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成り行き英雄建国記 ~辺境から成り上がる異種族国家~  作者: てぬてぬ丸
第九章 再生の章

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要望(ロスルー)

誤字報告ありがとうございました。

 イェルナー率いる軍がロスルーへと帰還した。冬が近づき、空は晴れ渡っているが冷たい風が兵たちの間を通り抜けていく。ロスルーの姿を見た兵士たちは安堵したものの、その足取りは軽いものではなかった。


 イェルナーは本隊に先んじて伝令を派遣し、戦いは大勝利であったと喧伝している。実際、本人もたいした戦果こそあげられなかったが負けたとは思っていない。しかし相手と自軍の被害を比べればどちらが勝ったかは歴然だった。カザラス軍は無人の集落をいくつか焼いただけで、ダルフェニア軍が受けた損害はわずかだ。一方、カザラス軍は三千人の兵を失っていた。もしダルフェニア軍が捕虜を解放していなければその損害は倍近くまで膨れ上がるところだ。


 ロスルーに到着したカザラス軍は大通りを歩く。沿道に集まった住人は、兵士たちの表情から戦いの結果が喜ばしいものではなかったことを感じ取っていた。しかしそんな中、馬に乗ったイェルナーは胸を張り、満足げな表情でロスルー城へと進んでいた。






(大敗ではないか……)


 報告を聞いたアーロフは眉をひそめる。イェルナーの私室となった城主の部屋にはアーロフ、ヤナス、そしてイェルナーの三人が集まっていた。


「とにかく兵を集めろ。獣人どもを一匹残らず狩るぞ」


 初めての戦いの興奮が収まらないのか、ウキウキとイェルナーが言った。一人椅子に座ったイェルナーはオークの頭蓋骨を手に取り、いろんな角度から眺めている。獣の森の戦いで倒したオークのものだ。本当は剝製にしたかったが、持ち帰る間に肉の部分が腐ってしまうため、焼いて骨だけ持ち帰って来ていた。


「……駄目だ。これでは身動きが取れん」


「そ、その通りでございます」


 アーロフが言うと、横で言いにくそうにしていたヤナスも追随するように口を開いた。


「あ? なんでだよ?」


 イェルナーが不満げに二人を睨みつける。


「よく考えろ。そこにダルフェニア軍がいるかはわからん。なんならダルフェニアの大軍が待ち構えているかもしれん」


「は? なんだそれ?」


 アーロフの言葉にイェルナーは顔をしかめた。


「敵にはオークやゴブリン、ダークエルフ、それにアデル王がいたのだろう? もちろんそんな軍勢はガルツ峡谷を通っていない。つまりダルフェニア軍は我々が察知できないような移動ルートを確立しているということだ」


 アーロフが言い聞かせるように話すが、イェルナーは不満をあらわにした。


「だからなんだよ! 獣の森に行って敵がいたら倒せばいいし、いなかったら帰ってくればいいだろ?」


「……その間にロスルーを攻められたらどうする? 諜報力では敵のほうが遥かに上だ。今回もダルフェニア軍が待ち受けていたのだろう? こちらの動きは悟られていると思え」


 怒鳴るのを堪えながらアーロフが説明する。ダルフェニア領内に諜報部隊を送り込むのは困難なうえ、その数自体がアーロフの失策によって激減していた。


「なんだよそれ! ズルだろ!」


 イェルナーは子供のように怒る。


「何か捕まっていた兵士たちから得られた情報はないのか?」


 アーロフが言うとイェルナーは口を尖らせたまま天井を見上げた。


「……そういや兵の中に皇毒が紛れてたらしいな」


「皇毒だと!?」


 アーロフは驚いたが、イェルナーは特に気にしてはいないようだった。


「ああ。きっとアデルを殺すために父上が送り込んでくれたんだろ。返り討ちにされちまったみてぇだがな」


「……そうか」


 アーロフは下を向いて考え始めた。


(そんなわけがない。アデルが獣の森にいることを予測などできなかったはずだ。ということは本当に狙っていたのは、イェルナーか、それとも俺か……?)


 アーロフはヤナスを横目で見たが、その表情から読み取れるものはなかった。


 その時、部屋のドアがノックされた。


 イェルナーが入出を許可すると、一人の神官衣姿の男が入ってくる。


 それはロスルーのラーベル教会の司祭だった。


「お目通りをお許しいただきありがとうございます。イェルナー殿下、この度は獣の森の獣どもを……」


「前置きはいい。要件はなんだ?」


 部屋に入るなり揉み手をしながら機嫌を取ろうとする司祭をイェルナーはぶっきらぼうに制した。


「は、はい。実は……お願いがございまして、戦で亡くなった兵士たちの死体を弔うためにお持ち帰りを……」


「そんな余裕ねぇよ! だいたい兄貴だって持ち帰って来なかっただろ?」


 司祭の言葉をイェルナーの怒鳴り声が遮る。司祭はビクッと体を震わせた。


「俺はガルツ要塞を攻めていたからな。死体の回収などに向かえば、敵軍から攻撃を受ける恐れがある。無駄な被害は出せん」


 アーロフは腕を組んで首を振った。


「し、しかし停戦の交渉をすれば……」


 司祭が言おうとすると、アーロフはキッと睨みつけた。


「ダルフェニアが悪魔の国と言い出したのは貴様らであろう。そんな国と交渉しろと言うのか?」


「なっ!? そ、それは……」


 アーロフの言葉に司祭は口ごもった。


「俺だってそうだぜ! どこから敵が来るかわからない森の中で、悠長に死体の回収なんかできるかよ! そんなに欲しいなら自分たちで取りに行けよ。もっとも、もう腐ってるだろうけどな」


 イェルナーもアーロフに続いて言うと、司祭はタジタジになった。


「まあまあ。司祭殿も今後はそうして欲しいという要望を伝えただけで、お二人を批判しているわけではないでしょう。そうですな?」


「え、ええ。もちろん!」


 ヤナスが助け舟を出すと司祭はガクガクと頷く。


 そして話を終えると司祭は逃げるように去っていった。


(くそっ、やっぱり教会も兄貴を特別扱いしてるのかよ……!)


 司祭が出て言った扉を、イェルナーは口の端を歪めながら睨みつけていた。


お読みいただきありがとうございました。

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