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手配書(イルスデン)

誤字報告ありがとうございました。

 寒空の下、カザラス帝国の帝都イルスデンは賑わいを見せていた。剣技大会も間近に迫り、参加希望者や見物客が多く訪れている。通りにも人があふれ、その熱のせいか寒風が吹いても寒さを感じないほどだ。


 カザラス帝国の剣技大会はまだ無名の剣士が立身出世を夢見る場であることから「ルーキー大会」とも呼ばれている。しかしこの大会の価値も年々下がってきていた。


 カザラス帝国が拡大を続けている間は才能あふれた新人が毎年多くおり、人材を求める貴族たちが声をかけたものだった。しかししばらくカザラス帝国の拡大は停滞しており、なかなか新しい人材が出てこなくなっていた。各軍も人材が充足しており、大金を払ってまで新人を雇うことが少なくなっている。


 皇帝ロデリックは毎年、大会を観戦していたが、大病を患ってからここ数年は姿を見せていない。そのことも参加者のモチベーションを大きく下げるきっかけとなっていた。


 だがそれでも毎年開催される一大イベントとして楽しみにしている観客も多く、夢見る参加者もまだまだ多い。またこの時期にはラーベル教会大聖堂へ参堂する者も多く、相乗効果を生んでいた。ラーベル教徒も年末が差し迫るとラーベル教の神殿や聖堂に向かい、今年一年の感謝と、新年の幸福を祈願するのが習わしだ。


 カザラス帝国の北部は帝都も含め、年末になると雪で覆われる。春になるまで移動が困難となるのだ。そのため農作業が終わり、雪が積もる前のこの時期にはさまざまなイベントが開かれ、庶民のささやかな楽しみとなっていた。


「すごい賑わいだな」


 通りを歩く男が落ち着きなく周囲をキョロキョロと見回しながら言う。その男はドレイクだった。蛮族の元を離れ、ラーベル教会について調べるために帝都を訪れていた。


 ドレイクの脇では日に焼けた褐色の肌の青年が同じようにキョロキョロしている。ドレイクについてきた蛮族の青年、ディオだ。


「それでも例年よりは少ない。戦いが長引き、困窮する民が出始めているからな。その代わりに裏通りの浮浪者や無法者が増えている」


 フードを被った褐色の肌の美女が言った。彼女は”黒秘くろひめ”オルティア――冒険者ギルドの諜報部門の責任者だ。


 蛮族の族長ラヒドはドレイクたちのために冒険者ギルドにガイドを依頼していた。世間知らずな二人の面倒を見ると同時に、情報収集にも長け、いざという時は荒事にも対応できる人材。そんな難題を受け、冒険者ギルドが派遣したのがオルティアであった。


 もちろんオルティアのような幹部が出向いたのには理由がある。ミスリルの剣を持ち、魔法すら扱える猛者というドレイクに興味があったのだ。しかもドレイクはラーベル教会に関して因縁があり、なおかつ今話題のアデルと知り合いであるかのような様子も見せたという。そういった話を聞き、ドレイク自身の調査も兼ねてオルティアが派遣されたのだった。


(しかし……どこかで見たことがあるような……)


 オルティアはドレイクを横目で見ながら内心で首をひねった。


 三人が通りを歩いていると、何人かの通行人が足を止めて見入っている掲示板があった。公的な知らせなどを張り出すためのものだ。


「あのバカ……!」


 ドレイクが掲示板に目を向け、苦々しげな表情になる。そこには真新しい手配書が張り出されていた。


「これは……!?」


 ディオが眉をひそめる。手配書には二人の人物の似顔絵とともに、懸賞金がかけられていることが書かれていた。一人目は悪魔の手先にして神竜王国ダルフェニア国王を自称するアデルと書かれている。ダルフェニア軍との戦いで戦場に似つかわしくない、頼りなそうな少年がいたら気を付けるようにと注意書きされていた。似顔絵はカザラス兵の目撃証言をもとに描かれているが、印象を下げるためか本物よりもだいぶ目つきが悪く描かれている。


 もう一人はハーヴィル王家の残党、クロディーヌ・パトリシャールだ。長い間生死不明であったが、神竜王国ダルフェニアにてクロディーヌを名乗る少女が現れたことがカザラス帝国内では話題になっていた。旧ハーヴィルの残党を焚きつけ、カザラス帝国の治安を悪化させようとする大罪人としてこのたび懸賞金がかけられることとなった。


「ほう、大盤振る舞いだな」


 オルティアが感心したようにつぶやく。クロディーヌには金貨三千枚、アデルには金貨一万枚の懸賞金が付けられていた。他の通行人もその金額をみて驚いたりため息をついたりしている。


 もちろんカザラス帝国側もこんな手配書を張り出したところでアデルたちがどうにかなるとは思っていない。あくまでも市民に対してアデルたちが悪であるという印象をつけるためのものだ。


 長く続く戦い、そして度重なる敗戦は国民の間に厭戦ムードを漂わせている。カザラス帝国側はあの手この手で戦争が正当なものであることを印象付けようとしていた。


(そうか……どことなくアデルに似ているのか……)


 オルティアは手配書の絵を見て、ドレイクへの既視感の正体に気が付いた。それほど似ているわけではないが、部分部分に共通点を感じたのだ。


(他人の空似というやつか。それとも……)


 オルティアは再び歩き出したドレイクの背中を見て思った。






 そしてしばらく歩いた三人は目的地へと到着する。多くの人々がひっきりなしにその建物を出入りしていた。白で統一された優美な佇まい。豪奢さとシンプルさを兼ね備えた洗練されたデザイン。ラーベル教の大聖堂、通称「白慈宮」だ。近くに建つイルスデン城とともに、カザラス人であれば死ぬまでに一度は見ておけといわれる名所であった。


「今は訪問客が多く、礼拝所までは一般人でも入ることが出来る」


 オルティアが大聖堂を見上げながら二人に説明する。


「大聖堂へは冒険者ギルドでも内部の調査を試みているが、生きて帰った者はいない。恐らく魔法的な侵入対策が施されているのだろう。一般人が入れるエリアではたいした情報は得られないだろうが我慢しろ。くれぐれも騒ぎは起こすな」


 オルティアが二人に、特にドレイクにむかって念を押した。ドレイクとはまだ短い期間しか過ごしていないが、それでもその傍若無人な立ち振る舞いにオルティアは頭を抱えることが多かった。


「わかった、騒がれる前に殺す」


「わかってない!」


 真顔で言い、入り口に向かって歩き出すドレイクに、オルティアは慌ててついて行くのだった。


お読みいただきありがとうございました。

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