王と皇帝(イルスデン)
「ち、違うんです! 違くないけど違うんです!」
ロデリックに正体を見破られたアデルは、慌てて否定になっていない否定をした。
「とても王には見えぬただの少年と聞いていたが……本当にその辺の子供だな」
ロデリックがしげしげとアデルを見つめる。
「ははは、バレちゃった? そうです、彼が僕らの王、アデル君です」
もはや誤魔化すことはできないと悟ったラーゲンハルトが苦笑いを浮かべながらアデルを紹介した。
「ど、どうも。初めまして……」
アデルはぺこぺこと頭を下げる。
「お前が乗り込んできたのも驚きだが……まさか敵の王も来ていたとはな。勇将だとは聞いていたが、ここまで豪胆だとは」
「ははは……」
呆れた口調のロデリックにアデルは愛想笑いを浮かべるしかなかった。
「常識破りで面白い子ですよ。まるで若いころの父上を見ているようです。まあ性格は正反対ですけど」
「わざわざ『若いころ』と限定するのは皮肉か?」
「皮肉ではないですけど、最近の父上は歳のせいか権力者の慢心か、判断を誤ることが多かったですね」
「ふん、相変わらず減らず口を叩くな」
ラーゲンハルトの辛辣な言葉に、ロデリックはどこか楽し気に鼻を鳴らした。
「無礼ですよ、ラーゲンハルト! そもそもお父様とこんな子供を比べること自体が……」
「よせ、ユリアンネ」
怒るユリアンネをロデリックが制した。
「実際、こやつには我が軍が煮え湯を飲まされておるのだ。文句は言えぬだろう」
「しかしそれはドラゴンなどの力のおかげであって、彼の力ではないのでは?」
納得が行かないユリアンネが食い下がる。
「ですが姉上、ラーベル教会も人ならざる兵を用いているようですが、帝国側は関知しているのですか?」
「なんですって?」
ラーゲンハルトの言葉にユリアンネが眉をひそめる。
「その件ですが」
その会話にアーロフも割って入った。
「私も巨大な獣に襲われました。もしかすると教会がかかわっているのかもしれないのですが……」
「なに? そんな話、儂は聞いておらぬぞ」
ロデリックは眉間にしわを寄せた。
「アーロフ、あなたは騙されているのです。魔物を使うなどダルフェニアの仕業に決まっています」
ユリアンネがアーロフを睨みつけながら言う。
「もちろんその可能性はあります。ただラーベル教会の動向にも気を配ってください。裏で我らがあずかり知らぬ動きをしていることは確かでしょう」
「わかった。ユリアンネ、教会の動きも見張るよう手配せよ」
アーロフの頼みにロデリックは頷いた。
「……承知しました」
ロデリックに言われ、ユリアンネは渋々引き下がる。アーロフもほっとした表情を浮かべた。
「それで、アデル王よ。そなたの目的はなんだ?」
「へ?」
ロデリックに話を振られ、アデルは固まる。
「も、目的って……」
「わざわざ危険を冒してここまで来たのだ。何かしらの意図があってのことだろう?」
「い、いえ……僕はただラーゲンハルトさんの護衛として付いてきただけで……」
「王が臣下の護衛を? そんなわけがなかろう」
アデルの話を聞き、ロデリックは顔をしかめた。
「いえ、それが本当なんですよ、父上。変わってるでしょ? 僕もいまだに驚かされます」
ラーゲンハルトが苦笑いを浮かべた。
「陛下」
そんなことを話していると壁際で様子を窺っていたベッケナーが進み出た。
「兵は部屋の外で待機しております。ご命令さえいただければ、すぐにでも彼らを……」
「いけません、父上! 彼らとは停戦中です!」
アーロフが慌てて止めに入る。
「ふむ……彼らを捕まえたとして、ドラゴンはどうするつもりだ?」
ロデリックはベッケナーに尋ねた。
「は? い、いえ、そちらの対処は……」
「では余計な手出しをするわけには行かなかろう」
ベッケナーから視線を外すと、ロデリックは改めてラーゲンハルトを見据えた。
「そなたらはもう下がるがよい。儂も少し話し疲れた」
「……わかりました」
ラーゲンハルトは少し名残惜しそうな顔をしたが、ロデリックの言葉に頷くと頭を下げた。
「お時間を頂きありがとうございました」
「じゃあな、ラーゲンハルト」
「……はい、父上」
何かを噛み締めるように呟くと、ラーゲンハルトはロデリックに背を向け部屋の出口へと歩き始めた。
「お、お邪魔しました!」
アデルもぺこりと頭を下げ、部屋を去るラーゲンハルトに続く。
こうして二人の王と皇帝の歴史的な邂逅は終わりを告げた。それは戦争中の二人とは思えぬ穏やかなものであった。
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