転向(ミドルン)
全ての試合が終わり、剣技大会は幕を閉じた。最後に特別観覧席からレイコが聴衆に向かって手を振る。何か一言あるのではと観客は期待したが、レイコにしゃべらせるのはマズいと判断した国側の判断によりこの形となった。
「はぁ……こんな重労働をさせられるなんて……お夕食は大盛りにしていただかなければなりませんね」
手を振っただけのレイコはそう呟きつつ会場を後にした。
一方、試合を終えたアデルは選手用の通路でイルアーナ、ラーゲンハルト、プニャタらに迎えられていた。アデルの後ろには共に試合を終えたフレデリカも付いてきている。
「いやー! おめでとう、アデル君!」
「おめでとうじゃないですよ! 次回からは絶対参加しませんからね!」
「あはは、まあそれはまた次回やるときに話そう」
アデルの抗議をラーゲンハルトは適当に受け流した。
「アデル様、面目ございません」
プニャタがアデルの足元に膝まづき、涙を浮かべる。
「自国の猛者ならまだしも、他国の者に敗北を喫するとは……このプニャタ、一生の不覚!」
プニャタはトーナメントの一回戦でエラニアには勝利したものの、続く二回戦でミフネに敗れていた。そのことを恥じているのだ。
「いやいや、気にしなくて大丈夫ですよ。誰が勝ってもおかしくないメンバーでしたし」
アデルは苦笑いを浮かべてプニャタを慰める。
「国の看板を汚したのにそのような優しいお言葉をくださるとは……」
プニャタが潤んだ瞳でアデルを見上げた。実際のところはアデルは自分のことで頭がいっぱいで、他の勝敗など気にしている余裕すらなかったのだが。
「まあ確かに国外からあんな手ごわい奴らが来るとは思ってなかったねえ。手こずるのはあんたやウィラーくらいだと思ってたよ」
フレデリカがそんなプニャタに声をかける。
その時……
「ふっ。卑怯な手で勝ったとはいえ、私の実力を認めざるを得ぬか」
通路に響く声。その主はフォルゼナッハだった。尊大な態度が口調にも表れている。護衛のカイ、カスタムの両名を連れ立っており、”黒槍”リオも同行していた。
「……あんたのことじゃないけどね」
フレデリカの呟きにアデルたちも小さく頷く。
「おい、アデル。なんかこいつが話したいらしいんだ。聞いてやってくれよ」
リオがカスタムを指さし、アデルに話しかける。どうやらリオが彼らを連れて来たようだ。
「ちょっとリオ君。気軽に部外者をアデル君のところに連れてこないでくれるかな?」
そう言いながらラーゲンハルトがスッとアデルの前に移動した。何かがあった際に自分がアデルの盾となるためだ。自身も帝位継承者として護衛されてきた経験から、こういった場面での動きには淀みがない。
「なんだよ、ケチくさいこと言うなよ」
リオはスネたように口を尖らせる。
「申し訳ございません。私がリオ殿にお願いしたのです。どうしてもアデル様とお話しする機会が頂きたく……」
カスタムがラーゲンハルトの前でアデルに向かって膝をつく。
「あまりお時間を取らせるわけにも参りませんので単刀直入に申し上げます。わたくしを……アデル様の配下に加えていただけないでしょうか?」
「は?」
突然のカスタムの申し出にアデルは呆気にとられる。だがそれ以上にカスタムの後ろでフォルゼナッハたちが目と口を大きく空けて驚愕していた。
「……きゅ、急にどういうことでしょうか?」
アデルが口ごもりつつも尋ねる。
「アデル様には以前、ダグラムの戦いにて魔物に食べられそうになっていたところを救っていただいた御恩があります。私はラーベル教の信者であり、魔物共を憎んでいる身であります。しかしそれを見事に従えているアデル様のお力に驚愕いたしました」
カスタムは恍惚とした表情を浮かべてアデルの顔を見上げる。
「そしてこの前。ラングール共和国を滅ぼそうとしていた我が軍を、アデル様が自らドラゴンを率いて倒されたと聞きました。その時に思ったのです。邪悪な魔物を滅ぼそうとしているラーベル教の女神ベアトリヤル様よりも、彼らを従え、共生するアデル様のほうが上なのではないかと……」
「は、はぁ」
語り続けるカスタムにアデルは困惑するばかりだ。
「ほう、なかなか見る目があるな」
しかしイルアーナは少し嬉しそうにカスタムを評価した。
「失礼ながら、まだアデル様を盲信しているわけではありません。ですが聞けば神竜教とラーベル教は相反するものではなく、共存可能なものであると聞いております」
「え、ええ、そうですね。魔物との共存さえ認めてもらえれば、その何とかさんもたくさんいる神様のうちの一人ってだけで……」
アデルがたどたどしく説明する。
神竜教はそもそも神竜が複数いることもあり、多神教となっている。内容としても細かい教義はなく、どこにでもある自然宗教の考えに近いため、多くの人に受け入れられやすいものとなっていた。
「ま、待て! 裏切るつもりか、カスタム!」
ようやく衝撃から立ち直って声を荒げたのはカイだった。
「勘違いをするな。私が従っていたのはラーベル教だ。カザラス帝国に仕えていたのは形式的なものに過ぎん」
立ち上がってカイのほうを向きながらカスタムが言う。確かに腕前のわりにカスタムが出世しなかったのは、軍務には熱心でなかったからだ。
「お気を付けください、アデル様。彼らはアデル様を暗殺するために武器を隠し持っております」
そう言いながらカスタムも自身の懐に隠していた短剣を取り出す。
「一応、君もまだ信用できないから、アデル君から少し離れてもらっていいかな?」
「はっ、これは失礼いたしました」
冷静に注意するラーゲンハルトにカスタムが素直に従いアデルとの距離を空けた。
(まずい、これはまずいぞ……!)
そんな中、フォルゼナッハは必死に思考を巡らせていた。名誉挽回の機会であった剣技大会は予選敗退という最悪の結果で終わってしまっている。むしろ彼にとって事態は悪化してしまっていた。
(こうなれば……!)
懐に忍ばせた短剣に手を伸ばし、フォルゼナッハは起死回生の一手を打とうとしていた……
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