決闘開始(ミドルン)
「竜戯王?」
アデルの言葉に会議室にいた一同はポカンとした表情になった。
「と、とにかくルールを説明しますね!」
アデルは気恥ずかしそうに早口で言う。
竜戯王はトレーディングカードゲームに、アデルの好きなシミュレーションゲームの要素を加えた対戦ゲームだった。
遊ぶのに必要なもの一式、通称スターターキットとなる小箱にはプレイマットと説明書、乱数を処理するためのサイコロと、目印に使う木製の赤いコイン。それに四十枚のカードが入っていた。カードには部隊カードと地形カード、そして特殊カードの三種類がある。
プレイマットは長方形の黒い布に白い線で遊ぶのに必要な物が描かれたシンプルなものだ。プレイマットに描かれているのは縦横七マスの「戦場マップ」、その脇には「山札置き場」と書かれた四角い枠。そして「援軍カウント」「総指揮コスト」と書かれた欄があり、それぞれ1から10までの数字が書かれている。「山札置き場」「援軍カウント」「総指揮コスト」は自分の分と相手の分が用意されていた。
※竜戯王プレイマットイメージ
※竜戯王カードイメージ
竜戯王を遊ぶときはこのプレイマットを挟んで相手と向かい合うことになる。「戦場マップ」の手前三列は自陣、相手側三列は敵陣、真ん中の一列は中立地帯と呼ばれる。プレイヤーは先攻後攻をサイコロによって決め、先攻側から地形カードの一種である「本陣カード」を自陣のどこかに配置する。この本陣カードを相手に攻撃されると敗北となり、相手の本陣カードを攻撃することがプレイヤーの目的となる。
プレイヤーはカードを30枚選び、シャッフルして自分の山札置き場へと置く。このとき選んだカードを「デッキ」と呼ぶ。そのうち上から5枚をまず手札として取る。引いたカードに地形カードがある場合は、直ちに「戦場マップ」の自陣側に配置しなければならない。地形カードには「森」や「丘」などがあり、部隊カードをその上に配置すると防御力が上がるなど、その地形カードに書かれている効果を得ることができる。ちなみに「本陣カード」にも防御力を大きく上げる効果がある。
手札に部隊カードがある場合、プレイヤーは手番ごとに1枚だけ部隊カードを「戦場マップ」の自陣側の好きなマスに配置することができる。すでに他の部隊カードが存在する場所には配置不能だ。ただし部隊カードには指揮コストが設定されており、カードに書かれた指揮コストの値分、「総指揮コスト」が上昇する。たとえば指揮コストが2の部隊と3の部隊が「戦場マップ」に配置されている場合、自分の「総指揮コスト」は5となる。プレイマット上の「総指揮コスト」の欄に書かれた数字は現在の「総指揮コスト」がいくつなのかをわかりやすくするために設けられたものだ。この場合は5の上に赤いコインを置くことで現在の「総指揮コスト」が5だということをすぐに確認することができる。
各部隊カードにはそれぞれ「攻撃力」「守備力」「特殊能力」が設定されており、強力なカードほど指揮コストが高くなる。ただし「総指揮コスト」は10を超えることができない。つまり強い部隊は少数しか運用できないということだ。
手札に特殊カードがある場合、自分の手番の好きなタイミングで使用することができる。特殊カードには現在の「総指揮コスト」を下げる「補給隊」、この手番中に特定の部隊の攻撃力を上げる「猛将」、「援軍カウント」を進める伝令、本陣以外の1枚の地形カードを破壊する「工作兵」など、様々な効果を持ったカードがある。使用した特殊カードは捨て札となる。
自分の手番でやれることがなくなった場合は「ターン終了」を宣言し、相手の手番となる。そして相手が「ターン終了」を宣言したら再び自分の手番となる。
新たに自分の手番がやってきたとき、まずは「援軍カウント」を1得ることができる。プレイマット上の「援軍カウント」の数字の上に赤いコインを置くことで現在の「援軍カウント」がいくつなのかをわかりやすくすることができる。この「援軍カウント」が10貯まった場合、プレイヤーは「デッキ」に選ばなかったカードのうち、好きな1枚を自分の手札に加えることができる。これは互いのデッキの相性でゲームが詰むことを防ぐためのシステムだ。カードを得た場合、「援軍カウント」は再び0に戻る。
また自分の手番のたびに山札から1枚引き手札に加えることができる。カードの使い方は最初の手番と同様だ。
自分の手番が来た時にすでに配置済みの部隊カードがある場合、その全てに移動と攻撃を命じることができる。3枚の部隊カードが「戦場マップ」に配置されていれば、3枚とも移動と攻撃が可能ということだ。その手番中に配置された部隊カードは基本的に移動も攻撃もすることができない。一部、配置と同時に移動や攻撃ができる「特殊能力」を持つ部隊カードも存在する。また移動は基本は1マスだが、騎馬部隊のように複数マス動ける「特殊能力」を持つ部隊カードも存在する。
相手の部隊カードを攻撃するには、自分の部隊が相手に隣接していなければならない。弓部隊のように「特殊能力」で攻撃範囲が広い部隊も存在する。自分の部隊カードの「攻撃力」が相手の部隊カードの「防御力」以上になれば、相手部隊を撃破し成功ということになる。相手の部隊カードは「戦場マップ」から取り除かれ、相手の捨て札となる。この時、部隊の指揮コストが「総指揮コスト」から差し引かれる。
もし自軍の部隊カードの「攻撃力」が相手の「防御力」を上回らない場合は何度攻撃しようが無駄だ。だが相手の部隊にこちらが同一手番で複数部隊が攻撃を仕掛けた場合、その「攻撃力」は加算される。例えば「防御力」が二千の部隊に「攻撃力」千の部隊が二部隊同時に攻撃を仕掛ければ撃破が可能である。
そうなると自陣に有利な地形を作り、複数の部隊を置いて待ち構えることが有利になるように思えるが、相手の部隊カードが自陣に侵入した場合、「総指揮コスト」が1増えるというペナルティが発生する。また都合よく地形カードや部隊カードが引けるとも限らない。プレイヤーは状況を見て、攻めるか守るか等の判断をしていかねばならなかった。
山札が無くなった場合は捨て札をシャッフルして山札置き場に積み、補充する。「戦場マップ」に配置された地形カードは基本的に捨て札にならないため、必然的に部隊カードと特殊カードが多くなり戦いが加速していくことになる。
そして前述したように、どちらかの「本陣カード」が攻撃されるまでこれを繰り返して勝者を決めるのだ。ただし「本陣カード」に部隊カードが配置されている場合は、そのユニットを撃破しない限りは本陣へは攻撃はできない。
「結構複雑だけど、面白そうだね」
ラーゲンハルトが目を輝かせて言う。皆の手元にはスターターキットが配られていた。
「むむっ……こんな遊びよりも、模擬戦をやった方がいいのでは?」
スターターキットを睨みながらオークのプニャタが言う。
「ふうん、プニャタ君は勝負から逃げるんだ」
「な、なんですと! 聞き捨てなりませんな! 勝負です、ラーゲンハルト殿!」
ラーゲンハルトの挑発に乗ったプニャタはラーゲンハルトに戦いを挑む。そしてあちらこちらで竜戯王の対戦が開始された。
竜戯王はあまり娯楽がないこの世界では画期的な遊びだった。最初は皆、説明書とにらめっこしながら難しい顔をしていたが、慣れてくると存分に竜戯王を楽しみだす。あちこちで笑いや悲鳴が起き、「もう一勝負!」という声が上がった。
実際の戦闘と違い思い通りに部隊を動かせる分、勝敗には指揮よりも智謀の高さがかかわるようだった。特にラーゲンハルトは強く、連勝を重ねていく。攻撃されたら負けである「本陣カード」を自陣の隅に置く者がほとんどであったが、ラーゲンハルトは高い防御効果を得られることを利用して最前線に置いたりと、変幻自在の戦い方を見せた。もちろんそれは戦い方の幅を広げるために、アデルが想定したものだ。
結局、夕食の時間になるまで皆が竜戯王で夢中で遊んでいた。
「なるほど。基本的な戦術の教材としても使えるような出来栄えですね」
フォスターが感心した様子で言った。攻めるべきタイミング、引くべきタイミングを見極めること。強力な相手でも包囲すれば勝てるということ、有利な地形に展開することの大事さなど。だいぶ簡略化はされているものの、考え方は実際の用兵術に近い。
「だけどさすがにちょっと飽きそうだね。要はハイミルトの使いどころだろ?」
フレデリカが一枚のカードを手に取った。それは特殊カードの「ハイミルト将軍」だった。その効果は「この手番中、自軍の部隊カードの攻撃力、防御力が2倍になる」というものだ。特殊カードや部隊カードにはこういった実在の将のカードも存在している。
「これはスターターキットということで、基本的な能力のヴィーケン軍のカードばかりなんですけど、これにどんどんカードを追加していくんです」
「カードを追加?」
アデルの言葉にフレデリカが眉をひそめる。それをよそに、アデルは机に上に小包を置いた。
「ええ。これがカードパックです。中には竜戯王のカードが入っていて、これを買えば戦術の幅が大きく広がります。いまのところカードパックは『神竜王国ダルフェニアパック』と『カザラス帝国パック』の2種類です」
アデルは小包を持ち上げ、皆に見せた。その小包は10枚の竜戯王カードを紙で包装したもので、表面には「神竜王国ダルフェニアパック」と書かれている。アデルは包みを破って中のカードを取り出した。
「丘、補給隊……あっ、見てください! ヴィクトリアさんが出ました!」
アデルが一枚のカードを皆に見せる。ペガタウルスのヴィクトリアが描かれたカードだ。他のカードとは明らかに力の入れようが違う、美麗な絵だった。特殊能力の欄には「3マス移動できる。配置時に移動と攻撃が可能」と書かれている。他のカードと違い、隅に宝石のようなマークが描かれていた。
「このマークのあるカードはすごいレアなんですよ! カードパックに入っているカードはランダムなので、こういうカードを手に入れるためにはたくさんカードパックを買ったり、持っている人とカードを交換してもらったりするわけです」
「なるほど。それで『トレーディングカードゲーム』なのですか」
フォスターが納得して呟いた。
「実際の将が使われてるのか。だから色々カザラス帝国の将について聞いてきたんだね」
ラーゲンハルトが呟く。カザラス帝国カードの作成にあたり、アデルはラーゲンハルトや冒険者ギルドに情報を聞きこんでいた。
「たくさんのカードを集めるのもこの竜戯王の醍醐味です。性能重視の最強デッキも良し。カザラス帝国のカードばかりのカザラス帝国デッキとか、女性ばかりのハーレムデッキとか、遊び方はその人次第です!」
アデルは熱弁した。
ちなみにカザラス帝国の部隊カードは優秀なものが多く、その分指揮コストも高い。そのため竜戯王でカザラス帝国デッキとヴィーケン王国デッキが戦った場合、少数のカザラス兵を多数のヴィーケン兵が取り囲むという、現実とは真逆の戦い方になる。そこはアデルも気になった部分だが、ゲーム内に国力差が反映されるわけではないということで割り切った。
「確かに面白いゲームですし、売れそうな予感がいたしますな」
経済担当のヨーゼフがカードを見つめながら目を輝かせる。その横では竜戯王で連戦連敗となったプニャタがショボンとしていた。
「だけど、遊ぶためだけにこれを作ったわけじゃないんでしょ?」
ラーゲンハルトがニヤニヤと笑いながらアデルに話しかける。
「はい。これからは……この竜戯王カードを領地にしたいんです!」
アデルは強い決意を込めてそう宣言した。
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