竜王
「くっ!」
イルアーナとアデルは武器を取り出し戦闘準備をする。その時……
『このようなところまで来るとは何者じゃ』
洞窟の中から声が響いてきた。拡声器でも使っているかのような大きく広く響く声だった。
「何者だ!」
イルアーナが声の方向に叫ぶ。
『先に質問しているのは我なのじゃがな。まあいい、先に答えてやろう。我は空を統べる王、風竜王じゃ』
「風竜王……!?」
アデルはマザーウッドの族長ジェランから聞いた話を思い出した。その昔、六大竜が人間と戦ったと言う。
(もしかしてその生き残り……?)
『ふん、恐れ入ったか。おぬしらは我が聖なる玉座に近づく不届き者じゃ。生きて帰れると思うな』
(ワイバーンだけでも大変なのに、さらに強いのがいるのか……!?)
その間にも洞窟から続々とワイバーンが現れ、アデルたちを囲み威嚇する。
「大きいな……」
イルアーナが思わずつぶやく。一匹一匹がカナンで見た三階建ての家よりも大きい。
(私だけなら不可視の魔法で逃げられる……しかし……)
イルアーナは背中合わせで周りを警戒するアデルを見た。
「イルアーナさん、僕がどうにか引き付けますから逃げてください!」
アデルが弓を引き絞りながら言う。
「……言ったであろう、お前を一人には出来んとな」
イルアーナも覚悟を決めてダガーを構えた。
――だがそんな緊張を遮る者がいた。
「きゅー」
アデルの足元でポチが鳴き声を上げた。
「ポ、ポチ! お前は逃げろ!」
アデルはしゃがんでポチをどこかへ追いやろうと手を伸ばした。
『おお、白いのか!? 久しぶりじゃな。なぜこんなところに』
「きゅー」
『ほぅ、人間を下僕に? ずいぶんと珍しいことをしたな』
(えっ、会話してる……!?)
アデルは唖然としてポチを見る。イルアーナも驚いた表情をしていた。気が付くとワイバーンたちも威嚇をやめ、大人しくなっていた。
そしてパタパタパタと羽ばたく音が聞こえ、近くの岩の上に何かが降り立った。
(……トンビ?)
それは一見、トンビのように見えた。体は羽毛に覆われている。背中側は茶色、お腹側は白い羽だ。しかしクチバシは無くドラゴンのような鋭い牙が並んだ口、翼とは別にかぎづめの生えた短い足、尻尾も羽毛は生えているものの長いしっぽが生えていた。
(これが風竜王……)
アデルはその姿を見て思った。
(……小さくない?)
大きさは50cmほどしかなく、とてもドラゴンには見えない。
「きゅー」
ポチが岩をよじ登って、その横に並び立ち上がった。丁度同じくらいの大きさだ。
「ふん、おぬしとてちんちくりんではないか」
その声は先ほどまでとは違い、風竜王と思われる相手から聞こえた。
「あのぉ……あなたが風竜王?」
アデルが恐る恐る尋ねる。
「そうじゃ。ひれ伏すがいい」
風竜王は胸を張って答える。
「は、はぁ……」
拍子抜けしたアデルはとりあえず会釈程度に頭を下げた。
「あの……ポチとはお知り合いで?」
「ポチ?」
風竜王が首をかしげる。
「きゅー」
「ほう、名前と言うやつか。面白い」
ポチと風竜王は間違いなく会話しているようだ。
「おぬしはこいつの正体も知らんで仕えているのか」
「仕えている……?」
「こいつは白竜王、命を操る王じゃ」
「きゅー」
ポチは心なしかドヤ顔に見える。
「本当にホワイトドラゴンだったのか……」
イルアーナも唖然とした表情だ。
「命を操る……生き物の生死を操れるということですか?」
アデルが恐る恐る尋ねる。
「後々はな。じゃが今は奴も我も幼体ゆえ、そこまでの力はない」
「幼体? 大昔に人間と六大竜が戦ったと聞きましたが、あなた方とは何か関係が……?」
「それは我らじゃ。その戦いに敗れて、肉体を滅ぼされてしまったのじゃ。こいつと会うのはそれ以来じゃな」
風竜王はポチを短い前足で指した。
「肉体を滅ぼされる? それって死んだわけじゃないんですか?」
「我ら竜王は不滅の存在。肉体が滅びようと、また新たな卵が産まれる」
「魂や記憶はそのまま受け継いでいるということですか?」
「まあ、そういうことじゃな。白竜王……ポチから何も聞いておらんのか?」
「いやいや、ポチは何にも教えてくれなくて……」
アデルはポチを見たが、他人事のように首を短い足でカキカキしていた。
「そもそもポチはしゃべれるんですか?」
ポチは答えてくれなそうなので、アデルは風竜王に聞いた。
「人間に近い声帯がなければ会話は出来ぬ。我は風の王ゆえ、この姿でも会話が可能なのじゃ」
「なるほど……声も空気の揺れ、つまり風に近いですもんね」
「その通りじゃ」
(この風竜王さん、聞けば色々教えてくれるな。良い竜なのでは……)
アデルは風竜王を見ながら思った。
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