名簿(ミドルン)
誤字報告ありがとうございました。
ミドルンの町にはガルツ要塞から戻ってきた兵士たちの姿も目立ち始めていた。カザラス帝国との停戦が合意に至ったことで、ガルツ要塞も半分ほどの人員とする予定だ。そのため兵士たちが順次引き上げ始めているのだった。
剣技大会にはダルフェニア軍からも多くの兵士が参加を希望している。一攫千金を夢見るものはもちろん、アデルが参加するということで自身の腕をアピールしようという意図の者もいた。また参加はしなくとも、剣技大会を見たいという兵士は大勢いる。フレデリカ隊や金獅子傭兵団など、ダルフェニア軍には腕自慢が多く、特にアデル自身の戦闘力が噂ほどのものなのかどうかという点に多くの兵は興味を持っていた。
「うぉぉっ、絶対優勝してやるぜ!」
ミドルン城の中庭では”黒槍”リオが雄たけびを上げながら槍の素振りをしていた。
剣技大会と言っても帝国でのイベントの名称に習っただけで、武器が剣だけに制限されているわけではない。盾や槍、斧など遠隔武器でなければ使用が認められている。
大会で使用される武器は堅い木で作られた練習用のもので、サイズ、種類共に様々なものが用意されている。本番ではそれらに赤い塗料が塗られることになっていた。
鎧も木や布で作られた模造品を着用する。こちらもサイズ、種類が様々用意されてはいるが、防護部分は腕、胸部、頭部と共通している。
大会のルールとしては鎧をつけていない部分に武器を当て、塗料をつけられたら勝ちというルールだった。力のない攻撃でもとにかく当たれば勝ちということで現実に則していないのでは、という意見もあったが怪我等を最小限に抑えるためにこのルールが採用された。
剣技大会は二日かけて行われる。初日が予選で、翌日が本戦トーナメントとなる。予選は八組に分かれバトルロイヤルを行う。各組で最後まで残った二人が本戦へ進み、計16名でトーナメントを行うことになる。そしてそのトーナメントで最後まで勝ち残った者がアデルとの優勝決定戦を行うことになっていた。
「うわぁ、こ、これは……」
執務室でラーゲンハルトから手渡された紙を見たアデルの表情が曇った。それは現在までの参加者が書かれた紙だった。そこにはダルフェニア軍の名だたる実力者たちの名前があった。
優勝候補と目されている”宣告者”ウィラーを筆頭に、冒険者チーム「再挑戦者」のギースとブライが参加を予定している。
ウィラーの対抗と予想されるのが最強の女剣士と名高い”紅百華”フレデリカ、そして精鋭であるフレデリカ隊からも何名かの腕利きが名を連ねている。
フレデリカ同様、元傭兵たちからは金獅子傭兵団を率いる”若獅子”アルバート、コヨーテ傭兵団を率いる”蟷螂”マティスらの名前もある。
元オリム三本槍から”旋風”スアード、”猛武”デビィ、異種族からはオークの”竜槍”プニャタ、
ムラビットのノックが出場を予定している。
ダルフェニア軍の若手からは”赤狼”グリフィス・グレーバーン、”盾乙女”エレイーズといった騎士たちの名もあった。
そして優勝を目指して鼻息を荒くしている”黒槍”リオ、ヨークでフォスターに挑んだ”薪割り”マックなど野心にあふれた一般兵も参加する。
もちろんイルヴァが連れてきた女サムライ、アヤメや配下のエラニアも参加を予定していた。
「そこに載ってるだけじゃなくて、さっきガルツ要塞からの馬車が到着してさ」
ラーゲンハルトが名簿を見て青ざめているアデルに言う。
「その馬車にはカザラス帝国からの参加希望者が乗ってたんだけど……」
カザラス帝国からの来訪者に関してはガルツ要塞から神竜王国ダルフェニア側が用意した馬車でミドルンに来てもらうことになっていた。
「いや、もうウィラーさんがいる時点で誰が来ても同じじゃないですか……?」
もはや投げやりになっているアデルが魂が抜けた様子で呟いた。
「まあそうかもしれないけど、結構なビックネームがあってね。第二征伐軍を率いているフォルゼナッハ君が来てるんだ」
「第二征伐軍……ラングール共和国を攻めてた軍の指揮官ってことですか?」
ラーゲンハルトの話にアデルの表情が変わる。
「そうそう。よりによってイルヴァさんたちが来てる時にね。問題にならなきゃいいけど……」
ラーゲンハルトは心配そうにつぶやいた。
「それでさ、そのフォルゼナッハ君は僕の妹の婿さんで、公爵家っていう高い身分なんだ。僕とも縁があるし、形だけでも顔を合わせておくべきだよね」
「はぁ……その方ってどんな方なんですか?」
アデルが首をかしげる。
「う~ん……女好きで見栄っ張りで野心家のいけ好かない奴だけど、ちゃんと能力がある厄介な奴って感じかな?」
「そんな知り合うだけ損みたいな人なんですか……」
ラーゲンハルトの説明にアデルは顔を引きつらせた。
「あはは、良い表現だね。でもフォルゼナッハだけじゃなくて彼の部下二人と、さらに帝国十剣聖の一人、ミフネさんが参加するらしい」
「ミフネ?」
ラーゲンハルトが口にした和風の名前にアデルは引っかかった。
「その人もイズミの人なんですか?」
「よくわかったね。ミフネさんはイズミから流れてきた剣士で、帝国でも有数の腕前を誇っているって評判なんだ。だから事前にアデル君に能力を見てもらって、ヤバそうだったら強い人にぶつけないとさ」
笑いながらラーゲンハルトが言う。剣技大会の組み分けはラーゲンハルトが決めていた。そのためいざとなれば強豪同士が潰し合うような割り振りを行うこともできる。
「そ、そうですね。ぜひお会いしましょう!」
自分が有利になると聞き、アデルは急に乗り気になった。
そしてアデルたちはフォルゼナッハらとの面会の場を設けることとなったのだった。
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