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空から来る者

 バーランド山脈は少し奥に入るとほとんどが岩山になる。ハーピーのいる山は外周部にあり、草で覆われ、密度は薄いものの木立が広がっている。アデルとイルアーナは歩きやすい場所を選びながらバーランド山脈の奥へと進む。地図などがあるわけでもないので、だいたいの方向に進みながら周囲を探索するしかない。


「あ、ネズミかな?」


 アデルは少し離れた場所で、ぴょんぴょんと二本足で飛ぶネズミを見つけた。大きさはこぶし大ほどで、鼻を引くつかせながら周囲の様子を伺っている。


「……」


 イルアーナは撫でたいのか、無言でそのネズミの方へ近づこうとした。


「ちょっと待った、他にも何かいます!」


 イルアーナの動きをアデルが制す。次の瞬間、ネズミの近くの木からアナコンダのような全長数メートルはありそうな生き物がネズミに襲い掛かる。それはリクウツボという名の凶暴な生き物で、巣穴で待ち伏せし近くを通りかかる獲物に襲い掛かる恐ろしいハンターであった。


「危ない!」


 アデルは思わず声を上げた。飛び散る血しぶき。リクウツボの巨体が地面に崩れ落ち、遅れてリクウツボの頭部が血をまき散らしながら地面を転がった。


「えっ?」


 驚愕するアデルの前で、ネズミは何事もなかったかのようにキョロキョロしながら去っていった。


「危なかった……あれはクリティカルラットだな」


「クリティカルラット?」


「ああ。普段は非力だが、一定確率で一撃で相手の首を飛ばす強力な攻撃を繰り出すそうだ」


 転がったリクウツボの頭をイルアーナが冷や汗を流しながら見つめる。


(昔のRPGにそんな敵がいたけど、どういう原理……? まあ、気にしても仕方がないか……)


 アデルは深く考えないことにした。


「見た目に騙されるなよ、アデル。ここは危険な魔物で溢れたバーランド山脈だ。気を抜くな」


(騙されそうになってたのはイルアーナさんだったよな……)


 イルアーナの言葉にアデルがそんなことを思ったとき……


「ん、また何か来ます!」


 何者かの気配を察知し、アデルたちは茂みに身を隠す。数秒後、大きく羽ばたく音を響かせながら何かがやってくる。


(あ、あれは!?)


 気配の主はリクウツボの死体のそばに降り立った。二人、いや二匹と数えるのが正しいのだろうか。


アデルのいる場所からは手前の一体の大きな翼に隠れてもう一体の姿は見えない。アデルは息をするのも忘れてその姿に見入っていた。


 まず目に入るのはその大きな翼。しかしそんなことはどうでもいい。ウェーブのかかった亜麻色のロングヘアに縁どられた、気の強そうなお姉さまフェイス。日に焼けた柔らかそうな肌。そして、お胸がドーン! 腰キュッ! お尻ぷりんっ! 残念ながら胸と腰には粗末な布が巻かれ隠されてはいるが、その色気はアデルの脳髄に直撃した。


(ま、まさしく「実見たランキング」第三位のハーピー……!)


 「実見たランキング」とは「実際に見てみたいモンスターランキング(浜田太郎調べ)」の略である。ちなみに第一位はサキュバス、第二位はマーメイドであった。


「これは……クリティカルラットの仕業かねぇ?」


「ええ、そうかもしれませんね」


 声はハーピーたちの方から聞こえた。どうやら会話ができるようだ。


「よし、遠慮なくもらっていくとしよう」


 少しぶっきらぼうな口調の主がさきほどのお姉さまハーピーらしい。彼女がリクウツボの死体を持ち上げようと移動したおかげでアデルはもう一体のハーピーも見ることができた。


(な、なんだってぇっ!?)


 アデルは驚愕に目を見開いた。真っ白な翼、真っ白な肌に包まれた華奢な体。サラサラ黒髪のストレートボブの下には伏し目がちで泣きぼくろのある美しい顔があった。胸は十分な大きさがあるものの、スレンダーでモデルのような体型だ。先ほどのお姉さまハーピーとは対照的な守ってあげたくなってしまうようなハーピーだった。


(ま、まさかの清楚系ハーピー!?)


 アデルは手に汗握る。


(ど、どうしてこの世界にはカメラがないんだ!)


 アデルはただ見つめることしかできない自分の無力さに奥歯をかみしめた。


「アデル、チャンスだ」


 隙だらけのハーピーたちを見て、これは好機とイルアーナがアデルの肩を叩く。


「うわっ!」


 しかしハーピーたちの姿を目に焼き付けるのに必死だったアデルは肩を叩かれたことに驚き、声を発してしまった。


「誰だい!?」


 ハーピーたちはアデルたちの方を向き身構える。


「くっ、仕方がない、やるぞ!」


 イルアーナがダガーを抜き放ち戦闘態勢をとる。


「だ、だめです、イルアーナさん!」


 しかしアデルは必死にイルアーナを抑えた。


「なぜだ、アデル!」


「なぜって……」


 アデルは必死に考えた。


「……愛です」


「は?」


「争いは何も生みだしません。愛だけが世界を救えるんです!」


 アデルは心底真剣な面持ちで言う。


(彼女たちを殺すなんて……そんなもったいないことができるか!)


 そんな一途な思いがアデルを突き動かしていた。


「……つまり?」


 アデルの意図がわからず、イルアーナは戸惑っている。


「つまり……交渉できる相手であれば、まずは交渉しましょう。たやすく暴力に頼ってはいけません」


「……なるほど。敵を倒すのではなく、敵を敵ではなくする、あわよくば味方にするということか」


「そうです! たぶん、そういうことです!」


 イルアーナの解釈に、アデルは深くうなずいた。


「というわけで、ハーピーさんたち。ここは仲良く……」


 アデルはにこやかな笑みを浮かべて振り向く。


 しかしそこにはもうハーピーたちの姿はなかった。


「逃げられたな」


 イルアーナはため息をつき、ダガーを収めた。しかしアデルは不敵な笑みを浮かべている。


「心配無用です、イルアーナさん。彼女たちの気配は捉えています。それにあの蛇の血が、ところどころに垂れているはずです。絶対に彼女たちの住処を見つけて見せます」


 アデルは力強く断言した。それを見たイルアーナは小さく笑みを浮かべる。


(だいぶハンターベアとの戦いで自信を付けたようだな。しかもその力に驕ることなく、平和的解決に至る道を模索する努力を怠らない……私の目に狂いはなかったようだ)


 恋は人を盲目にすると言うが、果たして……

お読みいただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] >恋は人を盲目にすると言うが、果たして…… 主人公がハーピーに恋して協調に傾倒した様にも取れるし、 イルアーナがアデルに恋してるせいで簡単に騙されてるようにもとれるな [一言] 襲っ…
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