護衛(ミドルン)
アーロフがミドルン城へ戻ってくると、アデルがアーロフを待っていた。
「あっ、アーロフさん! お待ちしてました」
「どうした? 話し合いは終わったのか?」
アデルにアーロフが尋ねる。
「ええ、どうにか……めちゃくちゃみんなに怒られましたけど」
「……だろうな。俺も同じ立場なら、こんなことを許可するわけがない」
苦笑いを浮かべるアデルにアーロフは呟いた。
「最強の護衛を連れて行くことで何とか許してもらえました」
「ほう、それは心強い」
アデルの言葉にアーロフは小さくうなずく。
「ところで……すごい荷物ですね」
アデルは顔を引きつらせながらアーロフを見る。アーロフは両手に袋を持ち、背中には抱き枕を背負い、その両脇から丸めた神竜絵図がビームサーベルのように突き出ていた。
「あ。あぁ、これか……」
アーロフはバツが悪そうに顔を逸らす。
「それってもしかして……」
「か、勘違いするな! これは敵国の研究のために買ったのだ!」
アデルが言う前にアーロフは慌てて言い訳をした。
「そ、そうなんですね」
「もちろんだ。おっと、研究と言えば……あの竜戯王とやらも譲ってもらえると助かる。お前たちの指揮官用の教材なのだろう?」
アーロフはガルツ要塞で遊んだ竜戯王のことを思い出し、アデルに尋ねる。
「あぁ、かまいませんよ。普通にカザラス帝国内でも売り出しているものですから」
「なに、そうなのか……?」
アーロフは首をかしげる。てっきりダルフェニア軍の中だけで使われているものだと思っていたからだ。
「ところでアーロフさんも早く帝都に戻りたいですよね?」
「ん? もちろんだが……」
「じゃあすぐに出発したいので、準備をしてもらえますか? 準備が終わったら裏庭へ来てください」
「裏庭? あぁ、わかった」
アーロフは少し戸惑いつつも頷き、出発の準備をするため客間へと戻った。
そして準備を終え、大量の荷物を抱えたアーロフが裏庭へとやってくる。すると何やら話し声が聞こえてきた。
「この前も働かされたばかりではありませんか。しかも荷運びまでやれだなんてひどすぎますわ。どうせまた戦いに巻き込まれるのでしょう?」
「そんなことないよ。今回は停戦の交渉だからね。まあ絶対とは言えないけど」
話し声は女性のものとラーゲンハルトの声だった。裏庭には数メートルもある巨大な木の箱が置かれており、それに遮られて二人の姿は見えない。アーロフは声のほうに近づいて行った。
「帝都はいまや大陸の中心ですから、きっと美味しい物がいっぱいありますよ!」
「ひょーちゃんも美味しい物食べるの!」
そこにアデルと子供の声も聞こえてくる。
「あら、そうですの? でもどうせ行くならまた海の幸のほうがいいですわ」
「でも帝都のみんなにレイコちゃんの美しさをぜひ見せてあげて欲しいんだよ。もしかしたらみんな戦争なんかやめてレイコちゃんのファンになってくれるかもしれないからね。そうしたら何百万人もの兵士よりもレイコちゃんの美しさのほうが勝っているってことになるね」
「確かにわたくしの美しさは天変地異クラスですけれども……」
続いて調子のいいラーゲンハルトの言葉にまんざらでもない様子の声が聞こえた。
(レイコ……?)
聞き覚えのある名前にアーロフは首を傾げた。そして木の箱の裏に回り込んだアーロフの目が見開かれる。
「レ、レイコ様!?」
そこにはアーロフが神竜信仰具屋でさんざん見たレイコの姿があった。
「……ほ、ほら見てごらん! 彼はカザラス帝国の人なんだけど、すっかりレイコちゃんのファンになったみたいだよ!」
神竜信仰具を大量に持ったアーロフを見てラーゲンハルトは一瞬固まったが、すぐにそれを利用する。アーロフはレイコとデスドラゴン、それぞれの抱き枕を背負っていた。神竜抱き枕は抱き心地や絵の鮮明さにこだわった結果、ひとつ金貨一枚となかなか庶民の手の出る価格ではなくなっていたがアーロフは迷わず購入を決めていた。
「まあ。またわたくしの美しさが一人の男性を虜にしてしまいましたのね……美しく生まれてしまったわたくしの罪……ですが、この美しさを帝国の皆さんに見せないのもまた罪なのかもしれませんね……はぁ、わたくしはなんという重荷を背負わされてしまったのかしら」
悲しげな表情でレイコが首を振る。しかし口元はなぜか緩んでいた。
アーロフは唖然としたまま周囲の様子を見た。レイコとラーゲンハルトの周囲にはアデルと女ダークエルフに三人の少女、そしてガラの悪そうな二人の男がいる。
「はぁ、まじブルー」
その時、アーロフの背後から新たな女性の声が聞こえた。
「きもアデルと一緒に旅するとかあり得ないんですけど。死ぬほどシンフォニア、だるすぎダルフェニア、チョコすぎマカダミア」
「そんなこと言わないの。ちゃんとアデル様たちを守って差し上げてね」
老女に付き添われながら一人の美女が歩いてくる。それを見たアーロフは再び驚きに目を見開いた。
「デ、デスドラゴン様!?」
ジョアンナと共にやってきたデスドラゴンを見てアーロフは凍り付いた。デスドラゴンはアーロフの声を聞き、奇妙な恰好となっているアーロフをジロリと睨みつける。
「あ、あ、あの、その節は、助けていただいて、あ、ありがとうございました!」
デスドラゴンと視線の合ったアーロフはがちがちに緊張しながら礼を述べた。
「はぁ? 誰あんた?」
デスドラゴンは眉間にしわを寄せる。
「えっ……俺のことを……知らない……?」
先ほどとは違う理由でアーロフは凍り付いた。
「知ってるわけないでしょ。カン違い平行棒、自意識最高峰」
デスドラゴンはぷいっと視線を外すと、アデルたちの元へと歩いて行く。
(俺を知らずに助けたのか? だからラーゲンハルト兄上たちも知らなかったのか……ということはやはり相手が誰かなど関係なく助けたということか……)
アーロフは茫然とデスドラゴンの背中を見つめた。
(全てを見下す不遜な態度と、それに見合った圧倒的な力。それに慈愛の心を持ち合わせている……まさに人々を導く支配者にふさわしい存在だ……!)
デスドラゴンの背中を見つめるアーロフの目には、恍惚の光が宿っていたのだった。
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