大きすぎる目的
現在アデルたちがいるソリッド州はバーランド山脈に隣接していることもあり、山岳や高原、森林などが広がっている。あまり農業に向いた土地ではなく、発展しているのは州都オリムと、オリムと王都カイバリーを繋ぐ街道沿いにある街だけで、後は小さい町と貧しい村が点在している。
ガルツ要塞とオリムの街道は軍関係者が多く通るということでアデルとイルアーナはそこを避け、ダークエルフが住む黒き森へ向けて移動していた。
(傷はじんじん痛むけど大丈夫そうだな……)
アデルは包帯の巻かれた胸元に手を当てる。回復魔法というと神官が使う神聖魔法というイメージだが、ダークエルフも精霊魔法で生命の精霊を活発にして治癒力を高めることができるそうだ。神聖魔法と精霊魔法、そして人間の魔術師が使う秘術魔法が3大魔法と呼ばれている。
傷は治ったものの、服は斬られた上に血まみれだったので今は上半身裸だ。護身用にとイルアーナが貸してくれたダガーを腰に刺しているが、貧相なランボーみたいで余計に格好が悪い。あまり人目に付きたくない姿だ。
しかしそれ以上に人目を避けたいのがイルアーナだ。ダークエルフであることを隠すために全身を隠す大きめのローブを羽織り、顔や手も包帯で肌が見えないように隠している。もし人と会うことがあればさらにフードをかぶって髪や耳も隠すという。完全に不審人物だ。
もっとも、アデルからしてみればイルアーナに美女丸出しの状態でいられると横を歩いているだけで心臓が過労死してしまうので助かったのだが。
「改めて自己紹介しよう。私はイルアーナ。黒き森に住むダークエルフだ」
歩きながらイルアーナが話す。アデルの頭の中のステータス表示通りだ。
「あ……僕も名乗ってなかったですね。僕は浜田太郎です」
アデルの自己紹介を聞いてイルアーナは怪訝な顔をした。
「それは……異名か?」
「あ、しまった! いや、その……」
少し前まで現代日本で生活していたアデルはこの世界では奇妙な名を名乗ってしまい慌てる。
「いや、確かにお前は命を狙われている身だ。名前は隠しておいた方がいいかもな」
「そ、そういうつもりでは…」
「少し陳腐だが、弓の名手のお前には丁度いいな。よろしくな、マーダーアロー」
(なんか変な空耳されてる!)
「僕はアデルです! 黒き森で猟師をやっています!」
アデルは厨二っぽい異名を名乗ってると思われるのが恥ずかしくて急いで本名を言った。そもそもアデルは自分が今、何語をしゃべっているのかよくわからなかったが、どうやら英語と日本語が混じったような奇妙な言語のようだった。アデルが日本で慣れ親しんだファンタジー物でも普段話してる言葉は日本語のようでいて、魔法名などは英語になっていた。そういうものなのかもしれない。
「ああ、知っている。だから助けた」
「ど、どうして……」
「我々ダークエルフが人間から嫌われているのは知っているな?」
「ええ、まあ……」
「いま我々と人間の間で戦争は起きていない。だが人間の力が強まれば森を侵略するであろう。カザラス帝国がこの国を統治するようになれば間違いなくな。実際、帝国領内にいる同胞は奴らと抗争中だ」
「そうなんですね……じゃあ、ヴィーケンに協力を?」
「一時的にはな。お前をカザラスが掘ったトンネルに導いたのもカザラスを食い止めるためだ」
「あれもあなたが!?」
カザラス帝国はガルツ要塞攻略のため、バーランド山脈を横切る長大なトンネルを掘った。アデルが所属していた小隊は付近を哨戒中だった。少数で山を越えて侵入する敵の工作員を警戒するというのが目的だが、実際は脱走兵の捜索が主な任務だ。
ガルツ要塞から半日ほど北へ離れた辺りで野営中、アデルはふわふわと浮遊する不思議な光を見つけた。好奇心からその光を追っていったところ、トンネルの出口を見つけたのであった。カザラスの兵を見たアデルは慌てて隊に戻り、ガルツ要塞に報告した。
カザラス側は先遣隊を送り込んだばかりだったうえ、狭いトンネルは一度に大量の兵士を送り込むことはできず、逆にトンネルを利用されることを防ぐためトンネルの出口を埋めカザラスは撤退した。
「妙な光を見たのだろう? あれはフェアリーライトという私の魔法だ」
「あれが魔法? どうして僕にあれを……?」
「別に誰でもよかった。偶然お前がいただけだ」
「偶然……」
「あの時はな。まさか黒き森の外れに住んでる猟師があんな所にいるとは」
「僕のことをご存じで……?」
「当たり前だろう。黒き森に住む命知らずの人間など、お前とその父親くらいだ」
黒き森には危険な魔物が多数住んでいる。普通の人間は確かに近寄らない場所だ。
「もしかして……僕が戦争で活躍できたのもあなたが援護してくれたから……?」
戦場で、アデルはその弓の腕で敵の指揮官を次々と撃ち抜き、カザラス軍の統制を失わせた。そのうちカザラスは後方から指揮を執ることでそれに対処したが、どうしても前線の動きが鈍くなり不利にならざるを得なかった。
「いや、それはお前の実力だ。おまえがマイズに斬られるまで、手助けは一切していない。何か不思議か?」
「そりゃ、僕みたいなただの猟師がどうして……」
「黒き森で生き抜いているお前がただの猟師なわけがないだろう」
「いや、でも僕が住んでるのは外れの方だから弱い魔物しか……」
「お前にとっては弱くても普通の人間には十分脅威となる魔物たちだ。それとお前、魔法の話をするといつも不思議そうな顔をするが、もしかして自分が魔法を使っている自覚はないのか?」
「は? と言うと……?」
間の抜けた表情のアデルにイルアーナあきれた表情をする。
「無意識に肉体強化の魔法を使っているのか……恐ろしいな」
「いや、僕は人間ですし、魔法なんてそんな……」
「魔力は誰にでもある。確かに人間の魔力は総じて弱いがな」
イルアーナの話を聞いてもアデルは半信半疑だった。魔法とは宮廷魔術師や神官など一部の選ばれた人間しか使えないものというのが人間の一般的な考えだった。
「だが私の見込みは間違っていなかった。お前には十分な能力がある」
「えっ、一体何の話ですか……?」
「私がお前を助けた理由だ」
「僕があなたに協力を?」
色々あり過ぎて話についていけていないが、イルアーナが自分に何かさせたがっているのだろうとは見当がついた。
「逆だ」
「逆?」
「私がお前に協力する」
(だめだ、話についていけない……)
アデルは頭が痛くなりそうだったが、続いてイルアーナから出た言葉は頭痛どころか頭がすっ飛ぶような衝撃を与えた。
「だからお前は国を造れ。ダークエルフと共存する人間の国を」
「……は?」
話がアデルの脳味噌の許容量を超えた。心も体も完全にフリーズし、歩みを止めてその場に立ち尽くす。
「どうした、大丈夫か?」
イルアーナがアデルの顔を覗き込む。
「……ええと、なぜ僕が国を?」
「お前には強さと統率力がある。それにダークエルフを嫌っていないだろう?」
「確かにダークエルフは好きですけど」
「バ、バカか!」
なぜかイルアーナは顔を赤くしてアデルを叱った。
「す、すいません……」
アデルはイルアーナを怒らせてしまったと思い、わけもわからず謝った。
「でも……僕が国を作らなくてもヴィーケンと友好関係を結べばいいのでは……」
「ヴィーケンとは最近は交戦していないが、停戦したわけではない。ただ彼らが我々を攻める力を失っただけだ。人間は世代交代して戦いを覚えていないかもしれんが、我らが多くは実際に戦いを経験している。人間と共存など生ぬるいことを言わず皆殺しするべきだと主張する者も多くいる」
「げっ……!?」
恐ろしいことを聞いてアデルの背筋が凍る。エルフやダークエルフは千年ほどの寿命を持つ。戦争相手であったヴィーケン、ひいては人間に敵対心があるのは当然だった。
しかもダークエルフ族は魔法の使い手だ。イルアーナの能力値を知っているアデルは余計に恐怖を感じた。
(もっとも、あの能力値が正しいのかはわからないけど……でも名前や所属は合ってたし、ひとまずは信用してもいいのかな……でもそもそも能力値の平均はどれくらいなんだろう……まさかあの数字が偏差値ってことはないよな……)
いろいろ考えをめぐらすアデルを見て、イルアーナの表情が少し曇る。
「……まあ、無理にとは言わんがな。だが、我々と協力出来て、なおかつ能力もある人間となると限られている。よく考えてくれ」
アデルももちろんダークエルフと戦争はしたくなかった。
(でも……無理だよ……僕が国を造るなんて……)
お読みいただきありがとうございました。