デジャブ
「そろそろこちらの質問にも答えろ。おぬしらは何をしにここへ来たんじゃ?」
少しづつ緊張がほぐれていたアデルだったが、風竜王の質問に再び硬直する。
「ええと……実はハーピーからワイバーンを退治してくれとお願いされまして……」
小声でアデルは答えた。
「人間風情が我が眷属を? ずいぶんと命知らずじゃな」
アデルには風竜王が不敵な笑みを浮かべたように見えた。ポチと違ってだいぶ表情が豊かなように思える。
「いや、その……ハーピーを食べないようにさえして頂ければ助かるんですが……」
「ハーピーを?」
「ええ、あと人間とダークエルフと……出来ればムラビットも……」
「ムラビット?」
「はい。このくらいの大きさの角の生えてるウサギみたいな……」
「ああ、モグラウサギか」
「たぶん、それです」
「おぬしはそれらの種族を代表して、我の庇護を得たいということか?」
「庇護? まあ、ついでに守ってもらえるならありがたいですけど……」
「しかし我らの食い物が制限されてしまうのはのう」
風竜王は目を閉じて短い前足を組んで考え出す。
「きゅー」
そこにポチが口を挟んだ。
「本当か?」
「きゅー」
「まあ、おぬしがそこまで言うのなら信用してみるか」
「きゅー」
アデルとイルアーナにはわからないが話がまとまったらしい。
「その話、おぬしたちがこちらの要求を呑むのであれば考えてやろう。近くに忌々しいサイクロプスが住みついてな。それを殺したら、おぬしたちを庇護してやる」
風竜王はアデルに向かって言った。
(退治に来たのに、違う相手の退治の話になる……デジャブ?)
アデルは遠くを見つめながら思った。
「サイクロプスというと、一つ目の巨人の?」
イルアーナが風竜王に確認する。
「そうじゃ。あの野蛮猿め……」
風竜王が忌々しげに言う。
「皆さんでは倒せない相手なんですか?」
アデルは気になったので聞いてみた。
「少々、相性が悪くての。あやつの分厚い皮は我らの牙や雷を通さんのじゃ」
「雷?」
「そうじゃ。我らは風魔法が得意じゃからな。獲物を痺れさせて捕獲するのに便利なんじゃ」
「ワイバーンは毒を持っていると聞いたんですが、雷魔法で痺れさせてるということなんですね」
「毒など持っておらんわ」
風竜王が心外そうに答える。
「とにかく牙も魔法も効かぬゆえ、単純な腕力では向こうがかなり上。我らにとって厄介な相手なのじゃ」
「み、皆さんで倒せないものを僕らが……?」
「きゅー」
「確かに。サイクロプスはその大きい目が弱点じゃ。おぬしが弓の名手というのなら倒せるかもしれん。もちろん、我がもう少し成長すれば恐るるに足らんのじゃがの」
「サイクロプスは一匹だけですか?」
「そうじゃ」
(なるほど……ワイバーンの群れを倒すよりははるかにマシかもしれない)
アデルはそう考え、イルアーナの様子を伺う。イルアーナも同じことを考えたようで、目が合うと無言でうなずいた。
「……わかりました。そのお話、お引き受けします」
アデルは風竜王の依頼を受けることにした。
「よし、手を出せ」
風竜王に言われるまま、アデルは手のひらを差し出す。すると風竜王はその上にポンと前足を置いた。
「これで主従関係成立じゃな」
「え? これって……?」
アデルは首を傾げた。その行為は「お手」そのものだ。
「なんじゃ、ポチともしたのじゃろう? 前足を差し出すのは忠誠をささげる証。それに前足を重ねると『絆』を結んだことになるのじゃ」
「……そ、そうだったんですね」
アデルはポチと初めて会った時、お手を催促してしまったことを思い出した。
(それで下僕がどうのとか言ってたのか……ということはポチはずっと僕のことを下僕だと……?)
アデルは少しショックを受けてポチを見る。
しかしそこにポチはおらず、白い服を着たジト目の美少女が座っていた。
「へ?」
急に出現した少女にアデルは戸惑う。横ではイルアーナも驚いていた。
「これ私の下僕」
白い服を着た少女がアデルを指さしながら風竜王に向かって言う。服だけでなく肌も真っ白で、髪も白い。髪はツインテールになっており、まるでポチの長い耳のようにも見えた。
「アデルも勝手に忠誠誓わないで」
少女はアデルの方を見ながら無表情で言った。
「我のほうがより強い庇護を与えられるのだから当然じゃろう。どうせおぬしは普段、のぺーっとしているだけで何もしてやらないのじゃろう?」
「私の方が主人なんだから当たり前。必要ならちゃんと手を貸す」
風竜王は当たり前のようにその少女と会話している。
「ちょ、ちょっと待ってください! もしかして……ポチ?」
うろたえるアデルに少女は無言でうなずく。
「どうした? 水に落ちた虫みたいに慌ておって」
風竜王が不思議そうに尋ねる。
「だ、だって、ポチが人間になったんですよ?」
アデルはポチを唖然として見つめる。
(この子を撫でまわしたり、一緒にお風呂入ったりしたのか……!?)
そう思うとアデルはこうふ……後ろめたさを覚えた。
「人間になったわけがなかろう。人間の姿になっただけじゃ」
当たり前のように風竜王は言った。
「とにかくアデルは私の下僕だから」
ポチは譲る気がないようだ。ポチは小声だがどことなく迫力を感じる。
「いや、すいません! そんなつもりで『お手』をやったわけではなくて……」
「『お手』って忠誠の儀式のこと? じゃあなんで私の食事とか用意してくれるの?」
「それは……ペット的な感覚で……」
浮気が見つかった彼氏のようにしどろもどろで答えるアデル。
「ペットって?」
「何というか……癒しを得るためにそばにいてもらう、みたいな……」
「恋人ってやつ?」
「う、う~ん……似ているような違うような……」
「よくわからないけど……じゃあ私じゃなくて、風竜王に忠誠を誓うってこと?」
上目遣いでアデルを見つめるポチの瞳は、アデルには少し寂しげに見えた。
「うっ……」
その瞳を見て、アデルは漢気スイッチが入ってしまった。
(これは風竜王に忠誠を誓うわけにはいかない……)
アデルは頭をフル回転させてこの場を乗り切る策を考えた。
「……風竜王さん、ここはひとつ、僕たちみんな『友達』ということでいかがでしょうか?」
「友達? 人間風情が我と対等な立場を築こうと?」
風竜王が少し機嫌が悪そうに言った。
「違います。立場が違おうと、性別も、年齢も、種族さえ違おうとも、共に手を取って歩んでいく。それが『友達』です」
「……それで我に何の得が?」
風竜王は困惑していた。
「その考え方が間違っているんです! あなたのために死んでも良いと思う部下が何人もいるよりも、あなたが相手のためなら命を懸けても良いと思えるような『友達』がいる方が幸せなのです。あなたは不幸にもそういう存在を持ったことがないんじゃないですか?」
アデルは映画監督としても活躍する日本の有名な大御所コメディアンがそんなことを言っていたのを思い出し、模倣した。
「まあ確かに『友達』など持ったことがないが……」
「そうですよね? もちろんあなたからすれば僕の言葉が正しいかどうかはわからないと思います。ですが不滅の魂を持つあなたがまだ知らなかったことを経験できる、それだけでも価値があるんじゃないですか?」
「う~む、おぬしの言うことはわからんでもないが……」
(もう一押しだ!)
迷っている風竜王を見て、アデルは畳みかけていった。
「それとも……人間風情を下僕にしないと、何か困ることがおありですか?」
「そ、そんなわけなかろう!」
「では決まりですね! 僕たち友達ということで!」
「う、うむ……」
「では右手を出してください!」
風竜王は完全には納得がいっていない様子だったが、アデルはその短い前足をとって握手をした。羽毛がフワフワで気持ちがいい。
「はい、お互い右手を差し出して握り合う。これが友達になったことを示す儀式、握手です!」
「……わかった」
風竜王はあきらめたように、ため息とともに言った。
「はい、ポチもいいね!」
アデルはポチに右手を差し出した。
「……まあいいけど」
ポチはアデルの手を握り返した。小さくて柔らかくて暖かい。
(お、女の子の手だ……)
アデルは思わずドキリとしてしまった。
「じ、じゃあイルアーナさんも」
「わかった」
アデルは最後にイルアーナとも握手を交わす。細くてスベスベでやや冷たい。
(おぅ……これまたなかなか見事なお手手で……)
イルアーナの肌を感じながらアデルは思った。
(友達の儀式、握手じゃなくてハグにすれば良かった……)
お読みいただきありがとうございました。