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信用(ミドルン)

誤字報告ありがとうございました。

「ふぅ、ビックリしたなぁ……」


 ラーゲンハルトはミドルン城の廊下を歩いていた。内通の疑いは晴れたものの、やはり気分の良いものではない。ラーゲンハルトの胸の中はどんよりと曇っていた。


「ちょっと体でも動かしたいけど……ん?」


 そう呟いたラーゲンハルトは廊下の柱に寄りかかっているウィラーを見つけた。ウィラーは皮製の水筒を傾け、中身をグビグビと飲んでいる。中身はデトックス効果のあるダークエルフ特製のハーブティーだった。アルコール中毒のウィラーはそれを治すために酒量を制限している真っ最中であった。


「ウィラーさ~ん!」


「げっ、ラーゲンハルトかよ!?」


 ラーゲンハルトがウキウキで近づくと、ウィラーが顔をしかめる。


「そんな顔しないでよ。ちょっと剣の訓練に付き合ってほしいんだけど……」


「嫌だって! お前とやってると調子が狂う!」


 笑みを浮かべるラーゲンハルトにウィラーは逃げるように数歩後ずさった。


「ウィラーさんにとってもいい訓練だよ。アデル君に勝ちたいんでしょ? アデル君てさ、あんなウブな顔してあの手この手ですごい事するんだから」


「そ、そうなのか……?」


 ラーゲンハルトの言葉にウィラーは顔を引きつらせる。


「……わかった、やってやるよ」


 ウィラーはしばらく考え込んだ末、ラーゲンハルトとの手合わせを了承した。


「ありがと。じゃあ、裏庭で……」


「待て。条件がある」


 早速訓練に行こうとするラーゲンハルトをウィラーが止める。


「え~、何?」


 顔を曇らせるラーゲンハルトをウィラーは鋭いまなざしで見つめた。


「俺にも魔法を教えろ。それが条件だ」


 ラーゲンハルトの目が驚きに見開かれる。しかしすぐにその顔には不敵な笑みが浮かんだ。


「……面白いね。いいよ、アデル君の許可が下りたら教えてあげるよ」


 こうして二人の特訓が開始された。






 一方、経済面で神竜王国ダルフェニアを支えるヨーゼフの元にも来客が訪れていた。ヨーゼフの執務室の扉が開かれ、若い商人が部屋へと入ってくる。


「お久しぶりです、ヨーゼフ様」


「おお、マーヴィー殿。よく参られた」


 その若い商人――セルフォードの塩商人マーヴィーをヨーゼフが出迎えた。


「どうぞ、おかけくだされ」


 ヨーゼフに促され、マーヴィーは椅子へと座る。以前は自身の財力を誇るような豪奢な格好を好んでいたマーヴィーであったが、今は上質だがシンプルな普段着を着ている。


 ヴィーケン王国時代は豪奢な恰好をしていれば欲に目がくらんだ貴族や有力者が近づいてきたものだった。しかし神竜王国ダルフェニアの統治下では商人の特権が廃止され、自由競争となった。豪奢な服を着ていては、それだけ自分が利益を上乗せしていると喧伝するようなものだ。客が自由に誰から買うかを選べるようになった今、自分たちが客からどう見られるかまで計算しなくてはならない。それがわからず、古い意識を捨てられない商人の何人かはすでに廃業に追い込まれていた。


(しかしこの御仁は……)


 マーヴィーは目の前に座っているヨーゼフを見つめた。ヨーゼフが着ているのは安物の茶色いローブだった。知らぬ者が見ても、この老人がかつて大陸一といわれた大商人であるとはわからないだろう。


(私の一歩……いや、数歩先を行っているのだろう)


 元々ヨーゼフは生産者の出身であり、商人となった後も率先して荷運びや品出しを行っていた。そのため自ずと格好は動きやすく、汚れてもよい服装となる。またヨーゼフ自身が作業に加わることにより、問題点や商品の売れ行きなども肌で感じることが出来たのだった。


「どうですか、進捗のほうは?」


 ヨーゼフが柔和な笑顔を浮かべ、マーヴィーに尋ねる。


「はい、お任せいただいた調査はすべて完了いたしました。こちらがリストになります」


 マーヴィーはヨーゼフに資料の束を差し出す。


「おお、それはそれは。どれどれ……」


 ヨーゼフは資料を受け取ると、一枚一枚目を通し始めた。マーヴィーにはアデルから旧ヴィーケン王国の財産等に関する調査と取りまとめが依頼されていた。旧北部連合合併時はヨーゼフが行っていた作業だが、多忙なヨーゼフの負担を軽減するためマーヴィーへと依頼されていたのだ。


 マーヴィーの手により旧ヴィーケン王国自体の財産、死亡したり降伏した貴族の財産の査定が行われた。美術品や調度品の何割かはマーヴィーが格安で買い上げることとなっている。貴族が減ったことでこれら高級品の需要は低下していたし、マーヴィーへの報酬という側面もあった。


 またカイバリーの裏手の山々には金鉱山があり、ヴィーケン王国内で流通していた金貨の材料となっている。それを管理していた貴族は内乱の際に死んでいたため、正式に神竜王国ダルフェニアの所有となるようにマーヴィーの手によって書類の手続きなどが行われていた。


「いやぁ、ありがとうございました。アデル様もお喜びになるでしょう」


 ざっと書類に目を通したヨーゼフがマーヴィーをねぎらう。しかしそれに反してマーヴィーは怪訝な表情となった。


「あの……もっとしっかりと精査しなくてよろしいのですか?」


 マーヴィーがヨーゼフに尋ねる。この調査はマーヴィーがその気になれば不正がし放題だった。物品の数はもちろん、値段などは正解があるわけでもなくマーヴィーが言い値をつけることが出来る。、マーヴィーはその欲に駆られたが、今回は適正な値段をつけていた。相手が大陸一の大商人ヨーゼフと、得体の知れぬ力を持つアデルだからだ。


「ふむ……マーヴィー殿。商人にとってもっとも大事なものは何だと思いますかな?」


 そんなマーヴィーに、ヨーゼフは逆に尋ねた。


「大事なもの? 金……ですか?」


 マーヴィーは自信なさげに答えた。


「ほっほっほっ。それも正しいですが、私は信用だと思っております」


「信用……?」


 ヨーゼフの言葉にマーヴィーが眉をひそめる。


「その通り。客からの信用があれば、高い商品でもそれに見合う価値があると思われ買ってもらえるでしょう。逆に信用が無ければ、安くても買ってもらえない」


「なるほど……つまり今回は私が信用に値するかどうかのテストであったと……?」


 マーヴィーは平静を装って話すが、内心では冷や汗をかいていた。


「いえいえ」


 しかしそんなマーヴィーにヨーゼフは笑顔で首を振った。


「私はアデル様を信用しております。そしてマーヴィー殿はそのアデル様が信用しているお方です。私もあなたのことを信用せぬわけには行かないでしょう」


「アデル様が……私を……?」


 マーヴィーは戸惑いつつ聞き返す。


「もちろんです。さもなくばこのような大事な仕事をお任せにならないでしょう」


「な、なんと……!?」


 ヨーゼフの話を聞き、マーヴィーは唖然とした。


 マーヴィーはこれまで貴族に賄賂を渡し、特権的な地位を得ていた。だが心の中ではそんな欲の皮が突っ張った貴族たちを見下してもいた。だがアデルはそんな貴族たちとは違った。賄賂も受け取らず、どうやって取り入れば良いのか途方に暮れていたほどだ。


 そんなアデルが自分を信頼している。いままで貴族たちが評価していたのはマーヴィー自身ではなく、マーヴィーの持つ金だった。しかしアデルは自分の実力や人間性を評価してくれている。マーヴィーはそう感じ、胸から熱いものが込み上げてくるのを感じた。


「……このマーヴィー、感服いたしました。アデル様のご期待に応え、神竜王国ダルフェニアのために働くとお約束させていただきます!」


「それは頼もしい。ともに頑張りましょうぞ」


 マーヴィーとヨーゼフは固い握手を交わした。


 だが実のところアデルにそんな深い考えがあったわけではなく、単にヨーゼフの代わりを務められるような商人がマーヴィーのほかに思い当たらなかっただけだった。


 本人の知らぬところで勝手にアデルのことを過大評価して盛り上がったマーヴィーは、神竜王国ダルフェニアの経済的な発展に大きく寄与していくこととなるのであった。

お読みいただきありがとうございました。

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