極刑(ミドルン)
カザラス帝国の戦力を削ることに成功した神竜王国ダルフェニアは、統一したばかりの領土の掌握に力を入れていた。盗賊や反乱分子、魔物の制圧もその一環である。神竜王国ダルフェニアの王都ミドルンには各地で捕らえられた重罪犯などが送られてきていた。
そんなミドルンにまた一台の馬車がやってきた。セルフォードで捕らえた反乱分子を乗せた、冒険者チーム「再挑戦者」の馬車だ。馬車はミドルン城へと入っていく。縄で縛られた反乱分子たちが兵士の手によって馬車から降ろされ、連行されて行った。重罪犯はアデルらによって審問にかけられ、最終的な処罰が決定するのだ。
「お疲れさまでした」
アデルが笑顔で「再挑戦者」を迎える。
「あっ、アデル様! ど、どうも!」
「再挑戦者」のリーダーであるギースは慌ててぎこちなく敬礼をした。出会ったときは冒険者の先輩として横柄な態度をとっていたのが嘘のようだった。そのうしろでは寡黙な剣士ブライが小さく会釈をしている。
「怪我人とかは出ませんでした?」
「も、もちろんです! ウィラーさんも来てくれましたし」
ギースが振り返ると、馬車から緩慢な動作でウィラーが降りてくるところだった。
「へへっ。俺様、大活躍だったろ?」
ウィラーが得意げに言う。
「出来れば勝手にどこかに行かないで欲しいんですけど……」
アデルは顔をひきつらせた。
「だってよ、年末に剣技大会があるだろ? 体が鈍っちまったら大変だ。俺は楽しみにしてるんだぜ!」
ウィラーがアデルを見つめてニヤリと笑う。
(へぇ、そんな楽しみなんだ……)
アデルは小首をかしげたが、あまり気には留めなかった。まさか自分が出場することになっているとは気づいていなかったのだ。
そしてアデルはギースたちと別れ、審問のために城の中へと戻っていった。
取り調べは会議室で行われることになっていた。普通の犯罪者を取り調べる部屋では狭いからだ。手狭なミドルン城では会議室が様々な目的で使われることが多い。王都として十分な機能を有するカイバリーへの遷都も検討されたが、前線であるガルツ要塞や多くの異種族が住む黒き森との連携が悪くなるため却下されている。そのため街道の整備等が終わったのちに、川を挟んだ向こう岸に新しく城を建設することが計画されていた。
会議室ではセルフォードで捕らえられた反乱分子が縛られたまま床に座らされている。何人かは捕らえられたときの傷がまだ癒えていない状態だった。反乱分子の周りには数人の衛兵が立ち、目を光らせている。審問を行うのはラーゲンハルトにフォスター、イルアーナ、そしてアデルだ。反乱分子たちと机を挟んでアデルらの席が用意され、アデルの到着を待っていた。
アデルが部屋に入ると衛兵がアデルに向かって敬礼をする。反乱分子たちはそれを見て王であるアデルだと気づき、驚きと憎しみと怒り、そして恐れの入り混じった視線を向けていた。
「ど、どうも。遅くなりました」
そんな反乱分子たちにペコペコと頭を下げながらアデルは席に着く。そんなアデルの様子をラーゲンハルトは苦笑いしながら見ていた。
「では審問を始めさせていただきます」
アデルが席に着いたのを見てフォスターが話を始める。
「すでにある程度の聴取は……」
「なんだこの扱いは! やはり平民の国には礼儀がないのか!」
フォスターの言葉を遮って、反乱分子の一人、若い男が声を上げる。
「あなたは……ワイリー・ベルチャー子爵ですか?」
「いかにも! 偉大なる宮廷魔術師、ワイリー・ベルチャーだ!」
その若い男――ワイリーが胸を張った。
「宮廷魔術師……セルフォード軍の敗残兵か」
イルアーナがワイリーを睨みながら呟く。
「敗残兵とは失礼な! 確かに化け物どもは手ごわかったが、負けたのはセルフォード軍であって我々ではない!」
ワイリーはイルアーナを睨み返しながら怒鳴った。
セルフォード軍にはヴィーケン王国から寝返った宮廷魔術師とその弟子の一団がいた。ワイリーもその一人だ。宮廷魔術師に弟子入りするには大金が必要で貴族の子弟しか入門できない。そのうえ魔法を習得できなかった者はふるい落されるため、彼らには異常なエリート意識を持っていた。
「そうだ! 化け物を操る悪魔め! 地獄へ落ちろ!」
ワイリーに触発されたのか、反乱分子たちも口々にアデルたちを怒鳴り始めた。彼らを殴りつけようとする衛兵をフォスターが手で制す。
「あなた方はラーベル教の信徒だそうですね。ラーベル教を信仰することを咎める気はありませんが、我が軍の大事な兵士を傷つけることは重罪です。それに関して反省等はなさらないのですか?」
「ふん、悪魔の手先がどうなろうと知ったことではない!」
セルフォードでは彼らの手によって二十人ほどの兵士が襲われ、その半分が帰らぬ人となっていた。熱心なラーベル教徒の仕業とみられる襲撃事件は各地で根強く起こっている。
「そうなるとこちらとしても極刑を言い渡さらざるを得ませんが……」
「死など恐れるものか!」
険しい表情のフォスターに、反乱分子たちは言い放つ。それを聞いたフォスターはため息をつき、アデルへと視線を送った。アデルはしばらく逡巡したのち、小さくうなずく。
「では彼らを地下牢へ」
フォスターが命じると、衛兵が反乱分子たちを乱暴に立たせた。そして悪態をつく彼らを部屋の外へと連れ出す。後にはアデルたちとワイリーだけが残された。
「さて……あなたはラーベル教徒ではないそうですが、なぜ彼らと行動を共に?」
フォスターがワイリーに尋ねる。一人になって心細くなったのか、ワイリーは先ほどよりもおどおどした様子だった。
「し、仕方なかったのだ。ダルフェニア軍に捕まるわけには行かなかったからな」
「それはなぜですか?」
フォスターが眉をひそめて言った。
「当たり前だろう。宮廷魔術師の私はダルフェニア軍にとって脅威以外の何物でもない。捕まればひどい目に遭わされると思ったのだ」
「脅威……?」
アデルたちは首をひねる。彼らの魔法は見た目こそ派手であったが、実質的な被害はほとんどなかった。
「つまり……我々があなたを危険人物と見なしていると思い、隠れていたと?」
「隠れていたわけではない。身を潜めていただけだ!」
(同じだろ)
ワイリーの言葉に、アデルたち全員がニュアンスの違いはあれど同じことを思った。
「まあどっちでもいいけど、君がうちの国のために働くなら極刑は免れるよ」
ラーゲンハルトが微笑みながら言う。
「魔物や平民の下で働けだと? ふん、そんなこと受け入れるわけが無かろう!」
「ふ~ん……まあ別にいいけど。でも大変だよ……」
ラーゲンハルトの顔に邪悪な笑みが浮かぶ。
「極刑……し、死刑ということだろう?」
不安げな表情でワイリーが尋ねる。
「死刑は死刑ですが、ただ殺したところで誰も得しません。わが国では死に値する者ですら有効利用させていただきます」
「有効利用……?」
フォスターの説明にワイリーがポカンとした表情になる。
「はい。死刑囚は一魔物の餌となっていただきます」
「ま、魔物の餌……!」
愕然としてワイリーは呟いた。
「一思いに首とか食いちぎってくれたら楽に死ねるけど、ちょっとづつ食べられたら痛いし苦しいよ」
「なっ……!?」
ラーゲンハルトの言葉でワイリーの顔が恐怖で凍り付く。
女性型の魔物の一部は人間を食べることを好んでいる。以前に豊富にマナを持つ「魔黒」という空飛ぶ魚をあげたところ、人間の代わりになることがわかった。ただし安定供給は難しく、処刑に値する罪人を与えることで解決している。
意外なことに人間は魔法を使えなくとも、体には豊富にマナを含んでいた。人間を魔法で操ったりするのが難しいのはそのせいでもある。古代魔法文明を築きあげたのは人間であるのだから、当然と言えば当然だ。
結局ワイリーは五年間アデルに仕えるということで極刑を免れた。
「じゃあ兵士に魔法を教えてくれますか?」
アデルが言うと、ワイリーは不満げな表情になった。高い学費を払って学ぶ魔法を、ただで教えることが気に食わなかったのだ。とはいえ極刑を免れるための条件であるため、ワイリーは渋々了承した。
「しかし魔法には才能が必要です。そこら辺の平民共に魔法が使えるとは思えませんが……」
「ああ、そこはご心配なく」
アデルは笑顔で言うと、頭の中で魔力の高い兵士をリストアップし始めたのであった。
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