牛(カイバリー)
※ちなみにクライフは第四章「知らせ」に少しだけ登場していました。
「おい、クライフは何をしている! 兵士たちはどこへ行くのだ!」
カイバリーを囲む防壁の上でヨーギルは慌てふためいていた。まったく似合っていない鎧がガチャガチャと耳障りな音を立てる。それは儀礼用の鎧であり、無駄に装飾が多いせいで重く、実戦向きではなかった。
ヨーギルの立つ防壁から畑を挟んで数百メートルほどの距離には、川沿いに作られた第一防壁が見える。しかしそこを守り、最初にダルフェニア軍を迎え撃つはずの徴集兵たちが、次々と持ち場を離れ壁の外へと消えていた。
「あいつめ、門を壊さなかったのは逃げ出すためか……!」
ヨーギルは忌々し気に前方の門を睨みつけた。
そのヨーギルが睨みつけている門の外側では、アデルたちが家へと帰る徴集兵たちを見送っていた。周辺の村々から嫌々集められた徴集兵たちは喜んで帰っていく。一部はカイバリーから徴集されている者もおり、彼らは少し離れたところで待機していた。ある者は心配そうに、ある者は興味深そうに、戦いが終わるまでその行く末を見守ることになっている。
「あなたが……アデル王……!?」
クライフはハーピーとともに空から降りてきたアデルを見て驚いていた。
「あぁ、どうも」
アデルはクライフに頭を下げる。
「アデル王、彼はクライフ・エルフレッド。マイズ侯爵の……息子です」
キャベルナがそう話しつつ、マイズとアデルの関係を考えて途中で口ごもった。
「あぁ……」
アデルも返事に困り、微妙な表情で固まった。
名前:クライフ・エルフレッド
所属:神竜王国ダルフェニア
指揮 60
武力 61
智謀 54
内政 63
魔力 35
(指揮官としては平凡な能力値……)
アデルはクライフの能力値を見て思った。
「ここに配備されていたのはヴィーケン軍の正規兵です。ヨーギル様たちは自分たちの周囲を信用できる兵士で固めるため、キャベルナ様の配下であった彼らを前線に配置しました」
防壁にはヴィーケン軍の兵士がおり、アデルたちのやりとりを注視している。
「兵はどれくらいいるの?」
ラーゲンハルトがクライフに尋ねる。
「三百名ほどです。クーデターに賛同できず軍を去った者も大勢おります」
クライフが険しい表情で答えた。
「貴公はヨーギルに忠誠を誓うフリをして、チャンスをうかがっていたということか」
「いえ、それが妙でして……」
キャベルナの問いにクライフは首を振った。
「ヨーギル様はなぜか私が彼らの側に着くと信じて疑っていなかったのです。ですから特に苦労することもなく……」
クライフが首を傾げながら言う。
「彼らがよく言っていたのが、アデル王が私を受け入れるわけがないと。貴族だからという理由なのかと思っておりましたが、キャベルナ様がそちら側におられるのであれば、ヨーギル様の勝手な思い込みだったのでしょうね」
「ま、まぁ、そうかもな」
キャベルナが言葉を濁して誤魔化す。マイズによるアデル暗殺は国家機密であり、エリオットの周囲と実行犯であるマイズたち以外は知らなかった。息子であるクライフにもマイズは秘密を洩らさなかったようだ。
「ですが私はぜひアデル様の下で戦いたいと思っておりました」
「え、そうなんですか?」
クライフの言葉にアデルが不思議そうに言った。
「もちろんですよ! わが父マイズはガルツ要塞でカザラス帝国相手に戦い、そしてカザラス帝国の手下である北部連合に殺されました。ヴィーケン王国の防衛は父の悲願であり、カザラス帝国は父の仇。いえ、父だけではなくヴィーケン軍人皆にとってそうです。そんなヴィーケン軍人にとって、カザラス軍と戦い続け、勝利し続けているアデル様は憧れです! ところがヨーギル様はそのカザラスと繋がっているラーベル教会と手を結びました。ヴィーケンを守る貴族の一員としてあり得ないことです!」
「そ、そうですか」
熱く語るクライフに、アデルは困惑と照れが混じった笑みを返した。
「兄上……エリオット王は無事か?」
キャベルナがクライフに尋ねる。
「地下牢に幽閉されているはずですが……警備が厳重なうえに、ラーベル教会の方が拷問しているようです。血の付いた服で出てくる司祭の姿が目撃されています」
「なんだと! 急いで救出に向かわねば……」
クライフの話を聞き、キャベルナの顔に焦りが浮かんだ。
「ちょっと待った。確認させてほしいことがあるんだ」
そこにラーゲンハルトが割って入った。
「ずっと不思議だったんだけど、クーデター軍はどういう勝算があって蜂起したの? だってもし僕らが大勢の軍を率いて攻め込んできていたら、カザラス帝国が来る前に負けることはわかってたでしょ? カザラス帝国が攻めている最中に蜂起したならわかるんだけど。まあ、カザラス側からすればこっちにうちの軍を引き付けられるから美味しいんだろうけどさ」
ラーゲンハルトが腕を組み、顎に手を当てながら言う。
「ダルフェニア軍の進行がここまで早かったのは想定外だったようです。それとラーベル教会から神の加護を授かったという神官騎士が援軍として派遣されています。数は百名と少ないですが、大男ばかりで驚くほど強いです。彼らの強さを証明するために、神官騎士一人と十人の兵士が模擬戦を行いました。結果は神官騎士の圧勝。試合用の模擬刀だったにもかかわらず兵士には死人が出るほどのバカ力でした。それを見てクーデター軍側の勝利を信じる者も多かったようです」
「そ、そんな部隊が……!?」
アデルはクライフの話に目を見開いた。
「一人で十人……単純に考えると千人の援軍に等しいわけだ。だけどおかしいな。そんなに目立つ大男が百人もガルツ要塞を通ってきたの?」
ラーゲンハルトは首を傾げる。
「旅人のフリして、一人づつ来たんじゃないですか?」
「いや、一人づつでもそんな筋骨隆々の大男が頻繁に通ったら、警備の兵もおかしいと思うでしょ」
アデルの考えをラーゲンハルトが否定する。
「となると……」
「うん。ラーベル教会だろうね。何かしらの魔法的な転移装置があるのは確実だと思う。こうなるとカイバリーを落として急いで教会に踏み込みたいところだけど、そんな部隊がいるとなると現状の戦力だけじゃ厳しいよね」
ラーゲンハルトが険しい顔つきになった。
「う~ん……」
アデルは考え込む。その様子をキャベルナがすがるような目で見つめていた。
「ここはひとつ……牛を使ってみましょう」
「牛?」
アデルの言葉の意味が分からず、キャベルナとクライフは眉をひそめた。
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