それぞれの屋台(ミドルン)
誤字報告ありがとうございました。
ミドルンの町は喧騒に包まれていた。多くの人が通りを行き交い、秋晴れの空の下を荷物を載せた荷馬車が行き交う。統一記念祭を翌日に控え、大通りには屋台が立ち並んでいた。国営の屋台はもちろん、個人商店の屋台や他の町から出稼ぎにやってきた屋台、さらに異種族の屋台までもが雑多に並んでいる。広場にはニンフたちがパフォーマンスをするステージや、ムラビットが太鼓を叩く櫓が設置され、予行演習が行われていた。
神竜信仰具店は大盛況が予想されるため、ミドルン2号店が開店している。目玉は新発売の人間形態のデスドラゴン像だ。アデルがデスドラゴンの元に恐る恐る発売の許可を取りに行ったところ、「そんな木の塊、勝手に売れば?」とあっさり許可が下りた。
デスドラゴンは「俺もデスドラゴン様にゴミを見るような目で見下されたい!」という一部の兵士から人気があり、神竜像の発売が期待されていた。とはいってもレイコ様像のようなバリエーションはなく、仁王立ちポーズと足組み座りポーズの二種類となっている。氷竜王やシマエナーガの神竜信仰具も制作予定だが、まだデザイン段階で製造には至っていなかった。
「やっぱり祭りはウキウキするなぁ」
アデルは町の様子を眺めながら笑顔で歩いている。一緒にいるのはイルアーナとポチにピーコ、そして初めての祭りとなる氷竜王だ。氷竜王は目を輝かせながらあちこちの屋台を覗いている。屋台のほとんどはすでに営業を開始していた。一部の屋台では「アデル王が絶賛!」とか「神竜様御用達!」と書かれたのぼりも立っている。
もちろんアデルは屋台を満喫しに来たのではあるが、大事な役目も抱えている。それは異種族の屋台の値段が適正であるかどうか、また食べ物であれば人間が食べても大丈夫かどうかを判断するという役目であった。商店の価格が適正かどうか監視するのは経済担当のヨーゼフの仕事ではあるが、さすがに異種族のものとなると判断がつかないのだ。それによくわからない異種族の食べ物を食べて、死人でも出たら一大事である。
幸い、植物と動物ともに詳しいポチがいれば人間にとって害があるかどうかはおおよそ判断がつく。アデルは散歩を兼ねて一軒一軒の屋台を見て回っていた。
「おっ、川オークが屋台やってる」
アデルは一軒の屋台の前で、足を止めた。店主の川オークは店の奥にある平べったい鍋のほうを向いていた。その鍋からは香ばしい良い匂いが漂っている。
「こんにちわ、売れてますか?」
アデルが川オークに声をかけた。川オークがゆっくりと振り向く。
「ふぐっ……ふぐっ……」
振り向いた川オークの目には涙がたまっていた。
「わっ、ど、どうしたんですか!?」
慌てふためくアデルに川オークはふぐふぐと何かを訴えかける。
「誰も買ってくれない、だって」
ポチが言葉を訳しながら、慰めるようにペチペチと川オークの頭を軽くたたいた。
「そ、そうなんですか? 何を売ってるんです?」
アデルは鍋を覗く。平べったい鍋には水麦が敷き詰められており、水リンゴが乗せられその果汁で赤く炊きあがっていた。川魚も乗っており、その出汁も水麦に染みていそうだ。さらにチーズが散りばめられ、熱で溶けてそれらの食材を包み込んでいる。
「うわー、すごい美味しそうじゃないですか!」
アデルは思わず声を上げた。神竜三人娘もよだれを垂らしながら、背伸びをして鍋をのぞき込んでいる。
「そうか? 色が血みたいで気味が悪いが……」
イルアーナだけが眉をひそめていた。
「いや、絶対美味しいですよ! 人数分ください!」
アデルは川オークに人数分注文する。木の皿に取り分けられた料理をアデルは食べてみた。
「はぁ~、美味しい……」
アデルはウットリとする。水リンゴは水っぽいトマトという印象であったが、煮詰められたことでよりトマト感が増していた。リンゴというだけあって酸味だけではなくほのかな甘みもある。炊かれた水麦はもち米のようなモチモチとした食感で、水リンゴや魚の味がよく染み込んでいた。そしてチーズのまろやかさとしょっぱさがアクセントとなっている。
「これは……確かに美味い」
イルアーナもそのおいしさに唸った。
「パクパクなの!」
神竜三人娘も気に入ったらしく、次々とおかわりを頼んでいた。
「これは絶対に売れます! 大々的に宣伝しましょう! 料理名は……カワリアとかどうですか? アデル王大絶賛とか神竜大絶賛とかいくらでも書いてもらって……」
「ふぐふぐ」
力説するアデルの裾を店主の川オークが引っ張る。
「ん、どうしました?」
「売り切れです、だって」
ポチの言葉にアデルは鍋を見る。
その鍋は神竜三人娘の活躍によってすでに空となっていたのだった。
「ま、まあ結果オーライですね。あはは……」
アデルは人間語で書かれた宣伝用の看板等の作成を約束し、その場を離れた。
そしてしばらく歩くと人だかりができている場所があった。
「ちょっとすいません……」
人だかりの間を縫い、アデルが顔を出す。そこには小さなテントと、足を使ってテントを張ろうと四苦八苦しているハーピーがいた。周囲の男性たちが積極的にそれを手伝っている。
「へー、ハーピーの屋台か……」
「あら、アデル様。よくいらしてくださいました」
呟くアデルを見つけ、ハーピーが挨拶をしてくる。
「いったい、なんの屋台を……」
アデルは周囲を見ながら訪ねる。その時、地面に置かれた看板が目に入った。
その看板には「交尾一回 銅貨一枚」と書かれていた。
「な、な、な、なんですか、これはっ!?」
アデルが声を裏返しながら叫ぶ。
「あら、高いですか? すいません、相場がわからないもので……」
ハーピーは申し訳なさそうに言った。
「い、いやいやダメですよ! こんな公衆の面前で交尾なんて!」
アデルはハーピーを注意する。しかしそこには隠しきれない本音が滲み出てしまっていた。
それを聞いた周囲の男性陣からはアデルにブーイングが浴びせかけられる。
「ハーピーさんの娼館はいま建設中ですから! それが出来るまで待ってください!」
そんな男たちをアデルは必死になだめた。
ハーピーの娼館はラミアであるジャミナらがアジトとしていた「魅惑の館」を利用して作られる予定であった。しかし普通の間取りの部屋では大きな翼をもつハーピーだと「思い切りできない」という問題点があり、現在大きな間取りの個室を持つ専用の娼館を建設中であった。ただ必然的に大きくて立派な建物となっており、「何が建つんですか?」と興味を持った市民から聞かれて返答に困るという事態が発生している。
「そんなに待てるか! 俺の興奮はとっくに出陣しちまってるんだよ!」
「そうだ、そうだ!」
納得のいかない一人の男が叫ぶと周囲から賛同の声が飛ぶ。
「そ、それはどうにか撤退していただいて……」
アデルは顔を引きつらせながら説得を続けた。
「なんじゃ、戦争か?」
「ひょーちゃんもするの!」
「あっ……」
アデルの足元にピーコと氷竜王がやってくる。すると途端に周囲が気まずい空気に包まれた。子供がいるとこういった話題は口にしづらくなるものだ。
「お、俺まだ仕事が残ってるんだった」
「おっと、俺も女房に買い物頼まれてるんだった……」
バツが悪そうに男たちが去っていく。イルアーナが冷たい視線をその背中に浴びせかけていた。
「なんじゃ、戦わぬのか?」
「ははは……」
ピーコの問いを、アデルはひたすら苦笑いでごまかすのであった。
どうにかハーピーの屋台の騒動を治めると、さらにアデルは町を見て回る。
「らっしゃい、らっしゃい!」
ひと際威勢の良い客引きの声が聞こえた。見ると頭にねじり鉢巻きを巻いたムラビットが何かを焼いている。看板にはアデルになじみ深い文字が書かれていた。
「たこ焼き……? まさかそんな……!?」
看板に書かれたその文字を見てアデルは屋台に走り寄った。
「おお、アデルはん。おおきに! 食べていきまっか?」
ムラビットがモコモコの体を揺らしながらアデルに挨拶する。
その手元には丸い穴がいくつも開いた鉄板があり、茶色く色づいた丸い物体が焼かれていた。日本のたこ焼きよりも一回りほど大きい。
「こ、これは……! ほ、本当にたこ焼きですか!?」
はやる気持ちを押さえ、アデルはムラビットに尋ねる。
「珍しいやろ。なんか丸い料理作ったらおもろいやろな思て、ケンタウロスはんに作ってもらったんやで」
そう言いながらもムラビットは串で丸い物体を転がしている。すでに熟練の手さばきであった。
(どうやったらこんな料理を思いつくんだ……? まあ、それは日本でもそうか……)
アデルは首をひねった。
「たこって……あのたこですよね?」
「そうやで、八本足のあいつやで」
料理を見つめるアデルにムラビットが当然といった感じで言う。
「ムラビットさんたちも、たこ食べるんですか?」
「食うかい、あんな気持ち悪いもん。せやけど人間はなんでも食べよるやろ? がっはっはっ!」
ムラビットは体を揺らして笑った。
(ひどい言い様だな……まあ確かにそうだけど)
アデルがそんなことを考えていると、遅れてやってきた神竜三人娘が台の上にひょこっと頭を出した。
「おお、うまそうじゃな」
「まんまるなの!」
ピーコと氷竜王が続けて言う。
「じゃあとりあえず、いま焼けてる分だけください」
「まいど!」
アデルが注文すると、ムラビットが十個ほどの料理を載せた皿を差し出す。さすがにソースはかかっていなかったが、こんがりと上手に焼けていた。
「うわー、美味しそう!」
アデルは皿を受け取ってしゃがむ。早くも神竜三人娘の手が伸び、口にそれを放り込んだ。
「ふむ、なかなかじゃな」
「ふわふわなの!」
美味しそうな二人の様子を見てアデルが微笑む。
「じゃあ僕もいただこうかな」
「アデル、これ食べるんだ。あんまり好きそうじゃないけど」
そんなアデルを見てポチが不思議そうに言う。
「たこ焼きを舐めてもらっちゃ困るね。たこ焼きは全人類が好きな食べ物……になるよ」
「ふーん」
なぜかドヤ顔で言うアデルだったが、ポチは釈然としない表情のままだった。
「なぜ食べもせずに、そこまで美味しいとわかるのだ?」
イルアーナが怪訝な表情でアデルに尋ねた。
「い、いや、見た目でだいたいわかるじゃないですか」
アデルは苦笑いでごまかしながら、料理を一つ手に取る。
「いっただっきまーす!」
アデルはそれを口に放り込んだ。カリカリとした外側を歯で噛むと、内側からトロっとした熱々の生地が溢れ出した。
「あふあふ!」
その熱さに耐えながら、アデルはその料理を噛みしめる。すると細長い何かが口の中に引っかかった。
(なんだろう……たこの足の先のほうかな?)
食べづらさは気になるものの、味は悪くない。しかし、たこ特有の弾力感等はまったく感じられなかった。
「これ、たこ入ってます?」
アデルが店主のムラビットに尋ねる。
「当たり前やろ。新鮮なのが丸々一匹入っとるわい!」
ムラビットが足元に置いてあった蓋つきの籠を持ち上げる。そして蓋を取り、中をアデルに見せた。
その籠の中にはウジャウジャと、色とりどりの蜘蛛がひしめいていた。
「ぎゃぁぁぁ~~~っ!」
アデルは悲鳴を上げて逃げ出す。考えてみれば海から遠く離れた場所で暮らすムラビットがたこに馴染みがあるわけがない。ムラビットの言う「たこ」とは「蜘蛛」のことであった。
「騒がしいやつじゃのう」
そんなアデルを横目で見ながら、ピーコたちはあっという間にそれを平らげた。
そして間もなく、ムラビットの「たこ焼き屋」は「クモ焼き屋」に改名するようにと王からの命が下ったのであった。
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