位の司祭の称号を得ている。その絶大な影響力から”影の皇帝”と称されていた。


「どうやら弟君は計画に気づいたうえで反対されているようですな」


 ヴァシロフがユリアンネに言う。役職は上だが、相手が皇族ということもあり敬語で接している。逆にユリアンネもヴァシロフが役職が上ということで敬語で接していた。帝国第三宰相まで役職者はいるが、立場的にも実力的にもこの二人が別格であり、老齢の皇帝に代わって国の運営にその辣腕をふるっていた。


「お恥ずかしいことでございます。兄上と違い、愚弟には大局をおもんばかれるほどの視野が欠如しているのです」


 ユリアンネは早くからその才覚を認められ、国政に力を発揮してきた。すでに三十を過ぎているが、その美貌にもかかわらず国のために全てをささげるとして独身を貫いている。


「大義のためとはいえ、心中お察しいたします」


 ヴァシロフはユリアンネに頭を下げる。


「全ては約束の地へと進む道。さあ、参りましょう。カザラスの栄光とともに」


 ユリアンネは法衣を翻して部屋の中心へと歩き出した。そこには大きなテーブルが置かれ、大陸の地図が広げられている。その上には軍勢を表す駒が置かれ、テーブルの周りには数人の男たちがヴァシロフとユリアンネに向かい頭を下げていた。ここはカザラス帝国の軍略を決定する作戦本部――大本営であり、大陸の運命を左右する策謀が今日も巡らされていた。




 メイユを出発したアデルたちはさらに東へと進んでいた。ガルツ峡谷を抜けたものの、北側には「獣の森」という獣人たちの領域が広がっており、南は広大な「死の砂漠」が広がっている。そのためロスルーの町に着くまではほぼ一本道であった。


「ピーコさん、次からはちゃんと妹という設定でお願いしますね」


 アデルは隣を歩くピーコに言った。


「任せておけ」


 ピーコは自信たっぷりに返事をする。「そのようなことが出来るか!」と反対されるかとアデルは心配したが、思いのほかあっさりとピーコは受け入れた。料理やベッドという人間の文化が気に入ったらしい。次の町でも人間として過ごす気満々で、人間の姿のまま一緒に歩いていた。


「あれがロスルーか。すごいな……」


 イルアーナが呟く。ピーコの方を向いていたアデルが前を向くと、遠くにロスルーの町が見えた。


「うわぁ……」


 ロスルーは西のヴィーケン王国、北の旧エレンティア王国と旧ハーヴィル王国を結んでいた交通の要衝である。古くから防衛、交易の拠点として栄えた大きな町だ。町を囲む立派な防壁も目を引くが、それ以上にアデルたちの目を引くものが目の前に繰り広げられていた。


「これがカザラスの重装歩兵隊か……」


 アデルが思わず呟く。大きな盾と長槍を持った重武装の歩兵たちが数百人で隊列を組んでいる。それが数組、指揮官の号令に従って一糸乱れぬ行進を披露していた。だいぶ距離があるにもかかわらず振動が伝わってきそうな重厚感があった。重装歩兵隊――カザラス軍の主力部隊である。


「だが、一緒に歩く練習など意味があるのか?」


 イルアーナがアデルに尋ねる。個人の戦闘力に優れるダークエルフは集団での戦法の知識があまりない。カザラス帝国のように統制の取れた大軍がいままで存在しなかったため、それも仕方のないことであった。


「もちろんですよ。敵との交戦時に隊列がデコボコしてたら、突出した部分が集中攻撃を受けちゃうじゃないですか。防御力の高いユニットを一列に並べて敵の攻撃を受け止め、機動力の高いユニットに回り込ませたり、間接攻撃ユニットでダメージを与える。これが戦闘の基本ですよ」


 アデルがシミュレーションゲームの知識で答えた。


 重装歩兵は大きな盾と槍ゆえに、機動力がない。とくに方向転換においては盾や槍が味方に引っかかる恐れもある。重装歩兵は正面から来る敵にはめっぽう強いが、側面や背後からの攻撃には弱く、方向転換時に混乱が起きては致命的なのだ。


 そのためカザラス帝国では重装歩兵隊は集団での基本動作を徹底的に訓練される。また重装歩兵以外にも機動力のある重装騎兵と、重装歩兵を後ろから援護する長弓部隊、この三種の部隊の連携がカザラス帝国の強みであった。奇しくもアデルの話はカザラス軍の戦術を的確に言い当てていた。


 アデルは実際に戦場でカザラス軍と対峙しているが、ガルツ要塞での防衛戦だったため、重装歩兵は「弓で撃ちにくかった」くらいの印象しかない。カザラス軍の強みは野戦であり、攻城戦は得意ではなかった。さらに狭いガルツ峡谷では大軍を生かせず、カザラス軍苦戦の最大の要因となっていた。


 もし目の前の軍と野戦で戦うとなったら……アデルはその想像に身震いした。


「なるほどな……そこまで考えているとはさすがだな」


 イルアーナがアデルの説明に感心する。


「そ、それほどでも……」


「それで、どうやってこの軍と戦うつもりなのだ?」


「え?」


 当たり前のように聞いてくるイルアーナに、アデルは固まった。


「そこまで分析しているからには、それを打ち破る方法も考えているのだろう?」


「も、もちろんですよ。でもまあ、それは後のお楽しみで……」


 アデルは冷や汗を垂らしながら誤魔化す。もちろんそんなこと考えていなかった。


(あの大軍を前にこの余裕……これが「王の器」というやつか……)


 そんなアデルを見てイルアーナはまた勘違いをしていたのであった。


お読みいただきありがとうございました。

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