裏切り(ミドルン)
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闘技場の選手通路でアデルたちはフォルゼナッハらと対峙していた。カスタムに武器の所持をバラされ、フォルゼナッハは懐に隠した武器に手を伸ばす。
「アデル様!」
その時、女性の声が通路に響いた。見るとラングール共和国のイルヴァとその護衛のエラニアが走ってくるのが見えた。
「アデル様、ご無事ですか!」
エラニアがアデルに呼びかける。
「ええ、どうしたんですか?」
駆け寄ってきたイルヴァとエラニアにアデルは尋ねる。フォルゼナッハらを挟んでイルヴァとエラニアはアデルたちの反対側に位置し、フォルゼナッハらを囲むような形になった。
「フォルゼナッハ……様たちがアデル様たちのほうへ行くのを見て、何か企んでいるのではないかと心配してまいりました」
エラニアが嫌そうに敬称を付けながらフォルゼナッハを睨む。前後を挟まれたフォルゼナッハの表情に焦りの色が濃くなった。
「ま、待たれよ! 確かに私は武器を隠し持っていた。護衛の者もそうだ」
フォルゼナッハはそう言うと隠し持っていた短剣を取り出した。カイにも顎で促すと、カイも同様に懐から短剣を取り出す。
「だがこれはあくまでも自衛のための物。私のような高貴の身分の者がわずかな護衛しか連れず敵地におるのだ。用心して当然であろう?」
「何を言っておられる! 騙されてはなりません、アデル様! あれは暗殺のために用意したものです!」
悪びれる様子もなくフォルゼナッハが言うにカスタムが叫んだ。
「裏切者が猛々しく叫びおって! 恥を知れ!」
そのカスタムを怒りの形相でカイが睨む。
「落ち着くのだ、カイよ。カスタムを責めても事態は変わらん」
落ち着きを取り戻したフォルゼナッハがカイをたしなめた。そしてアデルへと向き直る。
「カスタムの言うことにも一理ある。確かにアデル殿のお力は凄まじいものがある。そして私も常々、この乱世の世界を収める力を持つのはアデル殿に他ならないと思っていた」
「……え、そ、そうなんですか?」
突然、自分のことを持ち上げるフォルゼナッハにアデルは戸惑う。カイもポカンとフォルゼナッハを見つめていた。
「私も帝国の現状には疑問を持っている……アデル殿、私も打倒帝国に力を貸そうではないか」
『……はぁっ!?』
微笑みを浮かべるフォルゼナッハの言葉が理解できず、一同は一瞬遅れて驚きの声を上げた。
「ど、ど、ど、どうことでしょうか?」
アデルは自分の耳を疑い、慌てて聞き直す。
「私もアデル殿とともに帝国と戦うと言っておるのだ。まあ配下ではなく、あくまでも客人として扱ってもらおう」
澄ました顔でフォルゼナッハは勝手に話を進めていく。
「お、お待ちください! 何をおっしゃっているのですか!」
衝撃から立ち直ったカイがフォルゼナッハに食って掛かる。
「帝国に忠誠を誓ったお前の気持ちはよくわかる。もし共にダルフェニアに協力するというのなら我が配下としてそのままいてもよいぞ。ただ道をたがえるというのであればそれはそれで仕方がない。正々堂々、戦場で再会しようではないか」
フォルゼナッハの言い分に再びカイは呆気にとられた表情になった。
「アデル様。フォルゼナッハ様は策略を得意とする方。あまり信用されないほうが……」
イルヴァが眉をひそめながらアデルに話しかける。その横ではエラニアが露骨に嫌悪の表情を浮かべていた。
「部外者は口を挟まないでもらおうか!」
だがイルヴァの話をフォルゼナッハが強い口調で遮る。
「あ、あの……やめた方がいいと思うんですけど……」
その間に衝撃からようやく立ち直ったアデルが恐る恐るフォルゼナッハに言った。
「アデル殿、心配いただきかたじけない。だが私もその場の思い付きでこんなことを申し出たのではない。熟慮に熟慮を重ねたうえだ。もちろん帝国からは裏切者と罵られるだろうが、民のために私ができることは……」
「い、いや、あの……けっこうです」
語り続けるフォルゼナッハだったが、アデルがためらいがちに割って入る。
「ん? どういうことだ?」
「その……要りません」
「要らない……?」
アデルが言っていることが理解できない様子でフォルゼナッハがオウム返しした。
(能力は高いんだけど……)
アデルは顔を引きつらせる。フォルゼナッハは能力が高く、指揮官として申し分ない力を持っていた。だが……
(……トラブルの元になりそうな気しかしないんだよな)
フォルゼナッハの評判は悪く、実際関わった者たちからも良い話は聞かなかった。なおかつ戦闘面での人材は間に合っている現状では積極的に招き入れる必要性も低い。まただだでさえ癖の多いメンバーが多い神竜王国ダルフェニアに、人間関係のトラブルの火種になりそうなフォルゼナッハを加入させるのは躊躇われた。
「うちの国には必要ないってさ。残念だけど、君は帝国でその才能を遺憾なく発揮してくれたらいいよ」
ラーゲンハルトが苦笑いを浮かべながらフォルゼナッハに説明する。しかしそれでもフォルゼナッハは信じられない様子だった。その後ろではイルヴァたちが安堵の表情を浮かべている。
「……必要ない……だと?」
しばらくその言葉を心の中で反芻していたフォルゼナッハの表情がだんだん怒りに染まっていく。
「……この私が必要ないだと? なんたる屈辱だ! 調子に乗るなよ、この見る目のない田舎者め! お前などを評価した私が馬鹿だった。いいだろう、次は戦場で目にものを見せてくれる! 己の過ちを悔いて地獄へ落ちるがいい!」
フォルゼナッハは烈火のごとく怒り出すと、態度を一転させ悪態を吐き続けた。その様子を一同が呆れた様子で見つめる。しかしその中で一人だけ違った思いを持っている者がいた。
「停戦を結んで良かったな! せいぜい束の間の繁栄を楽しむがいい。我が軍が体勢を立て直せば、ラングールともども貴様たちを……!」
悪態をつき続けるフォルゼナッハが体をビクンと振るわせその言葉が止まる。フォルゼナッハは目を見開き、唖然とした表情をしていた。その口から赤い液体が流れ落ちる。
フォルゼナッハは何が起きたか理解できない表情で後ろを振り向いた。
「……いい加減にしろ、この帝国の恥さらしが!」
そこにはフォルゼナッハの背中に短剣を突き立てたカイの姿があった。
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