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幕引き(ミドルン)

「なっ……!?」


 背中に短剣を突き立てられたフォルゼナッハは茫然とカイの顔を見つめる。


 カイは憤怒の表情のまま短剣を引き抜くと、フォルゼナッハの首を斬りつけた。返り血でカイの体が真っ赤に染まる。フォルゼナッハはヨロヨロと2、3歩後ずさると床に崩れ落ちた。


「取り押さえろ!」


 ラーゲンハルトの鋭い声が飛ぶ。それに反応したプニャタとカスタムがカイに飛びつき、床へと組み伏せた。リオはただ立ち尽くして唖然としている。


「だ、大丈夫ですか!?」


 アデルがフォルゼナッハに駆け寄る。しかし大丈夫でないことは誰が見ても明らかだった。フォルゼナッハは虚ろな目で周囲を見回している。


「イルアーナ、応急処置を! ポチとメイズを呼んでくる!」


 ラーゲンハルトがそう言い残し、走り出す。いつもであれば女性をちゃん付で呼ぶのだが、ふざけた様子の一切ない険しい顔をしていた。


「できるだけやってみよう」


 イルアーナは倒れたフォルゼナッハの傍らに膝をつくと治癒魔法を唱えるための精神集中に入ろうとする。


「フォルゼナッハ様!」


 イルアーナを押しのけ、イルヴァとエラニアが倒れたフォルゼナッハにすがりついた。


「しっかりしてください! お気を確かに!」


 イルヴァとエラニアは声を掛けながらフォルゼナッハの体を揺さぶる。


「よ、よせ……」


 フォルゼナッハが弱々しく呟いた。


「どけ!」


 イルアーナがイルヴァらを押しのけ、再び治癒魔法を唱えようとした。


「イルアーナさん、もう……」


 だがそんなイルアーナを今度はアデルが止める。


 フォルゼナッハの息はすでに止まっていたのだ。


「くっ……!」


 イルアーナが悔しそうな表情を浮かべながら、イルヴァらを睨む。


 二人は悲痛な表情を浮かべながら、血まみれの手で口元を覆っていた。しかしその隠された口元には笑みが浮かんでいる。二人がフォルゼナッハの応急処置を妨害したのは意図的なものだったのだ。


 こうして剣技大会は公には盛大に幕を閉じたものの、その裏側では後味の悪い幕引きとなったのであった。






「これって……どうなるんですかね」


 アデルが不安げに呟く。


 剣技大会が終わった後の選手待機所。フォルゼナッハの遺体の入った棺桶がそこには置かれていた。急だったこともあり一般人用の質素なものだ。


 手狭なミドルン城では遺体の置き場所にも困る。どこか良いところはないかと思案したところ、ちょうど使わなくなったスペースがあることに気づき、遺体はここに運ばれていた。


「まあ、プラスにはならないだろうね。うちが暗殺したとか、そうじゃないにしてもうちの警備体制に落ち度があったとか言われてちゃうんじゃない? 帝国はいつでも停戦を破る口実を手に入れた感じかな」


 ラーゲンハルトが気怠そうに呟く。


「むしろ最初からこれを目的に奴を送り込んできたのではないだろうな」


 棺桶を睨みながらイルアーナが言った。


「それもあるかもしれないね。まあうちが参加を断ったところで、道中で殺してうちのせいだって言うこともできるだろうし、難癖なんてつけ放題だよ。向こうの将が一人減ったことを素直に喜ぶべきかもしれないね」


 言いながらラーゲンハルトは肩をすくめた。


「で、でもカイさんを解放すれば本当のことを帝国に伝えてくれるんじゃないですか?」


 アデルが不安そうに言う。


「う~ん、自分が上官を殺しましたなんて正直に言うかな。うちに罪をなすりつけられる状況でさ。もし正直に話したとしても、帝国はそれに関係なく都合のいいように今回のことを利用すると思うよ」


 ラーゲンハルトは腕を組んで首を傾げた。


「どのみち事実を捻じ曲げてこちらのせいにされるのであれば、あの兵を開放することもなかろう。我が国に多大な損害を与えたのだ。重犯罪者として魔物のエサにでもしてやればいい」


「そ、それはやめましょうよ」


 機嫌の悪そうなイルアーナをアデルが宥めた。


「彼には死体を持って帰ってもらわないといけないしね。それに帝国がどう動くかなんて心配するだけ無駄。どうせいますぐにでも停戦なんて破って攻めてくるかもしれないんだからさ」


 ラーゲンハルトが身もふたもないことを言って話をまとめる。


「さて、水を差されちゃったけどアデル君が見事剣技大会に優勝したわけだしさ。ぱーっとお祝いでもしようよ。それに祭りも始まったわけだしさ」


 ラーゲンハルトがアデルの肩をポンポンと叩く。この剣技大会を皮切りに年末から年始にかけてミドルンでは祭りが催されるのだ。


「そうだな。こんなやつにこれ以上煩わせられるのもバカバカしい」


 イルアーナが棺桶を一瞥して言った。


「それにしてもアデル君、また強くなった? 魔力もちょっと上がってる気がするけど」


「ほう、そこに気付くようになったか。確かに暗殺事件で出会って以降、アデルの力は徐々に上がっている」


 ラーゲンハルトの一言にイルアーナがなぜか得意げな顔になった。


「あぁ……」


 アデルは生返事をしながら思い返した。


(たぶん、日本に転生したことが原因だろうな……まあ本当に転生したのか、日本の記憶自体が夢とか妄想の類なのかは知らないけど……)


 魔法にせよ武術にせよ、イメージする力が成長の大きな要因となる。現代日本で色々な映像や漫画に触れたことが自分が強くなった理由なのではないかとアデルは考えていた。


「やっぱ好きな女の子の前では男の子は頑張っちゃうのかね」


「え? え?」


「な、何を言っておるのだ!」


 ラーゲンハルトがポツリと言った言葉にアデルとイルアーナは顔を赤らめたのだった。


お読みいただきありがとうございました。

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