飛竜
ワイバーンの住む山は標高が高く、背の低い草しか生えていなかった。アデルたちはできるだけ姿を隠せる岩の出っ張りを利用して巣があると思われる方向に進んでいく。
アデルたちは二度ほど遠くを飛んでいるワイバーンを目撃していた。距離があるので正確にはわからないが相当な大きさだった。
「イルアーナさんはワイバーンを見たことあるんですか?」
「あるわけないだろ。本や伝承から得た知識だけだ。ワイバーンは高速で飛行できるのはもちろん、鱗は剣を弾き、尻尾には毒針もあると言われている」
「ですよねぇ……」
アデルはため息をついた。
(隠れる場所も少ない……見つかったら終わりかも……)
アデルは緊張と恐怖で胸が痛くなった。
「ん……あれは……」
「どうした?」
「あそこに洞窟みたいなものがありませんか?」
イルアーナがアデルが指さす方向を見ると、確かに山の中腹に洞窟のようなものが口を開けていた。
「そのようだな。あそこがワイバーンの巣穴なら、多少は有利に戦えるな。少なくとも相手は自由に飛ぶことは出来んだろう」
(うぅ……い、行きたくない……なんであんなお願いを聞いちゃったんだろう……)
もう少し近づくとアデルはワイバーンの気配を感じ取った。密集していて正確な数はわからないが十体以上はいるようだ。風がやむと強烈な悪臭が鼻を突く。間違いなくその洞窟がワイバーンの巣穴だとアデルは確信した。
「あそこにワイバーンがいます。恐らく十体以上……」
「多いな……」
アデルの言葉を聞いてイルアーナは眉をひそめた。アデルが一目ぼれした美しい顔がそこにある。
(一体でも強敵なのに相手は多数だ。僕はともかく……イルアーナさんを巻き込むわけにはいかない……)
「イルアーナさん……イルアーナさんは戻ってください」
アデルはイルアーナの目を見つめて言った。
「……何を言っている?」
「危険過ぎます。たぶん、生きては帰れない……」
「危険なら、なおさらお前一人には出来んだろう。だが確かに十体以上というのは危険すぎる……ここはいったん退こう」
イルアーナの言葉にアデルは衝撃を受けた。
(そうだ……逃げればいいんだ! 理由なんて「危ないから」で十分なんだ……!)
ハーピーと約束してしまったことやイルアーナがいる手前、逃げ出すことに躊躇していたアデルだったが、自分が言い出せなかったことをイルアーナが言ってくれた。体中の力みが抜け、背負っていた重圧から解放された気分になった。
「そ、そうですよね。僕たちにワイバーンを倒すなんて……」
「ギャオオーーッ!」
「うわっ!」
突然聞こえて来た咆哮にアデルは身を震わせた。気付かれたのかと思い、恐る恐る岩から顔をのぞかせる。しかしアデルたちが見つかったわけではないようで、洞窟からワイバーンたちが出てくる様子はない。
(ふぅ……驚いた……んっ?)
アデルの視界に何か茶色い塊が眼に入った。ひどい匂いを放っている。どうやらワイバーンの糞のようだった。
「……イルアーナさん、ごめんなさい。やっぱり逃げるわけにはいきません」
「どうした?」
「見てください、あそこの糞」
イルアーナも岩から顔を出す。アデルの視線の先にワイバーンの糞があった。その中から人の骨のようなものが突き出している。頭蓋骨も隣に転がっていた。
「ハーピーの物か人間の物かわからないですけど……でもいずれにせよ人間もワイバーンの被害を受けていることは確かです。このまま放っておけば必ずまた被害が出る……イルアーナさんが言うような強さを僕が持っているのかどうかわかりません。でも僕にそんな力があるのなら、今ここでワイバーンを止めないと……」
「アデル……」
アデルの決意のこもった視線をイルアーナは潤んだ瞳で受け止める。
「わかった。ただ、あの数を一度に相手にするのは危険すぎる。一匹づつ仕留める作戦を考えよう」
「そうですね……あっ、まずいっ!」
その時、一匹のワイバーンが巣穴の方に向かって飛んできた。運悪く、アデルたちが丸見えの方向から。
「ギャオーッ!」
アデルたちとは相当距離はあったが地上の獲物を見つけるためワイバーンは視力に優れている。アデルたちがどこかへ身を隠す間もなく警戒の叫びをあげた。
「ギャオ?」
「ギャオーッ!」
洞窟内からもそれに呼応し、ワイバーンたちの叫び声が上がった。
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