報酬
ワイバーンを見たハーピーたちはピーコを風竜王と信じ、アデルたちに人間をさらわないと約束した。脅しのためだけにピーコに呼び出されたワイバーンはプンプンしながら帰って行った。ワイバーンも竜族の中ではマシだがやはりズボラであるらしい。そもそもワイバーンはあの巨体で高速で飛ぶため体力の消耗が激しく、一日の半分以上は寝て過ごしている。必要がなければ他の竜族と同様にほとんど動かずに過ごすのだ。
シャスティアはお礼とお詫びを兼ねてとハーピー特製の香水の入った小瓶をアデルたちにプレゼントした。いつもハーピーたちが良い匂いがするのはこの香水のおかげらしい。イルアーナやピーコはさっそくその香水をつけていた。ポチは興味なさそうだったが、イルアーナが勝手に振りかけていた。おかげでアデルは良い匂いに包まれながらズールの村に戻れた。
「おや、あんたらは……」
村人がアデルたちがやってくるのに気づき、村長を呼びに行ってくれた。ポチとピーコは村はずれで待っている。ほどなくして村長がアデルたちを迎えに来てくれた。
「おお、よくご無事で……さあ、どうぞ」
村長の家に通され、村長の妻がお茶をいれてくれた。以前と同じように4人でテーブルに座っている。
「遅かったので、てっきりもう戻ってこないものかと……」
ハーピーの巣までであれば往復で数日あれば済むはずだった。それが紆余曲折あったため十日ほどかかってしまった。
「それで、ハーピーどもは殺してくれましたの?」
村長の妻が前のめりになって聞いた。相当ハーピーが嫌いらしい。
「いえ、退治はしていないんですが、話し合いでもう人間をさらわないと約束を……」
「なんですって!?」
アデルが言い終わらないうちに村長の妻はテーブルをたたいた。
「あなた方にお願いしたのはハーピー退治じゃないですか!」
「そ、そうなんですが、さらわれる人がいなくなれば、結果としては同じかなと……」
「全然同じじゃないわ! ハーピーなんて魔物なのよ、約束なんて信用できるわけないでしょ!」
「ま、まあ落ち着きなさい」
村長の妻の興奮はエスカレートしていき、村長が横からなだめた。
「とにかく、依頼したのはハーピー退治です! 殺していない以上、報酬は払いませんからね!」
「そ、そんなぁ……」
アデルは食い下がったが、けんもほろろに追い出されてしまった。
「すいません、僕が話し合いにしたせいで、報酬もらえなくなっちゃいましたね……」
村長の家から外に出ると、アデルはイルアーナに謝罪した。
「仕方ない。依頼を達成していないのだから、報酬がもらえなくても当然だ」
イルアーナは冷静だった。
「それに、おまえのおかげで飛竜族の協力を得られるようになったのだ。本来ならどれだけ金を積んでも得られないようなものが得られたのだ。喜ぶべきであろう」
イルアーナはアデルを見つめ、目元を緩めた。
「そうですね……それにハーピーとも仲良くなれましたし」
「ハーピーは戦力としてそこまで強くはないだろう」
イルアーナは若干、不機嫌になる。アデルが性的な目線でハーピーと仲良くなったことを喜んでいると思ったからだ。
「もちろん、単純な戦力としてはワイバーンほどの派手さはないですけど、ワイバーンより目立たないし会話もできるので空からの偵察にはうってつけなんじゃないですか? それに人を運べるくらい力がありますから輸送にも向いているでしょうし。とにかく飛行ユニットはそれだけでアドバンテージがあるんですよ」
アデルは名作ファンタジー系シミュレーションゲームである「サンダーエンブレム」や「伝説のオークバトル」などのプレイ経験から、飛行ユニットの重要性を語った。
(単純な戦闘能力だけでなく、偵察や輸送、コミュニケーションのことまで考えているとは……まさか、最初から仲間にするつもりでハーピーと接触を? アデルはいったい、どこまで先を見据えているのだ……!?)
イルアーナの心を勘違いが駆け巡った。
「おーい、君たち」
「あれ、村長さん?」
アデルたちが話をしていると、村長が話しかけてきた。
「申し訳ないね。本当は報酬を支払うべきなんだろうが、我々も生活が苦しくてね……」
村長は申し訳なさそうに頭を下げた。
「いえ、仕方がありませんよ。奥様のおっしゃることももっともですし……」
「頼まれていた干し肉は出来ているよ。それとお礼と言っては何だが、これを受け取ってくれ」
村長は1枚の丸められた羊皮紙をアデルに手渡す。
「こ、これは……!?」
アデルが羊皮紙を広げてみると、そこには絵が描かれていた。大空を舞う美しいハーピーが緻密に描かれている。しかも一糸まとわぬ姿という、とっても鼻血ブーな作品となっていた。
「私は絵が趣味でね。しかし金にもならんからやめろと妻からは言われてしまっていて……この絵も捨てろと言われていたんだ」
「そ、そんなもったいない……素晴らしいですよ、これは!」
「そう言ってもらえると嬉しいな。君にあげて正解だったよ。他にも出来ることがあれば言ってくれ。お金は上げれないけど……」
村長なりにアデルたちに感謝しているらしい。アデルはしばらく考え込んだ。
「じゃあ……ニンジンってもらえたりしますか?」
「ニンジン? 少しなら分けれるけど……それでいいのかい?」
「はい、ありがとうございます」
アデルたちは頼んでいた干し肉と、かご一つ分のニンジンを受け取った。
「ところで大事なことなので確認したいのだが……」
村長はアデルにだけ聞こえるよう、小声で言った。
「……実際、ハーピーたちはどうだった?」
真実を探求したいという純粋なまなざしだった。
「……もし巣の奥に入ってしまっていたら、僕はここに戻ってきていないと思います」
「そうか……そうだったんだね」
「ええ……あと……すごく良い匂いがしました」
「そうか、匂いもか……」
しみじみと語り合う男たちを不思議そうにイルアーナは見つめた。
「ほう、こらウマイな」
ノックはアデルからもらったニンジンをポリポリと食べ、感嘆の声を漏らした。
アデルたちはズール村に来たついでということで、近くにあるムラビットのサカイ村に寄ったのだ。ウサギと言えばニンジンが好きなのではないかと、ズール村でもらったものをムラビットたちにあげてみたところ好評であった。
ピーコはポチと違い荷物袋に入ることを嫌がった。さらにムラビット達に興味があるとのことで、アデルは普通に連れて入ってみた。風竜王であることを村長であるノックに説明してみたが、「そらスゴイなぁ」と流されただけだった。信じていないのか興味がないのかはわからない。
ついでなのでポチもそのまま連れて行ったところ、ムラビットの子供たちに大人気で撫でまわされていた。そしてそのムラビットの子供をイルアーナが撫でまわしている。そこにピーコも参戦し、モフったりモフられたりしていた。
(平和だなぁ……)
アデルはその光景をぬるいお茶を飲みながら見て和んだ。
「土芋とも甘カブとも違う……新感覚やな」
ノックはニンジンをしげしげと見つめて言った。
(土芋? 甘カブ?)
ノックが言った聞きなれない単語にアデルは引っかかった。
「その土芋と甘カブって、今あります?」
「なんや、欲しいんか? 今はあらへんけど……また来るなら取っておくで?」
「はい、ぜひお願いします!」
ムラビットの子供をイルアーナから引き離し、アデルたちはサカイ村をあとにした。
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