コカトリス(カイバリー)
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アデルたちのいる食堂に一人の女性が入ってきた。赤いショートカットを横分けにしており、生真面目そうな印象を受ける。顔は整っているが目つきは鋭く、近寄りがたい雰囲気だ。
部屋に入るなり、漂う匂いに女性が鼻をひくつかせる。アデルたちは食事の最中であった。アデルの頭にその女性の能力値が浮かび上がる。
名前:エレイーズ・カーベル
所属:ヴィーケン王国遊撃隊
指揮 73
武力 76
智謀 78
内政 63
魔力 39
(ヴィーケン王国遊撃隊……離反したっていう兵士たちと、そう名乗ってるってことなのかな?)
アデルは首を傾げた。
「お目通り感謝します。私はエレイーズ・カーベル。ヴィーケン王国遊撃隊の隊長を務めております」
その女性――エレイーズが一礼する。
「しかし急なお願いとはいえ食事をしながらの面会とは……私ごときに対する扱いはこの程度で十分ということですか」
「そ、そういうつもりではありません! ご一緒に昼食をいかがかと思いまして……」
小さくため息をつくエレイーズにアデルは慌てて言った。
「結構です。別に腹は空いて……」
首を振ったエレイーズであったが、そのお腹がくぅ~と鳴った。途端にエレイーズの顔が羞恥に染まる。
「ほ、ほら、僕らも気を使っちゃいますし、差し支えなければ一緒に召し上がっていただけると……」
「そ、そうですか。そうであれば仕方ありませんね。いただきましょう」
顔を赤くして席に着くエレイーズをクライフがニヤニヤしながら見つめていた。
「申し遅れました。僕がアデルと申します」
頭を下げるアデルを見てエレイーズの目が細くなる。
「……あなたが父の後継者を自称しているアデルですか」
「あっ! ご、ごめんなさい! そうですよね、ご遺族からしたら、僕が勝手にハイミルト様の後継者と名乗るのは許せませんよね……すいません、配慮が足りませんでした」
ペコペコと頭を下げ続けるアデルをエレイーズは冷たい目で見据えた。
(これが本当に王なの……?)
エレイーズは訝しむ。
「……構いません。父は私と母を放って戦いに明け暮れていた男。別に私がその後を継ぎたいわけではありませんから」
「え?」
アデルは呆気にとられた。しかしエレイーズは構わず話を続ける。
「ですが、あなたが父の後継者を名乗るのもおかしな話です。あなたは父の跡を継いでヴィーケン王国を守るなどとおっしゃったようですが、そうであればヴィーケン王国の一員として戦えば良い話。ヴィーケン王国からすればあなたは侵略者にすぎません。父の後継者と名乗るには正反対の存在では?」
「うっ……」
エレイーズに言われ、アデルは言葉に詰まる。自分が侵略者だと思われているのではないかという心配はずっとアデルの心の中にもあったものだ。
「ほれは違うな」
スープの具であるウィンナーを飲み込みながらイルアーナが横から口を挟んだ。
「アデルが守る『国』とはそこに住まう人々のことだ。その上にのさばる貴族共や、その都合で作られた政治システムではない。それこそヴィーケン王国が領土だと自称する土地だからと言って、我々が気を使ってやる筋合いなどない。住民たちには我が国が嫌なのであれば自由に国を出ることを許可している。つまり現在の国民は我々を支持しているということだ」
「ほんなものは屁理屈です」
エレイーズの食事を給仕が運んできたため、エレイーズも前菜を勢いよく頬張りながら話す。どうやら相当お腹が空いていたようだ。元とはいえ王城であり、その食事は豪華だ。セルフォード、ミドルンといった都市との交易が再開されれば、その内容はさらに充実するだろう。
「国ではなく人々を守るという考えには賛同できます。しかし国民があなた方を支持しているというのは疑問ですね。家や農地を失ってまで移住が決断できる住民はそうおりません。たとえ嫌々であろうがそちらの支配は受け入れざるを得ないでしょう。つまりあなた方がしていたのはただの権力者の領土争いにすぎません。それにカザラス帝国も占領地に対して寛大な政策を執っていると聞いています。多大な犠牲を払ってまで抵抗する必要がありましょうか?」
あっという間に前菜を平らげたエレイーズがナプキンで口元を拭きながら言った。
「帝国に屈しろというのか!?」
キャベルナが声を荒げる。
「その通りです。そちらのダークエルフが言う通り、国を誰が治めるかなど住民にとっては些細な事。人々の生活を一番に考えるのであれば、無駄な抵抗はやめて早々に降伏するべきでしょう」
「そんな……僕たちの父さんが必死に守り続けてきたんだよ!?」
クライフまでもがエレイーズを咎めるように言った。
「何か勘違いをしておられるかもしれませんが、この国を攻める軍はカザラス帝国のごく一部にすぎません。それを追い返しただけで何を得意げになっておられるのですか?」
「なっ……!?」
キャベルナたちがエレイーズの言葉に絶句する。
「相手が本腰を入れて攻めてくれば、我々などひとたまりもないでしょう。実際、ヴィーケン軍もダルフェニア軍も敵を追い返すのがやっとで、敵領土に侵攻することなどできていらっしゃらないではないですか。男の意地の張り合いに、女子供を巻き込まないでいただきたいです」
続いて運ばれてきたスープをかき混ぜながら、平然とエレイーズが言い放った。あまりの内容にキャベルナたちはただ口をパクパクとさせるだけだった。
「お前の話はそれで終わりか?」
イルアーナがパンにバターを塗りながらエレイーズを見据えた。
「何か反論でも?」
次々とスープの具材を食べながらエレイーズがイルアーナを睨む。食べるのが遅いイルアーナはすぐに追い抜かれてしまいそうな食事のペースだった。
「反論だらけだ。この地を征服したカザラス軍がどんな統治をするか、そんなことがなぜわかる? 確かにいままでの占領地には融和的な政策をとっていたかも知れぬ。それはアステリア七国統一を目指すカザラス帝国にとって、占領地を安定させなければ次の戦いどころではないからな。だが統一を果たしたカザラス帝国がいつまでもそんな甘い顔をすると思うか? 我々と対峙したカザラス軍は非人道的な作戦を用いて来ている。それが奴らの本性ではないと、なぜ言い切れるのだ」
「くっ……!」
そう話すイルアーナとエレイーズの視線がぶつかり合う。
「それに我が軍をヴィーケン軍と一緒にするな。我らは一年も経たずしてヴィーケン領を統一した。すぐにカザラス帝国に向けても攻勢に出るだろう」
「そ、それはどうですかね……」
イルアーナの話を聞き、アデルは顔をひきつらせた。しかし構わずイルアーナは話を続ける。
「極めつけは相手が強いから戦わずに屈しろという話だ。我々はそんなプライドのない負け犬になるつもりはない。まあお前がそう思うのは勝手だがな。しかしお前がそういう考えであるのなら、無駄な抵抗とやらは止め、つべこべ言わずにお前も我々の軍門に下るべきであろう。それともお前は我々を圧倒できるほどの軍を持っているとでも言うのか?」
「わ、私はヴィーケン王国から見放された村々を魔物から守っているだけだ!」
言われっぱなしだったエレイーズは苛立った表情で反論した。
「魔物?」
「北部連合が離反し、ダルフェニア軍に敗北。そのせいで地方を守る兵は中央へと駆り出されました。その結果、魔物の被害に苦しむ村々が続出。貧しい辺境の村々では冒険者を雇うような余裕もありません。私は人々を守るため、賛同してくれる者を引き連れてカイバリーを離れたのです」
悔し気な表情でエレイーズが説明する。エレイーズは不満をぶつけるように、運ばれてきたメイン料理のステーキを乱暴に切る。
(そうか……貧しい村に滞在してるから、あんまりちゃんとした食事ができてないのか……)
アデルはエレイーズがステーキを頬張るのを見ながら思った。
「そうなんですね……ありがとうございます」
「え?」
アデルが言うとエレイーズは意外そうに目を見開いた。
「本当はもう僕らがそれをやらなければならないのに……すいません、すぐに討伐隊を組織して魔物を討伐しに行きます」
「あ、あぁ……そうですか」
エレイーズが毒気を抜かれたように呟いた。
(あれだけ私に非難されたのに、頭を下げて礼を言うなんて……)
エレイーズはアデルのことが理解できず、眉をひそめていた。
「ところでどんな魔物がいるんですか?」
「私が戦っているのはコカトリスです。北には奴らの集落があります」
「コカトリス? 人を石化させるっていう……?」
アデルが首をかしげる。
「コカトリスは大きな鶏のような魔物だな。人を石化させることはできないが、土魔法には長けているはずだ」
「そうですね」
イルアーナの言葉にエレイーズが頷いた。
「そんな強い魔物が……じゃあ村人さんたちもいっぱい食べられちゃったり……?」
「いえ、奴らは草食で畑を荒らすだけです。ですが追い払おうにも魔法が厄介で、こちらの攻撃はすべて防がれてしまいます」
アデルの問いにエレイーズが答える。エレイーズの元にはすでに食後のお茶が運ばれていた。
「人は襲わないんですか……じゃあ意思疎通できたりしませんかね?」
「コカトリスには社会性があるはずだ。ポチやピーコなら会話できるかもしれん」
今度はイルアーナがアデルに答えた。コカトリスは平均2mほどの大きさの鶏のような魔物で、土魔法を使って石の集落を作って生活している。
「わかりました。では出来るだけ急いで部隊を編成してコカトリスの元へ向かいます」
こうしてアデルはコカトリス討伐をエレイーズに約束したのであった。
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