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適所(ミドルン)

 神竜暦二年。


 帝都イルスデンで新皇帝ジークムントが聴衆の前での演説後、戴冠式を終え正式に二代目カザラス皇帝となっていた。才能あふれる若き皇帝の即位に帝国民は希望に酔いしれている。


 一方、神竜王国ダルフェニアでは……


「え~……こ、国民の皆様、旧年中は大変お世話になりました。大変に大変な大変の一年でございましたね。ま、まあどうにか今年を迎えられて、また来年も元気にこうしてみなさんとお会い出来たらなと……え? もっと勇ましいこと? い、言えないですよ、そんな……」


 集まった民衆の前。ガチガチに緊張したアデルは演説の最中、イルアーナに叱られていた。


「あははっ!」


「がんばれアデル様!」


 そんなアデルの様子を見てミドルンの市民から応援の声や笑い声が上がる。アデルがあがり症でこういった演説が苦手なことは、何度か演説を見てきたミドルンの人々にはバレていた。人々は温かい目で慌てふためくアデルを見守っている。この頼りない少年が分裂した旧ヴィーケン王国を瞬く間に統一し、その一方で強大なカザラス帝国の軍勢を何度も退けていたことを人々もよくわかっていた。また善政を敷き、国民の生活の向上にも注力している。若き王の姿に希望を抱いているのは神竜王国ダルフェニアの民も一緒だ。


 ジークムントとアデル。対照的な二人の戦いが、この世界の行く末を大きく動かしていくであろうことを誰もが予感していた。






「どうもお世話になりました」


「いえいえ、また遊びに来てくださいね!」


 そんな中、ミドルンを訪れていたラングール共和国のイルヴァが帰国しようとしていた。アデルとイルアーナ、そしてクロディーヌがイルヴァを見送る。


 島国であるラングール共和国はこれまで海軍の力によってカザラス帝国の進行を食い止めていたが、現在はカザラス軍の上陸を許し前哨基地を作られてしまっている。いわば喉元にナイフを突きつけられているような状況であった。


「エニーデちゃんにもよろしくね!」


 クロディーヌが笑顔でイルヴァに話しかける。クロディーヌは旧ハーヴィル王国の王女で、身分と性別を偽り旧ヴィーケン王国に亡命していた。しかし神竜王国ダルフェニアでその身分を明かし、その出自の高貴さと屈託のない明るさで、アデルの苦手な外交面において重大な役割を果たしていた。美しい金髪も伸び、すっかり女性らしい見た目となっている。


「ありがとうございます。アデル様もクロディーヌ様もぜひまたラングールにいらしてください」


 イルヴァが微笑む。昨年末にカザラス軍の大侵攻を受けたラングール共和国でも大きな動きがあった。


 大きな損害を被ったラングール海軍と陸軍は統合され、国防軍として再編成されることとなった。そしてそれを管轄するのは海軍を管轄していたシャーリンゲル公爵家となった。ただ当主のエニーデが十二歳とまだ幼いため、イルヴァのセラマルク公爵家が後見人となることになっている。またカザラス帝国に内通していたノルドヴァル公爵家が持っていた多くの権限は他家に譲渡され、陸軍を管轄していたフロズガル公爵家とともにその権勢を大きく失っていた。


 イルヴァ一行は来るときに馬車数台分の輸入品を運んできていたが、帰りもその馬車は満載になっている。ジャガイモにハーピーの香水、ダークエルフの染料や絹織物等々、神竜王国ダルフェニアの特産品の数々だ。さらには竜戯王セットや神竜グッズも仕入れられている。ラングール共和国の首都を狙っていたカザラス軍を壊滅させた神竜の力は、ラングール共和国内でも信奉者を増やしつつあった。これらの品々をラングール共和国に持ち帰れば大きな利益を生むことになるだろう。


「行きたいのはやまやまなんですが……また荒れそうなんですよね」


 アデルはため息をついた。


「そうですね。お互いにそれどころではないという状況でしょう」


 イルヴァも顔を曇らせた。


 カザラス帝国の新皇帝即位の情報はイルヴァにも伝えられている。皇帝ロデリックが亡くなったことでしばらくカザラス帝国内は戦争どころではなくなると予測されていたが、スムーズに新皇帝が決まったことでその予測は覆された。イルヴァが急遽帰国の途に就くのもそのためだ。


「ところで……ラーゲンハルト様は大丈夫なのですか?」


「え? ええ。もちろん元気ですよ」


 イルヴァの問いにアデルはキョトンとして答える。


「いえ、そうではなくて……皇帝が変わったとなればラーゲンハルト様も事情が変わってくるのでは……」


 イルヴァが遠慮がちに話す。ラーゲンハルトは皇帝ロデリックの子供であったが、様々な罪と責任を負わされアデルの元へと亡命してきていた。


「確かにな。新皇帝の話を聞いてからあいつは副官のフォスターと部屋に籠りがちだ。それに奴らは新皇帝ジークムントのことは敬愛していた。気持ちの変化があっても不思議ではない」


 その話にイルアーナが賛同する。


「ラーゲンハルトさんが帝国に戻るってこと? そんなことあるわけないよ!」


 しかしクロディーヌはその話に猛反発した。


「う~ん」


 三人のやり取りを聞いてアデルは考え込む。


「でも……ラーゲンハルトさんたちが帝国に戻りたいって言うんなら仕方ないんじゃないですか?」


「はぁ?」


 アデルの切り出した言葉に三人が驚愕する。


「ほ、本気でおっしゃってるのですか!?」


「ダルフェニアを裏切るということだぞ! わかってるのか!」


「ラーゲンハルトさんがいなくなっちゃってもいいの!?」


 イルヴァ、イルアーナ、クロディーヌが口々に言い、アデルはその勢いに気圧される。


「い、いや……三人の言うこともわかりますけど……」


 しかしアデルはなんとか踏みとどまり、思いの丈を話す。


「僕はラーゲンハルトさんやフォスターさんが好きです。いなくなったら寂しいし、なにより国としても困っちゃいます。だけど嫌々ここにいて欲しくないんです。それにラーゲンハルトさんは配下ってわけじゃなくて、友達ですから……」


「……まったくお前は」


 アデルの話を聞き、イルアーナは諦めたようにため息をついた。


「……そうだね。ラーゲンハルトさんの気持ちも大事だね」


 クロディーヌもしゅんとしてアデルの意見を認める。


「素晴らしいですわ、アデル様……」


 そんな中、イルヴァは感動で瞳を潤ませていた。


「そうですね! 誰も嫌々働かされるべきではありませんよね! おっしゃる通りです!」


「は、はぁ……」


 イルヴァがアデルの手を取りブンブンと振る。アデルは困惑しながらされるがままにされていたのだった。

お読みいただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] まあ、自分がラーゲンハルトの立場だったら、 帰りたいとは到底思えないけどな そこそこ好意的な知り合いが妹一人だけで、 残りは無能+社会不適合者+敵意持ちのストレス要員ばっかじゃないか 新皇帝…
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