闘技場(ミドルン)
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年の瀬も迫り、神竜王国ダルフェニアでは年越しを祝う祭りの準備が大詰めを迎えていた。祭りの時に通りに並ぶ屋台はもはやミドルンの風物詩だ。段々と各地から観光客も集まりだし、町は活気が出始めていた。
国を割る大乱があったにもかかわらず、通りを行く人々の表情は明るい。通常であれば大戦があった国が復興するには早くとも数年かかる。失われた人的資源の回復に関して言えば十年では済まない。
しかし今回の内戦では略奪がほとんど行われなかった。都市が敵軍の手に落ちれば建物が焼かれたり、畑が踏み荒らされたりするものだ。しかしそういった被害が少なく、復興の手間がかからなかった。
また大軍が正面からぶつかり合うような大きな合戦がほとんど行われなず、人的な損害が少なかったのも復興の早さに関係している。大軍同士が戦ったのはセルフォードにおける野戦くらいで、ダルフェニア軍が奇襲や計略によって勝利を収めることが多かったことが要因だ。
戦争における処罰者も少なく、捕虜のほとんどは無事に解放されている。農民の多い徴収兵の多くが無事だったことから、来年以降の収穫も心配されていたほどの減少はしない見込みだった。
相変わらずカザラス帝国の脅威はあるものの、国内では戦乱が集結したことによる安堵。そして若き王への期待により、人々の顔には希望があふれていた。
魔物やドラゴンを操り手際よく内戦を集結させ、民の生活の負担を軽減するような政策をとる若き王はいまや人々の話題の種だった。観光客相手に店の店主がアデルに関する話を語る光景があちらこちらで見られた。もっともそういった話は「敵の口に手を突っ込んで魂を取り出すところを見た」「ドラゴンへのいけにえにするために美しい少女は城へ連れて行かれる」「ゲテモノ料理を好み、変な屋台が多いのはそのせい」など、アデルに関する話は脚色や誇張、妄想が加えられ、真実を語っているものは少ない。
「わぁ、すごい!」
アデルは目の前の建造物を見て歓声を上げた。
年末の大イベントとして用意された剣技大会、その名も剣‐1グランプリの会場となる闘技場だ。オークたちの手によって急ピッチで作られた代物だった。装飾等はなく質素で武骨な造りだが、耐久性だけはしっかりと確保されており満員の観客が飛び跳ねても客席はビクともしない。
「イチジク冒険、目指した」
オークの族長の一人、”剛力”マピョンが言った。彼はダークエルフの元で働かされていたオークの族長だ。だいぶ人間語に慣れてきていたが、まだ意思の伝わらないところがある。
「たぶん、質実剛健だね」
ラーゲンハルトが苦笑いしながら言う。アデルとラーゲンハルトはミドルンの郊外に作られた闘技場の確認にやってきていた。
「もう完成、あとは野外トイレ」
マピョンが闘技場の傍らで作業しているオークの一団を指さして言った。彼らは観客用の野外トイレを作っている最中だった。
「ありがとうございます! わぁ、楽しみだなぁ」
マピョンと別れ、アデルたちは闘技場を見て回ることにした。闘技場の外壁には等間隔で剣技大会のポスターが張られており、デカデカと優勝賞金の数字が書かれている。同じものが冒険者ギルドを通じて世界中に配られているはずだ。
「それにしても優勝賞金は金貨五千枚なんて……そんな金額払っちゃって大丈夫なんですか?」
アデルが不安げに言う。その数字は現在の神竜王国ダルフェニアの貯蓄額の半分以上だった。来年の税は免除されている者も多く、アデルにはとても残りの貯蓄でやり繰りできるとは思えなかった。
「いや、アデル君が頑張ってくれれば大丈夫だよ」
ラーゲンハルトが無責任に言った。
「え? そりゃもちろん頑張って豊かな国になるよう努力しますけど……」
アデルは自信なさげに言う。
(まあ最悪、すでに金貨も銀貨も鋳造できるから問題ないんだけど)
ラーゲンハルトは心の中で呟く。神竜王国ダルフェニアはすでにカイバリーの金山とシルバインの銀山を所有しており、硬貨の鋳造を開始していた。
そして闘技場の外周を見て回ったアデルたちは闘技場の中へと入って行く。入り口には入場料を徴収するブースや、賭博用の大きな掲示板などが設置されていた。剣技大会では勝者を予想し、金をかけることが出来る。この賭博は国営で運営されていた。大きな収入が期待できるし、管理が届かない闇賭博などを横行させないためだ。
「入り口が狭いですね」
最も混雑が予想される入り口だったが、人が三人ほど並べる広さしかない。
「確かにね。まあ仕方ないでしょ」
ラーゲンハルトが肩をすくめる。
オークたちは当然、闘技場など作ったことはないし見たこともない。アデルが宮廷芸術部に頼んでイメージ図だけは書いてもらったが、設計図もなしでほぼイメージ図通りの物ができただけでも上出来だろう。
「当日は人を配置して人の流れを整理してもらわないと」
呟きながらアデルは歩を進める。
中に入るとさらに大きな掲示板が壁に設置されていた。試合の予定や経過などをここで知らせるためのものだ。すでに剣技大会の予定が張り出されている。
剣技大会は二日かけて開催される。一日目は予選だ。本選出場を賭けたバトルロイヤルが予定されている。二日目は本選トーナメントとなる。バトルロイヤルの結果から16名が選ばれ、トーナメントを最後まで勝ち上がった一名が優勝決定戦に進めることとなっていた。
「あれ? トーナメントを勝ち上がったら優勝じゃないんですか?」
それを見てアデルは首を傾げた。そしてトーナメント勝者が誰と戦うことになるのかを確認する。そこには自分の名前とともに、「神竜の加護を授かりし最強王者!」という煽り文句が書かれていた。
「ん?」
アデルはそれを見てキョトンとする。
「……ということなんで、頑張ってね、アデル君」
ラーゲンハルトがアデルの肩にポンと手を置いた。
「え? え? ど、どういうことですか……?」
嫌な予感に冷や汗を垂らしながらアデルはラーゲンハルトに尋ねた。
「いやほら、賞金金額がショボかったら人が集まらないでしょ? かといって高い優勝賞金は払うのは大変だ。いやぁ、大変だったんだよ。高い賞金を設定しつつ、それを払わないで済むようにする方法を考えるのは」
ラーゲンハルトはいかにも苦労した風に語ったが、実際はアデルと剣技大会の話をしたときにすぐに思いついた物だった。
「つ、つまりトーナメントを勝ち抜くような強い人と戦えって言うんですか!?」
顔に絶望感を漂わせてアデルが尋ねる。
「そうだよ。剣技大会の企画は僕に任せてくれるって言ったじゃん。大丈夫、大丈夫。相手は何戦もして疲れてるし、組み合わせもこっちのさじ加減で決められるからさ」
「いやいや、勝ち抜いた人と戦わなきゃいけないのは変わらないじゃないですか!」
無人の闘技場にアデルの悲鳴のような叫びが響いた。
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