表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
407/825

ヌーラン決戦 1

誤字報告ありがとうございました。

「まったく、不愉快な連中だな!」


 イルアーナが不満を露わにしながら廊下を歩く。ラングール公爵家の面々との顔合わせを終えたアデルたちはあてがわれた宿に向かっていた。本来の定員は二十名ほどの酒場兼宿屋にアデルらとクロディーヌが泊まることになっている。一国の王に対してはあり得ない対応だった。


 元々援軍に反対だったカーネル、ラグナル両公爵はもちろん、陸軍を率いるストールまでもがアデルに対して冷たい反応を示した。アデルが頼りない少年に見えたこと、援軍が少なかったこと、アデルが作戦に口を出したことがその原因であった。援軍に関してはアデルたちでなければそもそも間に合うことすら難しい状況なのだが、窮地に立たされたストールには不満をぶつける先がアデルくらいしかなかったのだ。


 またストールはカザラス軍を迎え撃つため、全軍に横陣を組ませ壁のように布陣させる作戦を考えていた。軍を長方形に配置する横陣は、戦争においてオーソドックスな陣形である。ストールは横陣の最前部に徴収兵、その後ろにかき集めた衛兵、最後尾に陸軍を置き、陸軍の被害を少なくしようという思惑だった。


 しかしアデルは徴収兵、衛兵、陸軍をそれぞれ別に運用することを提案した。練度も装備もバラバラな兵を一緒に運用しようとしても無理がある。またストールの考える配置では、士気の低い徴収兵が逃げ出そうとして後ろに布陣する軍の陣形をかき乱し、混乱が生じる原因となると主張した。


 それに対してストールは勇敢なラングール人は敵前逃亡などしないと豪語した。確かにラングール軍人が戦争で逃げ出したという報告は過去にない。ただしラングール軍が経験している戦争は海での戦争のみだ。いままで圧倒的に優位だったうえ、そもそも海の上では逃げようがない。ストールは単純に子供のような見た目のアデルに意見されたのが面白くなかったのであろう。


 そういったこともあり、ストールのアデルに対する扱いが悪くなっていったのだった。


「申し訳ありません。せっかく助けに来ていただいたのに……」


 エニーデがアデルに謝罪する。エニーデとイルヴァはアデルたちとともに廊下を歩いていた。


「仕方ないですよ。皆さんからしたら僕なんて信用できないでしょうし……」


 アデルが苦笑いを浮かべる。


「そんな……せめて私にできることは何かありますか?」


 エニーデが真剣なまなざしでアデルを見つめる。


「じゃあ……」


 アデルは少し考えて要望をエニーデに伝えた。


「そんなものを……?」


 アデルの言葉に、エニーデは少し戸惑ったが笑顔で頷いた。そして小走りで走り去っていく。


「私のほうからもご用意いたしますわ。それにしても随分と余裕でいらっしゃいますね」


 イルヴァが不思議そうにアデルに尋ねる。


「いえいえ、不可欠なんですよ! この戦争に勝つために絶対に必要なんです!」


「はぁ……」


 力説するアデルだったが、イルヴァは納得できていない様子だった。


「それより……ちょっとお聞きしたいんですが」


「はい、なんでしょう?」


 真剣な表情で切り出すアデルにイルヴァが笑みを返す。


「言いにくいんですけど……ラングール側にカザラス帝国との内通者がいると思うんです」


「えっ……!?」


 そしてアデルの言葉にイルヴァの表情が凍り付いた。






 翌日、接近するカザラス軍を迎え撃つためにラングール軍はヌーラン平原に展開した。ボストックに籠城する案も考えられたが、ラングール側からすればカザラス軍がボストックを放っておいて周囲の都市を略奪する恐れもある。そのうえ国力に差がある以上、時間とともにカザラス側の戦力が増え不利になるのはラングール側だ。そう考えたラングール側にとってヌーラン平原でのカザラス軍との決戦は起死回生の一手であった。


 打合せ通りラングール軍はほぼ全兵力を横陣に配置し、その後ろに公爵の私兵に守られた本陣を配置している。本陣では公爵らが戦いの行方を見届けるために勢揃いしていた。危険が迫った時に備え、馬も用意されている。


「ここが正念場だ。我らが一丸となって戦えば、必ずや勝利がもたらされるであろう!」


 最終軍議の場で指揮を執るストールが勇ましくまくしたてる。しかし他の公爵たちの表情は沈んでいた。


(この戦力じゃ無理だな……)


 軍議に出席を許されたアデルもラングール軍とカザラス軍の戦力差を痛感している、数の上でもそうだが、兵士の質の差も歴然としていた。しかし致命的に両者の違いを分けているのは経験の差だ。カザラス軍は実戦を経験しているが、ラングール陸軍は本格的な戦争を経験していない。本陣の護衛兵たちですら、すでに緊張で顔色が悪くなっていた。前線に配置されている兵士たちはいまごろ嘔吐をしまくっているはずだ。


「あの……」


 アデルがおずおずと手をあげると、周囲の視線が一瞬で集まった。途端にアデルの体が緊張で固まる。


「……どうされた、アデル殿?」


 不愉快そうにストールが尋ねる。アデルは気圧されたが、意を決して口を開いた。


「これから始まるのは……戦争なんかではありません。一方的な虐殺です。事前に覚悟をしていただいたほうがいいかと……」


 アデルの話を聞き、公爵らの顔が固まる。


 その時、本陣に張られた天幕に伝令が駆け込んできた。


「カザラス軍が姿を現しました! 我々の前方に展開中です!」


「来たか。軍議は終了だ! 大陸のネズミどもを追い返すぞ!」


 ストールの一言で軍議は終了し、慌ただしく戦闘の準備が開始されたのだった。






「情報通りの布陣だが……まるで素人のような布陣だな」


 カザラス軍の指揮を執るリグワードが嘲笑を浮かべた。目の前にはカザラス軍を迎え撃とうとするラングール軍の姿が見える。遠目にもカザラス兵より装備が劣っているのがわかった。


「せめて籠城なり有利な地形に陣取るなりすれば良いものを……まあこちらとしては手間が省けるが」


 リグワードが呟く。短期決戦を望むリグワードにとって、ラングール軍が野戦を選んだのは好都合だった。


「ドラゴンが見えぬが……ダルフェニア軍とやらはどこだ?」


 リグワードは戦場を見渡すが、ワイバーンの姿やダルフェニア軍の旗は見えなかった。


 そこに部下の一人が寄ってきて膝まづく。


「内通者から先ほど連絡がありました。アデル王は軍議の後、ラングール軍から離れたようです。シャーリンゲル家、セラマルク家もアデル王と行動を共にしているそうです」


「逃げたのか? まあこの状況では仕方ないが……残念だな」


 部下の報告を聞き、リグワードは顔をしかめた。


「まあよい。あとで騎馬部隊でもやって捜索するとしよう。進軍の準備は?」


「済んでおります」


 リグワードは軍を大きく分けて三つに分けていた。中央に六千人、その左右に三千人づつの別動隊が配置されている。リグワードのいる本陣はその後方にあり、三千人の予備兵とワイバーン対策で複数の大型弩弓バリスタが配置されていた。


「よし、さっさとけりをつけるぞ」


 リグワードは不敵な笑みを浮かべると本陣を出て展開した兵士たちを見回す。


「誇り高きカザラスの兵たちよ! 見よ、あのみすぼらしい敵兵たちを! もはや我々の脅威となるような敵は存在しない! ダルフェニア軍の援軍がいるという情報もあったが、ドラゴンの姿が見えない以上、恐れをなして逃げ出したのであろう。今日の戦いで敵にとどめを刺す! 好きなだけ功を上げ、家族への土産話とするがよい!」


 リグワードが大声で語りかけると、兵士たちから歓声が上がった。いくさが始まる前に兵の士気を高揚させるのも将の仕事の一つだ。リグワードの堂々たる体格も相まって、兵士たちは勇ましいリグワードの言葉に鼓舞され、戦いへの恐怖は興奮へと変わっていった。


「進め!」


 リグワードの掛け声でカザラス軍が進軍を開始する。統制のとれた、重装備のカザラス軍の足並みが地響きを巻き起こす。その振動と重低音がよりラングール兵たちの恐怖を煽り立てた。






「こ、これが足音だけで敵を蹴散らすというカザラス軍か……!」


 迫りくるカザラス軍の迫力にストールは気圧されていた。ラングール兵たちにも明らかに動揺が広がっているが、ストールにはどう声をかけてよいかもかわらなかった。


「敵の両翼が左右から回り込んできます!」


 伝令がストールの元に報告をもたらす。確かにカザラス軍の左右の別動隊は、壁のように展開するラングール軍を迂回するように動いていた。


「て、敵を通すな! 軍を左右に広げ、敵の進路を塞げ!」


 ストールが指示を飛ばす。その指示に従い、ラングール兵がバタバタと慌ただしく動いた。実戦経験がないうえに部隊行動に慣れていない兵士たちも多く、見た目でもわかるほど混乱が生じている。しかしどうにか回り込もうとするカザラス軍の行く手を塞ぐことが出来た。


「ふぅ……冷や汗ものだな」


 ストールが安堵のため息をつく。手薄な本陣を襲われていたらひとたまりもなかったであろう。


「敵中央、突撃して来ます!」


「なんだとっ!?」


 伝令からの悲鳴のような報告にストールは愕然とした。見ればカザラス軍の中央部隊が三角形に陣形を変えながら向かってくるところだった。


「か、壁が薄すぎるぞ! 兵を戻せ!」


 ストールが叫ぶ。左右に陣形を広げたため、その分兵の壁が薄くなっていたのだ。だが先ほどと相反する命令は兵たちの混乱を助長しただけだった。さらには左右から迫っていたカザラス兵もラングール兵に接触し、戦いが始まる。左右のラングール兵が中央へと戻る余裕は失われていた。


 カザラス兵とラングール兵が激突する。金属同士がぶつかる音、怒号に悲鳴、戦場はあっという間に騒音に包まれた。カザラス軍の突撃を受けたラングール軍の壁は大きく歪んだものの、どうにか持ちこたえたかのように見えた。


 しかしそれも一瞬だ。最前線に立たされていた徴収兵や衛兵が逃げようと後ろの陸軍の陣形を乱す。陸軍も彼らが邪魔でカザラス軍に攻撃が届かない場面も見受けられた。そんな統制を失ったラングール兵を蹴散らし、カザラス軍がラングール軍の横陣に食い込む。すると槍が体を貫くかのように、あっという間にカザラス軍はラングール軍の壁を突き破った。


「ば、馬鹿な……!?」


 ストールが目の前の光景に愕然とする。カザラス軍の強さは承知していた。しかしこんなにも早く自軍が崩壊するとは思ってもみなかったのだ。


「見えたぞ! 敵本陣だ!」


 ラングール軍の横陣を突破したカザラス兵が叫び声をあげる。その数はみるみると数を増していった。


(な、なぜこんなことに……)


 本陣に迫るカザラス軍を見ながら、ストールは茫然と立ち尽くす。


 そしてアデルの予言通り、一方的な虐殺の幕が上がるのであった。



※ヌーラン平原両軍展開図

挿絵(By みてみん)

お読みいただきありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ