護衛(ガルツ要塞 ミドルン)
誤字報告ありがとうございました。
「し、失礼しますっす!」
アーロフが来てから二時間ほどたったころ、客室にヒューイがやってきた。ヒューイは平民出身で第一師団で隊長を務める若手の有望株だ。
「アデル様よりご返答がありましたっす。王都ミドルンにて、アーロフ殿とお会いするそうっす!」
緊張した面持ちでヒューイが告げると、アーロフは名残惜しそうに持っていた竜戯王カードを見た。ちなみにアーロフは連戦連勝で、グリフィスにアドバイスをするほど上達していた。
「ずいぶん早かったな。ハーピーで伝言を運んでいるのか?」
「軍事機密はお話しできません。ご了承ください」
尋ねるアーロフにグリフィスは頭を下げる。
「まあ良い。ここから王都まではどれくらいだ?」
「そちらの馬車を飛ばせば夜には着くかと。王都までは我々の兵がご案内します」
「監視というわけか」
「護衛とお考え下さい」
皮肉っぽい笑みを浮かべるアーロフに、グリフィスはあくまでも生真面目に答える。
「暗殺にでもあったら大変っすからね!」
ヒューイが笑みを浮かべ、明るい声で言った。それを聞いたアーロフが眉間にしわをよせる。
ヒューイの言葉はここ最近、いくつもの暗殺絡みの事件が起きたカザラス帝国に対する相当な皮肉にも聞こえた。しかしヒューイにまったくそんな意図はなく、ただ純粋に心配しただけだった。
「……わかった。急いで発つとしよう」
アーロフが目配せをすると、護衛の兵士が立ち上がり敬礼する。そしてアーロフ一行の出発準備がはじめられた。
アーロフ一行は準備を終えると、馬車へと乗り込む。馬車の周囲には馬に乗ったダルフェニア軍の兵士数人と、ダークエルフが一人待機している。彼らがミドルンまでアーロフ一行を送り届ける役目だった。もちろん道中に余計な情報収集などされないように監視する役目も負っている。
「グリフィスと言ったか。もし俺に仕える気があるなら取り立ててやるぞ」
馬車に乗り込む際、見送りに来たグリフィスに向かってアーロフは言った。
「ありがとうございます。ただ私の主君はアデル様ただおひとりと決めております」
グリフィスは頭を下げる。
「そんなにすごい奴なのか、アデルという男は」
「すごい……のですかね」
グリフィスは苦笑いを浮かべる。
「アデル様はすごいお方なのですが……すごくないところがすごいと言いますか……まあ不思議なお方です」
グリフィスの言葉にアーロフは怪訝な表情を浮かべる。
「まあ実際会ってみればわかるか……では短い間だが世話になった」
そしてアーロフは馬車へと乗り込み、ミドルンへ向けて出発した。
アデルはハーピーに迎えに来てもらい、マザーウッドからミドルン城へと戻ってきていた。
「おかえり、アデル君」
アデルをラーゲンハルトとその副官のフォスターが出迎える。
「アーロフさんが使者としてガルツ要塞に来てるんですって?」
アデルは震えながら言う。冬の空気の中、空を飛んでくるのはやはり寒かったのだ。
「うん。でもすぐに返事するとこっちの通信能力がバレちゃうから、まだガルツ要塞で待たせてるけどね。今から出発すれば夜には着けるだろうから、そろそろ許可出していい?」
「もちろんです」
アデルの返事を聞き、ラーゲンハルトが風魔法で通信を送る。その間にフォスターがアデルに毛布と温かいスープの入ったカップを差し出した。
「寒かったでしょう。どうぞ」
「わぁ、ありがとうございます!」
気の利くフォスターにアデルは感激する。
「それにしても皇族が使者として来るなんてすごいですね」
アデルは両手でカップを持ちながら言った。
「大事な交渉であればあるほど、使者は格の高い人じゃないとダメだからね」
メッセージを送り終えたラーゲンハルトはアデルのほうへ振り返った。
使者として敵対陣営へ送られるというのは当然危険なことである。捕虜になるかもしれないし、相手によってはその場で処刑されたりすることもあった。
しかしだからと言って一般兵などを向かわせるわけには行かない。一方的な条件を告げるだけの降伏勧告ならともかく、互いに条件を話し合う交渉において何の権限もない一般兵と話しても時間の無駄である。位の高い人間が使者であるほど交渉を成功させたいという「本気」が相手に伝わるのだ。もちろん位の高い人間を使者として相手に命を預けることで信頼の証とするという意味もある。
「とは言ってもアーロフの場合は実権を失ってるから、本当に肩書だけだけど」
ラーゲンハルトが肩をすくめる。
「場合によっては、使者として送ったアーロフ様を暗殺して、またこちらに罪をかぶせることが目的かもしれません」
「そ、そんなこと……あるんですかね」
フォスターの言葉にアデルは顔をひきつらせた。
「絶対にないとは言えないね。一応ダークエルフが護衛に付いていて、空からもハーピーに見てもらってるよ」
「そうですか……ちょっと心配ですね。ウルリッシュさんの騎馬部隊にも迎えに行ってもらいましょうか」
スープを一口すすり、アデルはガルツ要塞の方角を見つめる。
「ウルリッシュさんはカザラス帝国に恨みがあるから、むしろ危険かもよ」
カザラス帝国に滅ぼされたハーヴィル王国の武将であったウルリッシュはカザラス帝国に対して当たりが強い。ラーゲンハルトと顔を合わせた時も一悶着あったのだった。
「はは、さすがに今はもう……いや、やっぱり違う人に頼みましょうか」
少し不安になったアデルは、あらためて追加の護衛の指示を出した。
陽が短くなり、辺りはもう暗くなっていた。夜目の利くダークエルフの乗った馬を先頭に、アーロフの一行はミドルンを目指して走っていた。弱々しいランタンの明かりだけが照らす道は、ほとんど周囲の様子がわからない。馬と馬車の走る音だけが辺りに響いていた。
そんな中、数頭の馬の足音らしきものが向かってくる。馬車を囲むダルフェニア兵は警戒する様子はない。
(ダルフェニア兵の増援か? ずいぶん手厚いことだな)
馬車の中で音だけを聞いていたアーロフは思った。新たに現れた足音は馬車を囲み、馬車とともに走っているようだった。
「……うおっ!?」
しばらく何事もなく走っていたアーロフ一行だが、急に馬車の御者台に座っていた護衛の兵が驚きの声を上げる。
「どうした?」
アーロフは馬車の窓を開け尋ねた。
「み、見てください! 馬と人間が……」
「はぁ?」
アーロフが驚く護衛の兵の視線を追う。そこには闇の中を走る騎兵のような姿があった。
「なんだ、ただの騎兵……」
しかしアーロフもその違和感に気づく。他の騎兵は前傾姿勢で走っているにも関わらず、その騎兵たちは胸を張って風を切っていた。そしてよく見ると馬の首がなく、人間の上半身が代わりに生えている。半人半馬の魔物――ケンタウルスだ。
「こ、こんな魔物もいるのか……!」
アーロフは神竜王国ダルフェニアにはまだまだ自分たちの知らない戦力がいると思い知らされたのだった。
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