救命騎士団(カイバリー)
勝利目前のアデルたちの前に不気味な鎧姿の大男たちが現れる。彼らは隊列を組み、一糸乱れぬ動きでアデルたちに迫ってきていた。
救命騎士団は兜の面当てを下ろしており、その顔や表情は一切見えなかった。ただ視界確保用の隙間の奥に、少しだけ白目が覗いている。
「この人たちがラーベル教会の援軍……? ラーゲンハルトさん、何かご存じですか?」
「教会は警備のためと称して独自の戦力を保持している。だけどこんな目立つ人たちは見たことないなぁ」
アデルの問いにラーゲンハルトが答えた。口調は軽いが、表情には緊迫感がうかがえる。
「彼らは『救命騎士団』と呼ばれていました」
「知らないなぁ……教会の内部のことは全然わからないんだよね」
クライフの言葉にラーゲンハルトは首を振った。
「相手が誰だろうが倒しちまえばいいのさ。だけど厄介だねぇ。隙の無い隊列にあのハルバード。あれじゃ近づけないよ」
剣を構えたフレデリカが救命騎士団を睨みながら言う。
「近付けたとしても、あの分厚い鎧はうちの兵士たちが持ってる武器じゃ効かねぇぜ。まあ俺くらいの腕があれば関係ないけどよ」
ウィラーがサーベルを抜き放った。確かに分厚い金属鎧を着た相手にはハンマーなど重量のある武器での打撃攻撃でないと効果が薄い。ダルフェニア軍が持っている装備は剣や槍がメインで、救命騎士団のような重装備の相手はあまり想定していなかった。
「ちょっと味見してくるぜ」
「あっ、ウィラーさん!」
ウィラーはそう言うとアデルの制止も聞かず、救命騎士団に向けて走り寄った。救命騎士団たちは行進を止めると緩慢な動作で武器と盾を構える。
「動きは遅いね。装備が重すぎんじゃないのかい」
フレデリカが相手の動きを見て眉をひそめる。
実際、一気に距離を詰めたウィラーに対し、救命騎士団の対応は間に合っていなかった。ハルバードを突き出すよりも早く、ウィラーは相手の懐に潜り込み、救命騎士団の鎧の隙間、肋骨の下あたりにサーベルを突き立てた。
「な、なんて速さなんですか……!?」
クライフがウィラーの動きを見て唖然とする。
「なんだよ、楽しませてくれると思ったのに。見掛け倒しか……」
肉に食い込むサーベルの感触に、ウィラーは残念そうな顔をした。
だが……
「ぐおっ!?」
突如、体を襲った衝撃にウィラーは意識が飛びかけた。目に映る景色がぐるりと回る。どうやら体が宙を舞っているようだ。しかしウィラーはほとんど本能で体のバランスをとると、上手く着地して態勢を立て直した。その瞬間、肩にズキリと痛みが走る。
(盾で横殴りにされたのか……?)
ウィラーが痛む肩を回しながら状況を把握する。殴り飛ばされ、少し空いた間合いを救命騎士団たちは再び一糸乱れぬ行進で進み始めた。さきほどウィラーが致命傷を与えたはずの騎士も平然と歩いている。
「はぁ!? マジかよ」
ウィラーはそれを見て呆気にとられるが、表情を引き締めると再びその騎士に向かって走り出した。そんなウィラーに対し救命騎士団がハルバードを突き出す。
「うぉっ!」
それまでの緩慢な動作からは想像もつかない鋭い攻撃だった。ウィラーはなんとか身をよじってそれをかわすが、肩のあたりを穂先がかすめ血しぶきが飛んだ。
(この重そうな得物をこの速度で……!)
救命騎士団が持っているハルバードは柄の部分までもが鉄で作られた特別製だった。槍として突くだけではなく、斧として叩き切ることも、その重量を利用してハンマーのように相手を押しつぶすことも可能だ。通常であれば両手でどうにか扱う武器であるが、救命騎士団たちは片手でそれを悠々と扱っていた。
「ちくしょう、これでどうだ!」
ハルバードをかわし再び懐に潜り込んだウィラーは、相手の首元、兜と鎧の隙間にサーベルを突き立てた。しかし先ほどの経験から、ウィラーはサーベルを引き抜くと素早く距離を取る。一瞬遅れて、相手の首元から大量の赤い血が流れ出てきた。
しかしそれでも倒れることなく、その騎士はハルバードを振るう。片手とは思えぬすさまじい勢いだ。ウィラーが反射的に身を引いたため事なきを得たが、常人であれば首が跳ね飛んでいただろう。
「こ、こいつら人間じゃねぇ! パスだ、パス!」
ウィラーはそう言うと逃げるようにアデルたちの背後へと駆けてきた。対人最凶と恐れられるウィラーだが、その評判通り得意とするのは人間相手であり、魔物相手の仕事はあまり請け負っていない。
「アデル君、どうなの?」
小声でラーゲンハルトがアデルに尋ねる。
「それが……能力値が見えないんですよね。ウィラーさんが言う通り人間ではないのかもしれません」
アデルはラーゲンハルトに答えた。能力値が見える対象は人間に近く、また知能がある生物に限られる。
「あんな化け物みたいのが百人かい。こりゃ厳しいねぇ」
フレデリカが額に汗を浮かべる。ウィラーでも勝てなかったという事実は少なからずダルフェニア軍に動揺を与えていた。
「別にまともに戦ってやる必要はない。そうであろう?」
イルアーナがアデルに言う。
「そうですね」
アデルはうなずくと、空を舞うワイバーンに合図を出した。それを見たワイバーンは仲間のワイバーンと視線をかわすと、隊列を組んで救命騎士団の頭上へと滑空する。
「みんな伏せてください!」
アデルが大声で叫ぶ。ダルフェニア軍の面々は慌てて地面に伏せた。
「ギャオオッ!」
ワイバーンの叫び声とともに、バリバリという雷の落ちる音が周囲に響き渡る。音の衝撃なのか雷撃の余波なのか、伏せているアデルたちの頬をピリピリとした刺激が襲った。
クーデター軍、そしてダルフェニア軍の者でさえ、その多くがワイバーンの雷撃の威力に怯え、物陰で震えている。ダルフェニア軍側でさえワイバーンの戦いを見るのは初めての者が多い。味方であると理解していても、その圧倒的な力に恐怖を押さえられなかった。
「近くで見るとすごいな……」
ラーゲンハルトが呟きながら立ち上がる。目の前には煙を立ち上げ、焦げ臭い匂いを放つ救命騎士団が倒れていた。通りに敷き詰められた石畳は黒く焼け焦げている。
「何をしている! ”神敵”を討ち取れ!」
倒れた救命騎士団の背後では、神官衣を着た中年の男が何やら騒いでいた。
「あれはアイナハー殿……ラーベル教会の司祭です」
クライフが指さすと、それに気づいたアイナハーがぎょっとした表情になる。
「おっ、ラッキーじゃん。アデルくん、あれを捕まえよう」
「ま、待ってください!」
アイナハーのもとに向かおうとするラーゲンハルトをアデルが制止する。
「なに、どうし……」
アデルに問いかけようとするラーゲンハルトの表情が固まった。
ワイバーンの強力な雷撃。しかしそれを受けたはずの救命騎士団たちが、アデルたちの前でゆっくりと立ち上がろうとしていた。
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