閑話 海賊(ミドルン)
「アデル様、一大事ですぞ!」
ある日、神竜教の司祭であるコルトがアデルのところに駆け込んできた。
「どうしました?」
「どうもこうもありません! 神竜様への侮辱です!」
コルトは顔を真っ赤にして憤っていた。手には何枚かの厚紙を手にしている。
「ご覧ください!」
コルトはアデルにその紙を見せた。そこには神竜たちの姿が絵具で描かれている。しかしそれには違和感があった。
「神竜さんのポス……神竜絵図ですか? でもなんかちょっと違いますね」
アデルは首をひねる。そこに描かれている神竜は実際の竜王達とは少し違って見えた。
「そうなのです! これはカイバリーで売られていた偽物なのです!」
憤慨しながらコルトが言う。
「あぁ、海賊版ですか」
何気なく日本の言葉がアデルの口から出る。
「海賊……?」
聞き覚えのない言葉にコルトは眉をひそめる。
「あっ……」
アデルは自分がこの世界の者ではない言葉を使ってしまったことに気づいた。そもそもこの世界の海は危険で、そこで活動するような賊はいない。
「なるほど。魔物が支配する海で活動するような馬鹿な犯罪者ということですな。確かにその通りです」
しかしすぐにコルトは自分なりに解釈し、笑って見せた。
「すでに犯人グループは逮捕し、こちらまで護送してきております。どうぞお取り調べください」
「は、はぁ」
アデルは顔をひきつらせる。他の都市からミドルンまで連行してアデルが処罰を決めるのは重犯罪者に対して行われる手順だ。ほぼ死刑になることが確定しているような犯罪者たちである。
そしてアデルは偽造グループの面々と会うことになった。アデルはごろつきのような男たちを想像していたが、むしろ線の細い年齢もバラバラな普通の男たちだった。
「ど、どうかお許しください!」
男たちは泣きはらした顔でアデルに土下座していた。
「あなた方はどうしてこんなことを?」
アデルは男たちに尋ねる。
「わ、私たちはカイバリーで活動している芸術家でした。しかし支援してくれる貴族たちがいなくなり、最近目にした神竜信仰具を模倣して作ることにしたのです。ですが犯罪とは知りませんでした!」
「そういうこともあるのか……」
アデルは納得した。高価な芸術作品などを買えるのは貴族だけであり、芸術家の多くは貴族の支援なしでは活動ができない。彼らは貴族制を廃止したアデルによって職を失ってしまったのだ。また著作権なども定められていないため、厳密には神竜信仰具を真似して売ることが違法ともいえない。
ただし「神竜信仰具」として販売できるのは神竜王国ダルフェニアの認定を受けた作品だけであり、なおかつそれが取り扱えるのも国の許可を得た店舗だけである。これは神竜信仰具販売の利益が国庫に入ることから作られた取り決めだった。
「確かにちょっとかわいそうですね」
アデルは彼らのことが少し気の毒になった。
「アデル様! 神竜様の信仰具を偽造するなど許されることではありませんぞ!」
コルトはそんなアデルに声を荒げる。
「で、でもよく描けてますよ」
アデルは偽造された神竜絵図を見た。本物とは違うものの、確かによく描けている。
「え、ええ。神竜絵図を見たときになんと美しいのだと感動いたしまして……何度も書き直して、ようやく納得の行く構図に辿り着いたのです」
絵を褒められたのがうれしかったのか、やや誇らしげに男たちが言う。
「ま、まあ神竜様のお美しさの虜になってしまう気持ちはわからんでもないが……」
コルトはややトーンダウンして言った。
「ではこうしましょう。彼らには技術を生かして、宮廷芸術部で本物の神竜信仰具を作る仕事についてもらいましょう」
宮廷芸術部はアデルの依頼で神竜信仰具や竜戯王など様々なものを作っており、人手が不足していた。
「アデル様がそうおっしゃるのであれば……」
「ほ、本当ですか!」
コルトが引き下がり、男たちは歓声を上げる。
こうして宮廷芸術部に人員が補充されたのだった。
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