希望(ミドルン)
誤字報告ありがとうございました。
「な、なんだこれは……!?」
「嘘だろ……おい、みんなを呼べ!」
年末のミドルン城では兵士たちがざわついていた。
「ま、まさかこんなことが……」
「アデル様はなんて残酷な選択を俺たちにさせるんだ……!」
兵士たちは一様に険しい表情である場所を見つめている。それは一枚の看板であった。
食堂の前に置かれたその看板には四品の料理の絵が描かれている。シチュー、焼き魚、ベーコンエッグ、唐揚げの四つだ。
そしてその看板には恐ろしい文言が書かれていた。
「この中からおかずを二品選べだと……!?」
兵士たちが看板を見つめながら絶句する。
そう。ついにダルフェニア兵たちの前に、アデルの野望であった「おかず二品制」が姿を現したのであった。
「む、無理だ……選べねぇよ!」
「しっかりしろ! 戦場では厳しい判断を迫られることもある。きっとこれはその訓練も兼ねているんだ!」
「アデル様……なんて恐ろしいことを……」
看板の前で兵士たちが苦悶する。平和な日常の中で突然、運命を決める残酷な取捨選択を迫られ、兵士たちはいつまでも看板の前で悩んでいた……
戦争によって神竜王国ダルフェニアの全体的な食糧生産量は下がっている。しかし戦時中において国の主導で積極的に市場に保存の利く食糧を放出させたことにより食糧不足は起こっていなかった。
また「はじまりの森」の大規模農場は生産力が高く、順調に食糧を供給している。広大な畑では水撒きと雑草除去のために相当な労働力が必要であったが、水魔法の使える川オークが水撒きを手伝うようになったため、そちらの労働力不足は解消されていた。
他方、ワイバーンやレイコが消費する食糧を確保するため、国の主導で畜産が進められている。神竜王国ダルフェニアは領地を拡大すると同時に家畜の確保を行ってきた。そのため現在ではミドルンの周囲に大規模な農場が点在していた。畜産は規模が大きいほうが効率が良いため、今後は大きく生産力が増していくであろう。
一時期は危惧された唐揚げ不足だが、成長が早い鶏は早くも大規模飼育の結果が出ており、すでに必要とされていた量を余裕で上回る卵と鶏肉が生産されていた。鶏肉はジャガイモとともに今後のミドルンの名物となっていくことだろう。
「アデルさん、素晴らしいですわ……まあこれもわたくしが力をお貸しした結果でしょうけれど」
唐揚げを頬張りながらレイコがウットリと呟く。レイコの前にはシチュー、焼き魚、ベーコンエッグ、唐揚げの全てが置かれていた。「二品選んでください」と言われたレイコの答えは「全部いただきますわ」だったのである。さらにその周りには祭りの出店で売られている料理も並べられていた。
(メニューの中から選ぶのが醍醐味なんだけどな……)
アデルはそんな様子を見ながら思った。
「明日もよろしくお願いしますね。変身して見せるだけで大丈夫ですから」
アデルがレイコに念押しする。
明日は今年最後の日、日本でいう所の大晦日であった。夜には年越しの式典が行われ、レイコが神竜の姿を聴衆に見せる予定となっている。わざわざ式典を夜に行うのはレイコの見栄えが良くなるためだ。
神竜が姿を見せるということは市民にも伝わっており、その姿を一目見ようと国中から人が集まって宿屋はどこも満室となっている。ミドルンは北のオリムや東のカーンとも距離が近いため、あぶれた観光客はそういった近隣の都市に宿を取っていた。そういった観光客のために式典後には無料の馬車が近隣都市間を運行する手はずとなっている。
「わたくしを一目見るために国中から人々が集まってくるなんて……我ながら自分の美しさが恐ろしいわ……」
レイコが眉間にしわを寄せて首を振る。その口元は唐揚げの油でテカテカになっていた。
そして翌日。ミドルンの町には通りを埋め尽くすほどの聴衆が集まっていた。以前から神竜教の人気は高まりつつあったが、ラングール共和国でカザラス軍を大敗させ、カザラス帝国に停戦を申し出させるほどの活躍があったことでその人気はさらに高まっている。
神竜は何体かいるものの、やはりレイコの人気が圧倒的だった。表舞台に立つ機会が多いことはもちろんあるが、人間時の華のある見た目もやはり人気の理由の一つだろう。そして光を放つ黄金の龍という、「神々しい」という言葉のイメージにピッタリの存在であることも大きい。その力強さはダルフェニア軍の強さを、放つ光はこの国の未来を暗示しているかのように受け止められていた。
ミドルン城の前の広場に作られた特設舞台。祭りの間ニンフたちのステージが開催されている場所だが、今は楽器隊がその場所を陣取っている。
「それではこれより、レイコ様から新年に向けてのご加護を頂戴します!」
舞台の上で元ミドルンの領主で現在は神竜教の司祭となったコルトが宣言する。それが合図となり、楽器隊が荘厳な曲を奏で始めた。
そしてミドルン城のバルコニーにレイコが姿を現す。その体は淡い光に包まれていた。
「おお……美しい……」
「あれが神竜様か……」
初見の聴衆たちがざわめく中、レイコの体を包む光が強くなる。そしてピカッと光ったかと思うと夜空に巨大な黄金の龍が姿を現した。
「おおおっ!」
聴衆は度肝を抜かれ、その驚きの声が重低音となってビリビリと空気を揺らす。
「あれが我が軍を滅ぼした神竜……!?」
フォルゼナッハの元からダルフェニア軍に寝返ったカスタムがレイコを見上げ目を見開いた。
「なんという圧力……見かけだけの化け物ではないようじゃな」
イルヴァとともにミドルンを訪れていた女サムライ、アヤメが圧倒されながらつぶやく。
しかし、その迫力に圧倒されている者たちと違い、イベントごとにその姿を見ているミドルンの市民たちは落ち着いた物であった。
「いやー、いつ見ても見事なものですな」
「まったくです」
一軒の民家で中年男性が窓から顔を出し、隣の住民と談笑しながらレイコを見上げていた。もはやミドルンの市民にとって、レイコの姿を見るのは打ち上げ花火を見る感覚に近い。
『ああ、いけませんわ。美しいわたくしをそんなに一生懸命に見つめたら目の毒ですのに!』
以前よりも大勢詰めかけた人々に満足したのか、レイコは咆哮を上げながら夜空を数周飛び回った。そして人々から驚きや感嘆の声が上がるとさらに調子に乗ったのか、夜空に向かって光のブレスを吐く。それによって歓声や悲鳴が上がると、レイコはまた気持ち良さそうに夜空をクルクルと回った。
「ほほう、咆哮に光のブレスまで……今夜は豪華ですな」
「ありがたや、ありがたや」
民家の住民はレイコの姿を見届け手を合わせて拝んだ。
そしてレイコが人間の姿へと戻る。後に残された人々は驚きに目と口が塞がらない者、感激して涙する者、恐怖で震える者とさまざまであった。
「レイコ様、ありがとうございました!」
コルトが手を広げて大声で叫ぶ。そして深々とレイコが姿を消したバルコニーに向かってお辞儀をした。聴衆の多くが慌ててそれに倣い、頭を下げる。
タイミングを見計らい、再び音楽隊が曲を奏で始めた。それに合わせて舞台上にニンフたちが登場する。こうして神竜王国ダルフェニアは賑やかに新年を迎えたのであった。
お読みいただきありがとうございました。