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弁明(イルスデン)

 ラーベル教の大聖堂でそんな事件が起きていた頃、イルスデン城には第二征伐軍軍団長”美剣”のフォルゼナッハが呼び出されていた。ラングール共和国戦線の「大幅な戦略の見直し・・・・・・・・・」に関して、直接説明するよう呼び出されていたのだった。


 皇帝の私室に向かうフォルゼナッハの姿を他の貴族たちがちらちらと窺う。その顔にはせせら笑いが浮かんでいた。すでにラングール共和国での大敗は宮廷内に伝わっている。元々ロデリックの娘を娶ったことで”娘婿”の異名で陰口をたたかれていたフォルゼナッハは、その言動はもちろん活躍に対する嫉妬もあり、宮廷内であまり好かれていない。


 しかし廊下を歩くフォルゼナッハはそれどころではなかった。なにせこれから史上稀に見る権力者に対して、敗戦の報告をしなければならないのだ。


 フォルゼナッハは冷え冷えとした廊下を歩き続け、皇帝の私室の前へとやってきた。その扉の前で一人の子供が笑顔でフォルゼナッハを迎える。


「よくお越しくださいました、兄上。父上がお待ちです」


「エデルーンか……久しぶりだな」


 フォルゼナッハはエデルーンを見て顔を歪めた。エデルーンは皇帝ロデリックの第八子であり、ロデリックの小姓をつとめていた。フォルゼナッハの正妻は皇帝ロデリックの第六子、ヴェルメラでありエデルーンは義理の弟にあたる。


「父上はお加減が良くありません。お話は手短にお願いいたします」


 エデルーンはそう言いながら頭を下げた。


(ふん、上手く父上に取り入りやがって。どうせ実の子ではないくせに……)


 その様子を見ながらフォルゼナッハは心の中で呟く。


 エデルーンは皇帝ロデリックと第四皇妃の間に生まれた子供だ。第四皇妃はラーベル教の女性司祭で、両者の結びつきを強めるための政略結婚であることは明らかだった。しかも当時すでにロデリックが老齢だったこともあり、エデルーンの父親はロデリックではないのではないかという噂は絶えない。


 そんな思いをよそにフォルゼナッハはエデルーンに案内されるがまま、ロデリックの寝室へとやってきた。開かれた扉から室内の悪臭が漏れ出してくる。


「失礼いたしま……」


 部屋に入ったフォルゼナッハは凍り付いた。


 ベッドに横たわっていたのは知らない老人……いや、別人かと思えるほどやつれたロデリックだった。以前は病人とは思えぬほど威厳が漂っていたが、ここしばらくで急激に衰えてしまっている。やせ細った体にシワだらけの皮膚。窪んだ眼孔の奥から鋭い光を称えた黒目がフォルゼナッハを見つめていた。


 室内にはロデリックのほかに主治医のベンヤミン、そしてフォルゼナッハの正妻であるヴェルメラがいた。


「久しぶりですね」


 ヴェルメラが冷たい目でフォルゼナッハを睨む。ロデリックの変わりように目を奪われていたフォルゼナッハはそこで初めてヴェルメラがいることに気づいた。


「あ、あぁ。戦争で前線を離れるわけには行かなかったからな」


 フォルゼナッハは平静を装ったが、内心はひどく動揺していた。敗戦の責に加え、ヴェルメラをほったらかして遊んでいることがロデリックにバレれば宮廷内での立場は危うくなる。


「それで、いつだ?」


 しゃがれた声がかすかにフォルゼナッハの耳に届く。それがロデリックのものだと理解するのに少し時間がかかった。


「い、いつとは……?」


 フォルゼナッハは戸惑い、ロデリックを見る。


「ラングール陥落はいつだ?」


 ロデリックが苛立ったように言い直す。フォルゼナッハはロデリックが話の要点しか求めない人物であることを思い出した。


「はっ、せ、戦力を立て直し、できるだけ速やかに再侵攻を行うつもりですが、なにぶん敵には魔竜がいる可能性も考慮しなければならなくなりまして……」


 フォルゼナッハは流暢に話しだす。しかしその内容は無きに等しい。


「魔竜をどう倒す?」


 フォルゼナッハの言葉をロデリックが遮る。


「こ、攻城兵器の集中運用で対処するつもりです。幸い、軍艦には大量の大型弩弓が搭載されておりますので、それを外して……」


「下がれ」


 ロデリックはため息とともに、再びフォルゼナッハの話を遮った。


「お、お待ちください! 魔竜は本来、ダルフェニア攻略を担当するイェルナー殿下が対応するべき相手。ダルフェニア戦線での敗戦により、私がダルフェニア軍の相手までしなければならなくなったという点をご考慮していただきたく……」


「下がれと言った」


 しゃがれた力のない声。しかし有無を言わさぬ圧力がその言葉には込められていた。フォルゼナッハは言葉を失い、ただ口をぱくぱくさせるしかなかった。


「ゲホッ!」


 その時、ロデリックが咳き込んだ。咳とともにその口から血が流れ出る。


「だ、大丈夫ですか、父上!」


 フォルゼナッハはロデリックに駆け寄る。横から主治医のベンヤミンがハンカチでその血を拭った。


「かまうな。あぁ、それとヴェルメラが話があるそうだ。たまには夫婦で過ごせ」


 ロデリックがヴェルメラに目配せする。ヴェルメラはロデリックと目が合うと小さくうなずいた。


「しょ、承知しました。父上のことは心配だが、ここはベンヤミン殿に任せるとしようか、ヴェルメラ」


「ええ、あなた」


 フォルゼナッハが差し出した腕に、ヴェルメラが自らの腕を絡める。


 そして二人は部屋を後にした。二人が皇帝の私室から出ると、部屋の前には数名の兵士が控えていた。


「彼らは?」


「あなたが逃げないように、私が用意させたのよ」


 フォルゼナッハの問いにヴェルメラが笑顔で答える。


「はは、大げさだな」


 フォルゼナッハは苦笑いを浮かべた。そして兵士たちに監視されながらヴェルメラの部屋へと向かう。


(しかし……やはりいまいちだな)


 ヴェルメラを横目で見ながらフォルゼナッハは思った。美しいと評判の姉のユリアンネや妹のヒルデガルドと違い、ヴェルメラは平凡な顔立ちだ。美女を集めて毎日遊んでいるフォルゼナッハには物足りなかった。


 そのうちヴェルメラの部屋に着いたが、兵士たちは部屋の中まで一緒に付いてくる。その様子にフォルゼナッハは戸惑った。


「おいおい、なぜ部屋の中まで入ってくるのだ」


「気にしないで。それより服を脱いでくださる?」


 ヴェルメラは誘うような笑みをフォルゼナッハに向ける。


「へ、兵士たちが見ている前でか?」


(こいつ……よっぽど男に飢えていたのか?)


 フォルゼナッハは唖然とした。


「す、少し気分が乗らないな。せっかくだがまた今度にしよう」


「そう……仕方ないわね」


 断るフォルゼナッハにヴェルメラは肩をすくめて見せると、兵士たちに目配せした。すると兵士たちがフォルゼナッハを囲み、拘束する。


「お、お前たち! 何をする!?」


 フォルゼナッハは暴れるが、屈強な兵士たち数人がかりが相手では抵抗できなかった。


「言ったでしょ? この兵士たちは『あなたが逃げないように、私が用意させた』って」


 ヴェルメラは懐から短剣を取り出し、残忍な笑みを浮かべる。


「あなたが武勲を上げているうちは目を瞑っていたけれど……今回の大敗であなたの未来は絶望的ね。せめてあなたが落とし子でも作ってこれ以上カザラスの名を汚さぬよう、予防しておかなければならないわ」


 ヴェルメラはフォルゼナッハのズボンを脱がすと、男性器を手で掴んだ。


「よ、よせ! やめろ!」


 フォルゼナッハの悲痛な叫びが響き渡る。


 ”美剣”のフォルゼナッハは、この時から”短剣”フォルゼナッハと宮廷内で陰口をたたかれるようになったのだった。

お読みいただきありがとうございました。

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