第六次ガルツ要塞攻防戦4(ガルツ要塞)
なろうメンテのため、投稿時間がいつもと変わっております。
ガルツ要塞を攻略しようと攻撃し続けるカザラス軍。その前線にヤナスはいた。
「むっ……!?」
防壁上のダルフェニア兵を見たヤナスが何かに気づく。ヤナスは周囲を盾を持った護衛の兵に囲ませていた。カザラス軍の将にとってアデルの狙撃能力はドラゴンよりも脅威だ。
「ダルフェニア兵の顔つきが変わったな……」
さきほどまで必死の形相だったダルフェニア兵。しかし心なしかその顔から興奮のようなものが伺えるようになっている。わずかな違いだったが、他人の顔色に敏感なヤナスはそれに気が付いた。
「ヤナス様!」
そこに伝令がやってきてヤナスに近づく。
「遊撃部隊の一つがダルフェニア軍のドラゴンに襲われました。ドラゴンの襲撃に備えよとアーロフ様のご命令です」
「そうか……」
ヤナスは納得したようにうなずく。
(奴らの表情が変わったのはドラゴンの援軍のせいか……)
ヤナスはダルフェニア兵に視線を戻し、そう思った。
「それとアーロフ様が本陣にお戻りになるようおっしゃっておりますが……」
「ガルツ要塞の敵軍に変化がみられる。もしかするとドラゴンと連携して動き出すかもしれぬ。私はここで陣頭指揮を執るとアーロフ様に伝えよ」
「は、はっ!」
伝令は顔を強張らせた。アーロフの指示にヤナスが従わなかったことで機嫌が悪くなることを恐れているのだ。しかしヤナスに意見するわけにもいかず、伝令は頭を下げて去っていった。
一方、後方のカザラス軍はアースドラゴンの襲撃に備えていた。バリスタがアースドラゴンが目撃された方向に向けて崖上では槍を構えた重装歩兵が隊列を組み、突撃に備えている。
やがて兵士たちは地面を震わす細かい振動を感じた。その振動はどんどん大きくなる。カザラス兵の顔に緊張が走った。
その時、山間を一人の兵士が待ち構えるカザラス兵たちの方へ、息を切らしながら走ってくる兵が見えた。偵察に出ていた斥候だった。
「ド、ドラゴンが来たぞ!」
息も絶え絶えに斥候が叫ぶ。そしてすぐ後ろの山間からアースドラゴンの巨体が姿を現した。広くはない山間を、アースドラゴンは一列になって向かってくる。
「構えろ!」
号令とともに重装歩兵隊が槍を構えた。槍衾と呼ばれる態勢である。主に騎兵などの突撃に対抗するための陣形だ。槍の長いリーチを生かし、相手の攻撃の範囲外から攻撃ができる。そのうえ、たくさんの槍の穂先が向けられているところに突っ込まなければならないという恐怖を相手に与えられた。
しかし当然、アースドラゴン相手ではそうもいかない。近づいてくる巨大なアースドラゴンの体の前では、カザラス兵たちが構えた槍は小枝のように頼りなかった。
「う、うわぁ!」
恐怖に耐えきれず逃げ出すカザラス兵が現れる。しかしカザラス軍は崖上のわずかなスペースに布陣しており、兵が好き勝手移動できる隙間はない。
「こら、押すな!」
あちこちで逃げようとする兵ととどまろうとする兵が揉みくちゃになり始めた。アースドラゴンが近づけば近づくほど、その数は増えていく。味方に押され、崖から落ちる兵士が続出し始めた。
見た目よりも早いスピードで接近したアースドラゴンは槍を構えたカザラス兵たちの前で歩みを止めると、ギロリと彼らを見下ろした。
「うっ……」
その視線を受けてカザラス兵たちはたじろいだ。震える手で、すがる様に槍を持ち上げアースドラゴンに向ける。
ボフッ……!
空気が圧縮される音。アースドラゴンの太い尻尾が凄まじい速さで振り回されたのだ。十人以上のカザラス兵が軽々と宙を飛ぶ。そしてしばらく宙を舞ったカザラス兵は崖下に展開する別の兵たちの上に降り注いだ。装備と合わせて百キロ以上ある塊だ。下敷きになった兵士も彼らと運命を共にすることとなった。
「ひぃっ!」
カザラス兵たちが恐怖で後ずさる。そのせいでさらに多くのカザラス兵が仲間に押し出され崖下へと転落した。
(ワイバーンさんも強かったけど、アースドラゴンさんの肉弾戦の強さは圧倒的だな……)
その強さに言葉を失いながらアデルは思った。アースドラゴンはワイバーンより一回り大きい。そのうえ細身のワイバーンと違いどっしりとした体付きをしている。そしてその見た目通り、アースドラゴンはすさまじいパワーを持っていた。
だがその時……
「放て!」
アーロフの号令が響き渡った。
狙いを定めていたバリスタ隊が、足を止めたアースドラゴンに向けて矢を放つ。空気を切り裂き、鉄の矢じりをまとった丸太がアースドラゴンに襲い掛かった。アースドラゴンの巨体に何発ものバリスタの矢が命中した。
「あっ!」
アデルが思わず声を上げる。アースドラゴンの甲羅に当たったバリスタが砕け散り破片をまき散らす。浅い角度で当たった矢は弾かれ、あらぬ方向へと飛んで行った。足や首にも矢は命中したが、硬い皮を貫くことはできず柔らかい肉に衝撃を吸収され、ゴツンと音を立てて地面に転がった。
見たところ外傷はないが、少しは痛かったのかアースドラゴンは自分を撃ったバリスタを睨みつける。
「き、効いてない……」
カザラス兵たちが愕然とする。そしてその目の前でアースドラゴンは大きく鼻から息を吸い込むと、バリスタ隊に向けて首を伸ばして何かを吐き出した。
バキャッと音を立てて数台のバリスタが吹き飛ぶ。
「……は?」
崖下にいたカザラス兵たちは破壊されたバリスタを見て唖然とする。その近くには大きな岩が転がっていた。
「あれを……飛ばしたのか……?」
カザラス兵が茫然と呟いた。
(これは……ラッチーの……?)
アースドラゴンが岩を飛ばしたことに驚いたアデルは、地竜王に抱えられた子供のアースドラゴンに目をやった。
「あーす!」
子供のアースドラゴンは手足をバタつかせて喜んでいる。
ラッチーとはミドルン城で飼っている石弾亀の名前だ。石弾亀は口に含んだ石を噴き出し、獲物に当てる技を持っている。先日、ラッチーと一緒に遊んだ子供のアースドラゴンはそのやり方をラッチーに教わっていた。
そして縄張りに帰った子供のアースドラゴンに習ったのか、はたまた遊んでいるところを見て覚えたのか、大人のアースドラゴンたちも岩を飛ばす術を覚えたようだ。
(それで岩の破片が縄張りに散らばってたのか……)
アデルはアースドラゴンの縄張りに岩の破片が転がっていたのを思い出す。その場から動かずに遊べる岩飛ばしはアースドラゴンたちにとって絶好の遊びであった。岩は足元の岩山を掘れば手に入る。それにうまく自分のもとに返ってくるように岩を飛ばすのも腕の見せ所であった。
アースドラゴンが遠距離から攻撃してくることを知り、まだ距離があることで冷静だった崖下の兵士たちにも一気に恐怖が伝染し始めた。
「狼狽えるな! 投石機、放て!」
アーロフは続けて号令を発する。今度は投石機から岩が放たれた。放物線を描いた岩は偶然にも先頭にいたアースドラゴンの頭部に命中する。
派手な音を立てて岩が砕け散る。するとアースドラゴンの体がゆっくりと傾いていった。
「おおっ!」
カザラス兵から歓喜の声が起きる。
しかしそれも束の間、アースドラゴンは足を踏ん張り体勢を立て直すと、ブルブルと頭を振った。そして意識をはっきりさせたアースドラゴンは怒りの形相で投石機を睨む。投石機の攻撃はアースドラゴンを一瞬だけ朦朧とさせたが、たいしたダメージは与えられなかったようだ。
前述したように、アースドラゴンの間では岩飛ばしが流行った。しかしその遊びがエスカレートし、仲間に岩を当てて喜ぶアースドラゴンが出てきたため、地竜王は仲間に岩を当てるのを禁止とした。怪我はしないまでも、さすがに高速で飛ぶ岩をぶつけられるとアースドラゴンといえども痛いのだ。地竜王が投石機の攻撃を受けても大丈夫と言っていたのは、そういう背景があったのである。
「む、無理だ……あんなのにどうやって……」
カザラス兵が絶望に打ちのめされる。
そして投石機の攻撃を受けたアースドラゴンは怒りに身を任せ、カザラス軍の中へと突っ込んだ。
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