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親子(イルスデン)

誤字報告ありがとうございました。


※前話で一部文章の順序がずれているところがあったため修正しました。

(ここが……皇帝の部屋……!)


 アデルは息を飲む。アデルたちはとうとう皇帝ロデリックの部屋の前までやってきていた。敵軍が侵入した際に備え、城の入り口から皇帝の部屋までのルートは少し入り組んでいる。ただでさえ広い場内で、案内もなしに皇帝の部屋にたどり着くのは相当な時間がかかるだろう。


 部屋は重厚な造りの両開きの扉によって閉ざされており、その両脇には完全装備の衛兵が立っている。アデルは緊張と恐怖で一杯になりながらその扉を見つめた。


 もっともその衛兵たちも面当ての奥では緊張した面持ちでアデルたち、正確にはラーゲンハルトを見ている。今やカザラス帝国にとって大きな脅威となっている神竜王国ダルフェニア。その頭脳と目されている帝国の裏切者、ラーゲンハルトが皇帝の部屋へとやってきているのだ。その脇には当の神竜王国ダルフェニアの国王がいるのだが、緊張し過ぎて汗だくになりバケツで水をかぶったようにビショビショになっている少年がまさかそんな存在だとは思っていなかった。


 衛兵の手によって重々しい両開きの扉が開く。薄暗い室内から悪臭とともに澱んだ空気が流れだしてきた。


 開いた扉の向こう側には一人の若い男がアデルらを待っていた。神官衣に身を包み、その顔には同じく緊張の色が見える。


「お、お待ちしておりました」


 男はぎこちなく頭を下げた。


「兵はここで待機、ベッケナー殿だけご一緒してください」


 男に一瞥もくれずユリアンネはその前を通り過ぎて室内に入って行った。警備隊隊長のベッケナーもそのあとに続く。


「君がベンヤミンさんとエデルーンの代役? 大変だね」


 ラーゲンハルトが若い男に声をかける。男ははっと顔を上げた後、どう反応してよいかわからず戸惑った末、小さく何度か頷いただけだった。


 その若い男はラーゲンハルトの言う通り皇帝ロデリックの主治医ベンヤミンと、小姓のエデルーンの代わりに教会から派遣されていた。父親を心配するユリアンネからは何かと強く当てられており、肩身の狭い思いをしていた。


「がんばってね」


 笑顔で話しかけると、ラーゲンハルトはユリアンネの後に続く。アデルも一瞬躊躇したが、意を決して室内へと足を踏み入れた。


 皇帝の部屋と言ってもその中にさらにいくつかの部屋がある。それらを通り抜け、アデルらは皇帝の寝室へとたどり着いた。暖炉の炎が室内をほのかに照らしている。部屋の中央には大きな寝台があり、その寝台とは不釣り合いな痩せ細った老人が一人横たわってた。


「……よく来たな」


 しゃがれたか細い声がアデルの耳に聞こえてくる。


(これが……皇帝ロデリック……?)


 アデルは茫然と横たわった老人を見た。もっと熊のような猛々しい大男を想像していたのだ。目の前の痩せ細った老人が大陸を手中に収めようとする稀代の猛将と結びつかなかった。


「ラーゲンハルト、ただいま戻りました」


 ロデリックを見て一瞬戸惑ったラーゲンハルトが頭を下げる。アデルも慌ててお辞儀をした。


「ここまで敵がやってきたのは初めてだ。わしの死に顔を見に来たか?」


 どうにか聞こえる音量でロデリックがラーゲンハルトに言う。その目はたるんだまぶたの奥にほとんど隠れてしまっていた。


「あはは、そんな憎まれ口が叩けるならまだまだ長生きできそうですね」


 ラーゲンハルトは笑顔を浮かべる。ただその笑顔はどこか寂しげだった。


「お、お父様……」


 アーロフが茫然と呟く。しばらく会わないうちにロデリックは別人のようになっていた。


 アーロフは皇帝ロデリックが死ぬわけがないと心のどこかで思っていた。ロデリックは彼にとってもはや伝説の存在であり、神のようにこの世界に君臨し続けるのではないかと。そのため危篤だと聞いてもどこか実感がなかったが、こうして目の前にするとロデリックの命が残りわずかなものであることが如実に感じられた。


「アーロフか……馬鹿者が」


「も、申し訳ありません」


 ロデリックに叱られ、アーロフは何のことを言っているのかは理解していなかったが反射的に頭を下げる。


「怒らないであげてよ。停戦の条件として僕が無理に頼んだんだ」


 ラーゲンハルトがアーロフをかばう。


「ふっ、敵地に乗り込んで来るとはなんと豪胆な……お前には皇帝の器がある。もしお前が本当の息子だったら、こんなことにはなっていなかっただろう」


 ロデリックの言葉に傍らで黙っていたユリアンネが目を見開く。しかしラーゲンハルトは表情を変えることなくロデリックの言葉を聞いていた。


「やはり……僕と姉上は不義の子なのですか?」


 ラーゲンハルトが尋ねる。ラーゲンハルトとユリアンネは第一皇妃フローリアが不倫をして生んだ子供だという噂はラーゲンハルトも聞き及んでいた。


「恐らくな。たまには抱いていたが……フローリアには他の男の影もあった。愛しあって結ばれた女ではない。儂も目くじらは立てなかった。後にこんな継承問題が起きるとは思っていなかったしな」


「そうですか……」


 ラーゲンハルトは一瞬目を伏せたが、すぐに笑って見せた。


「それでも僕はあなたを父親だと思っていますし、尊敬しています。それに本当の子供の可能性もあるのでしょう? せっかくだから事の真偽は墓場まで持って行ってくださいよ。どうせすぐそこでしょ?」


「な、なんと不謹慎な!」


 冗談っぽく言ったラーゲンハルトの言葉にユリアンネが激昂する。しかし……


「ふっふっふっ……本当に豪胆だな。確かに……お前には儂の血が流れているのかもしれぬ」


 ロデリックが笑う。それを聞きユリアンネは怒りを忘れ茫然とした。


(お父様が……笑ってらっしゃる……)


 ユリアンネはここ最近ロデリックの笑顔を見ていなかった。久しぶりに笑い声を聞き、そして相手が裏切者であるはずのラーゲンハルトということで驚きのあまり言葉を失っていた。


(不義の子……本当にそうなのかな)


 アデルは二人の会話を見てそう思った。


 最初こそ刺々しかったものの、ラーゲンハルトとロデリックの話す姿はまさに親子のそれに見えたのだった。


お読みいただきありがとうございました。

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