騒ぎ(ラーベル教大聖堂)
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ラーベル教大聖堂でドレイクとオルティアは一つの部屋に通されていた。それなりの広さはあるが、テーブルと椅子が置かれ簡素な部屋だ。テーブルの上には花が生けられた花瓶が置かれている。
「どうぞこちらでお待ちください」
二人を部屋に残し、案内をした神官は去っていった。
「緊張しちゃうわね、あなた」
オルティアは夫婦の会話を装いながら、部屋の壁などを触り始める。ひとしきり部屋を調べ終わるとオルティアはほっとため息をついた。
「人が潜んでいる様子はなさそうね。まったく、これは確かにお目付け役が必要だわ……」
オルティアがドレイクを横目で睨みながらボヤく。
「それにしてもなぜ呼ばれたのかしら。やはりあの騒ぎのせい……?」
「いや、あの測定器のせいだろうな」
「測定器? さっき言ってた、あの清めの水のこと?」
ドレイクの言葉にオルティアが首を傾げた。
「水ではない、台座のほうだ。あれは恐らく魔力の測定器だろう。昔似たようなものを見たことがある。それより武器を持っているか?」
「えぇ、短剣だけど」
ドレイクの問いにオルティアは懐を叩いて見せる。ドレイクは腰にミスリルの剣を差していた。剣技大会があるため、町には剣を持った者も多い。大聖堂に入る際も預けずに済んでいた。まさか教会の中、しかもこれだけの警備体制の真っただ中で暴れるものがいるとは思っていないのだろう。
その時、部屋のドアがノックされ、開いたドアから神官が顔をのぞかせた。
「お待たせいたしました。大司教様の元へお連れ致します」
恭しい態度の神官に二人は少し緊張の面持ちで付いて行った。
三人は廊下を進んで大聖堂の奥へと進んでいく。やがて厳かな造りの礼拝堂にたどり着いた。一般人でも入れる区域とは違い、教会関係者しか入れない場所だ。天井は高く、ステンドグラスから差し込む色とりどりの光が幻想的に室内を照らしていた。
部屋の奥に置かれた彫像――女神ベアトリヤルの前に一人の男がドレイクたちに背を向けて立っている。豪奢な祭服をまとい、祈りをささげているのか、首から下げた小さなベアトリヤルの彫像を握っていた。
室内にいるのは案内してきた神官と祭服の男、そしてその脇に控える老人だった。
「マクナティア大司教、フランツ司教。加護の強い二人をお連れしました」
神官が言うと祭服の男、マクナティアが振り返る。人の好さそうな顔に眼鏡をかけ、柔和な笑みを浮かべた中年の男だった。
しかし……
(……!)
マクナティアを見たドレイクの背中に寒気が走った。何か本能的な危険を察知したのだ。ドレイクは剣を抜き放つと、一気に距離を詰めた。
マクナティアの目が驚きに見開かれる。だがその理由は突然襲われたことだけではなかった。
「その剣は!?」
マクナティアがドレイクの剣を見て叫ぶ。ドレイクは問答無用で剣を振りかぶった。
「光武強襲刃!」
ドレイクの剣が光に包まれる。その剣が鋭く振り下ろされた。
しかしその間にマクナティアも素早く魔法を発動させる。
「魔造障壁!」
魔力が透明な壁となり、二人の間を遮る。ドレイクの剣はその壁に食い込み、一瞬止まったかに見えた。だが剣の威力に屈し、壁が破壊される。込められた魔力が解放され、衝撃波となって二人を襲った。
しかし身体を持っていかれながらも、ドレイクの剣は勢いそのままに振り下ろされる。マクナティアは肩口から胸にかけて、大きくその体を切り裂かれた。
「ぐっ……!」
血を噴き出しながらマクナティアは背後に倒れる。ドレイクも衝撃波によって後ろに倒れ、それ以上の追撃はままならなかった。
「マ、マクナティア様!」
素早い攻防に為す術もなく立ち尽くしていたフランツが慌ててマクナティアに駆け寄る。
「ドレイク! 逃げるぞ!」
オルティアがドレイクに声をかける。その足元には二人を案内してきた神官が倒れていた。神官がドレイクの行動に目を奪われているうちに、その首筋に手刀を叩きこんだのだ。
ドレイクは立ち上がると、倒れているマクナティアを一瞥し、オルティアのほうへと駆け出す。
「え、衛兵! マクナティア様が襲われた! 賊を逃がすな!」
背中でフランツの叫び声を聞きながら、オルティアとドレイクは部屋を飛び出した。
「何なのだ一体!」
走りながらオルティアがドレイクを怒鳴りつける。
「わからん。だが奴は危険だ」
答えにならない答えを返しながら、ドレイクもオルティアの横を走る。途中、立ちふさがる衛兵を一刀のもとに斬り捨てた。
「足を止めるな! あっという間に囲まれるぞ!」
オルティアもそう言いながら、前から向かってくる衛兵に投げナイフを投げつけ倒していた。二人は連携を取りつつ大聖堂の外へ向かって逃げる。
「逃がすな!」
衛兵たちの怒声が響く。たくさんの足音が石造りの廊下に響いていた。
「敵は多いな。普通の衛兵なら良いが、ぐずぐずしていると厄介な敵も出てきそうだ」
ドレイクが大聖堂の奥を見ながらつぶやく。
しかし覚悟に反し、衛兵は散発的に出てくるだけだった。だが相変わらず多数の足音や怒号は聞こえてきている。
「なんだ? 騒ぎのわりに衛兵たちが向かって来ないな……」
オルティアが走りながら眉をひそめる。
そして一般に解放されているエリアまで戻ってくると、その理由がすぐにわかった。
「落ち着いてください! 走らないで、ゆっくり出口へ!」
衛兵が大声で叫んでいる。ドレイクは一瞬身構えたが、衛兵はドレイクのほうを見ていなかった。人の波が出口に向かって続いており、衛兵は神官はその誘導にあたっていたようだ。
「おい、聞いたか? 火事だってよ」
茫然としている二人に話しかけてきた男がいた。ディオだ。
確かに辺りには焦げ臭い匂いが漂っている。ディオは衛兵たちの動きが慌ただしくなったのを見てドレイクたちが何かしたと察し、陽動のためにボヤ騒ぎを起こしていたのだ。
「ほら、表へ出るぞ」
ディオがウィンクをする。二人はディオの後に続き、人波を縫って出口へと向かって行った。
「マクナティア様! しっかりなさってください! すぐに手当を……」
一方ドレイクたちが逃げた後、斬られたマクナティアをフランツが介抱していた。傷は深く、かなりの出血がある。
傷口を押さえるフランツの手をマクナティアはがしっと握りしめた。
「あの男……絶対に逃がすな。生きたまま捕らえるのだ……!」
苦し気に呻きながらも、マクナティアの目にはギラギラとした光が宿っている。
「も、もちろんです」
「間違いない……あの剣はウィザーズソード……私を至高の存在へと導く鍵だ……!」
重傷を負ってはいたが、マクナティアの顔には笑みが浮かんでいたのだった。
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