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利害(エステルランド)

誤字報告ありがとうございました。

 ラングール共和国の首都、エステルランドには暗雲が立ち込め、強い寒風が吹きすさんでいた。


「ふぅ……」


 最高会議室の扉が開き、クロディーヌがため息をつきながら部屋から姿を現す。神竜王国ダルフェニアから外交官として派遣されたクロディーヌは、ラングールの公爵たちが集う最高会議の場で国の代表として意見を交わしていたのだ。後ろには護衛のハーヴィル騎士サージェスとウッディ、そしてダークエルフの青年リスティドを伴っている。


 クロディーヌたちは少し離れた窓辺まで移動し、興奮で火照った体を夜風で冷ましていた。


「なんとか話がまとまりましたな」


 そんなクロディーヌに一人の青年が声をかけてくる。氷竜王に命を救われたラングール海軍の将校ヤースティンだ。腕の中には一人の少女を抱いている。ラングール共和国の海軍を司る公爵、エニーデだ。帰ってきたヤースティンを見たエニーデは会議中にもかかわらず、驚きと安心で号泣してしまっていた。彼女の祖父の副官として働いていたヤースティンはエニーデとも旧知の中で、多くの親類を失ったエニーデにとってヤースティンが生きていたことは言葉にできぬほど嬉しい出来事だったのだ。そして泣き疲れ、今はヤースティンの腕の中で眠りについている。


(かわいそうに……)


 クロディーヌは涙の跡が残るエニーデの寝顔を見て同情した。物心のつく前であったが、クロディーヌもカザラス帝国との戦いでほとんどの親類を失っている。そういった親近感もあり、エニーデに対してどうしても感情移入せざるを得なかった。


「それにしても、石頭の老人にはほとほと困りました……おっと失礼」


 サージェスが呟いたが、ヤースティンを見て口を滑らせたことを悟る。


「いえいえ、かまいません。祭事を司るカーネル様は特に伝統を重んじるお方。古くからの慣習を守ることが仕事のようなものです。彼が反対することは想定内でした」


 ヤースティンが苦笑いを浮かべながら言った。


「ふん。人間程度の寿命で、古くからの慣習がどうのなどと語るのは滑稽だな」


 リスティドが鼻を鳴らす。人間の何倍もの寿命を持つダークエルフに言われ、一同は返す言葉がなかった。




 ラングール共和国公爵家の一人イルヴァの仲介により、クロディーヌたちは最高会議への出席の許可を得た。そして今日いよいよ最高会議に参加することとなったのだが、交渉は一筋縄ではいかなかった。


 まずは強硬な反対派の存在だ。祭事を司るフォーステット家、行政を司るノルドヴァル家、両家は他国と共闘することは国の掟に反すると主張し、神竜王国ダルフェニアの助力を拒んだ。しかし海軍を司るシャーリンゲル家、陸軍を司るフロズガル家、司法を司るリンデル家の賛成によって条件の交渉に移ることが出来た。ちなみに交易を司るセラマルク家のイルヴァは仲介した立場ということで採決は棄権している。


 ダルフェニア軍がラングール軍を支援する条件としてクロディーヌが提示したのは主に四つの項目であった。一つ目は今回だけでなく今後もカザラス帝国に対して共闘するということ。二つ目は両国の国交の樹立。三つ目は異種族、魔物との共存。そして最後はラングール軍がダルフェニア軍の指揮下で戦うということだ。


 一つ目、二つ目の条件には、やはりフォーステット、ノルドヴァルの両家が反対した。他家としても防衛のためにダルフェニア軍の力は借りたいところだが、本心としてはそれ以上の関わりを持つことには慎重だ。そのため最終的には「必要があれば協議の場を設ける」というだけに留まった。


 三つ目に関しても反対派が多数となった。姿形が人間に近いダークエルフのリスティドですら、参加者たちからは恐怖の眼差しが向けられている。ラングール共和国内でも異種族は紛争の種であり、人間の敵であるという認識が強い。結局、「異種族・魔物との共存に向けた努力を試みる」というなんとも曖昧な合意だけがなされた。


 四つ目の条件は全面的に拒否された。陸上での戦いにおいて何度もカザラス軍に勝利しているということでダルフェニア軍が全軍を掌握するべきだとクロディーヌは主張した。しかし他国に命運を預けられないと全家がこれに反対し、ラングール軍、ダルフェニア軍は別個に行動することとなった。ただし今回のカザラス軍との戦いに限り、ダルフェニア軍に対しラングール共和国内の通行許可と必要な物資の供給が行われるという合意だけはなされた。




(でも、ボクの経験が役に立ったかな……)


 会議が終わり、仲間たちと談笑しながらクロディーヌは考える。


 クロディーヌは長い間、自身の立場を隠し男子として生きてきた。またハーヴィル王国からの亡命者ということで、ヴィーケン王国内でも厄介者として蔑まれていた。明るく素直な性格のクロディーヌではあったが、そういった経緯から自身の感情を隠し、他人の顔色をうかがう術には長けている。


 今回の会議の結果は要するに神竜王国ダルフェニアに対して強力は求めるものの、自分たちからはほぼ何も見返りを出さないというものだ。しかしそういった理不尽を突き付けられながらも、クロディーヌは穏やかに、冷静に対処していた。もし怒りに任せて要求を通そうとしていれば、援軍そのものも拒否されるような結果になっていた恐れもあった。


(それとも……アデルさんはそれもわかっていてボクを選んだのかな……?)


 クロディーヌは寒風の吹き込む窓から夜空を眺める。空を覆う雲の合間に、わずかに瞬く星が見えた。


「クロディーヌ殿」


 不意に声をかけられ、クロディーヌは振り向く。そこには神経質そうな若い男が立っていた。司法を司るリンデル家の当主、シグルドであった。


「はい、何か御用ですか?」


 さきほどまで会議で話していた相手に声を掛けられ、クロディーヌは少し緊張する。理詰めで話すシグルドはクロディーヌにとって少し苦手な相手であった。


「ひとつお聞きしたいことがあって声を掛けさせていただきました」


「は、はい。どうぞ」


 シグルドの鋭い眼差しに少したじろぎながらクロディーヌが言う。


「今回の援軍の件、どう考えても貴国にメリットはありません。なのにどうしてこのような申し出をなされたのですか?」


「え、えっと……まずは道義的な理由ですね」


 クロディーヌは考えながらゆっくりと話し出した。


「ラングール共和国と神竜王国ダルフェニア、どちらもカザラス帝国から理不尽な侵略を受けています。さらにはカザラス軍に占領されたそちらの都市では、略奪や虐殺が行われているとか。神竜王国ダルフェニアは平和や協調を尊ぶ国です。そのような行為を見過ごすわけには行きません。もちろん助ける余裕があれば、の話しですけど……」


「ほう」


 クロディーヌの話しに、シグルドは表情を変えることもなくただ相づちを打った。


「もうひとつは戦略的な理由です。神竜王国ダルフェニアがカザラス軍を撃退できているのはガルツ要塞という強固な防衛拠点があるおかげです。ですがもしラングール共和国がカザラス帝国に占領され、カザラス軍が海を渡って来るようなことがあれば我が国は一気に窮地に立たされます。それを阻止するためにもラングール共和国にはカザラス帝国の海洋進出を押さえていただかなければなりません」


「ほう。他には何か?」


「い、以上です」


 またも表情を変えることなく言うシグルドに、クロディーヌは顔を強張らせた。


「……なるほど。ありがとうございます」


 話を聞いたシグルドは頭を下げると、クロディーヌたちの前から立ち去る。クロディーヌはその背中をしばし茫然と見送った。


「う~ん……ちょっと難しそうな人ですね」


「ははっ、我々も常日頃からそう感じておりますよ」


 クロディーヌの素直な呟きに、ヤースティンも賛同した。






 その頃、イルヴァはセラマルク家の専用区に戻っていた。エステルランド城は共用区と各公爵家が所有する専用区に分かれている。専用区を担当する使用人や警備兵もそれぞれの公爵家が独自に雇っているものだ。


 エステルランド城にやってきたクロディーヌ一行もセラマルク家の専用区内の客室に滞在している。ヤースティンはクロディーヌらと別れ、海軍を司るシャーリンゲル家の元へと戻っていた。


「イルヴァ様、カザラス軍はドローアまで進軍しているとのことです」


 私室に戻ってきたイルヴァに部下のエラニアが報告する。


「想像以上に進軍速度が早いわね……援軍の価値が高まるまで待つつもりだったけど、予定より早くダルフェニア軍の参戦が決まって助かったかもしれないわ」


 エラニアの報告にイルヴァが眉をひそめた。


「各都市で略奪行為が行われているようです。このままでは国中が焦土になりかねません」


「心配いらないわ。我が家の領地は進軍ルートから外れているし、フォルゼナッハ様にも我が家は襲わないと約束していただいているわ」


「そ、そうですか……」


 不安げなエラニアをよそに、イルヴァは部屋の奥へと歩を進める。


「エイリク様、ただいま戻りました」


 イルヴァは部屋の奥にいた人物に声をかけた。


「おぉ、イルヴァ。お帰り」


 椅子に腰かけた老人がしゃがれた声でイルヴァを迎えた。体はやせ細り、白髪になった頭髪はほとんど抜け地肌が目立っている。エイリク・セラマルク――セラマルク家の当主であり、イルヴァの夫であった。


 エイリクには正妻がいた。由緒正しい侯爵家の娘であったが政略結婚に近く、関係性は冷え切っていた。そんなある日、エイリクの元に奴隷商がまだ少女であったイルヴァを売りにやってきた。美しいイルヴァなら高値で売れると踏んだのだ。エイリクはイルヴァに一目惚れし、大金を払ってイルヴァを迎えた。そしてなんと妻と別れ、イルヴァを正妻の座に迎えたのである。


 この行為によってエイリクは妻の実家の侯爵家はもちろん、国中の貴族から反感を食らうこととなった。ただでさえ公爵家の中で立場の弱かったセラマルク家は国の中で孤立することとなる。


 当時のセラマルク家は他国とのわずかな折衝と、自国では手に入らない品々を輸入しているだけであった。しかし年老いたエイリクに代わりイルヴァが実権を握ると、セラマルク商会を立ち上げ本格的に他国との大規模な交易に乗り出した。そしてその才覚によって瞬く間にセラマルク家の力を押し上げたのである。


「さあ、綺麗な顔を見せておくれ」


 エイリクが手を伸ばす。イルヴァはエイリクに近づくと、恭しく膝をついた。その頬を撫でながらエイリクがしわだらけの顔に満面の笑みを浮かべる。


「何か大変なことになっているようだね。大丈夫か?」


「ご心配には及びません」


 エイリクの手に自分の手を重ね、イルヴァは笑みを浮かべた。


「すべて私にお任せください。セラマルク家は私が守って見せます」


「そうか。あまり無理をしないでおくれ。イルヴァさえいてくれれば私はそれでいいからね」


「ありがとうございます。エイリク様に大事にしていただけて、イルヴァは幸せです」


 手を握り合い、エイリクとイルヴァはしばらく見つめ合ったのだった。

お読みいただきありがとうございました。

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