ズールの村
ダイソンを引っ張っていたこともあり、ズールの村に着いたのは次の日になってしまった。ズールの村は林の脇に人目から隠れるように存在していた。村の周りには畑が広がっているものの、埋まっている作物は一目で栄養が足りていないとわかる。漂う匂いから家畜がいるようだが、いまのところ姿は見えていない。村の中心には粗末な小屋が十軒ほど建っている。
(たぶん一番大きい家が村長の家なんだろうな)
アデルたちは適当に見当を付けて道を進む。
「お、おい! あんたら! な、なんだそれ!?」
畑仕事中の村人がアデルたちの姿を見つけ、大声で叫ぶ。ダイソンの姿に驚いたようだ。
「あ、これは来る途中でちょっと……」
「『ちょっと』で倒すような魔物じゃないだろ!」
ボロボロの鍬でアデルを威嚇しながら村人が叫ぶ。
「村の者を呼んでくるからそこから動くな!」
「あ、助かります」
村人は親切心で言ったわけではないのだが、アデルはお礼をした。ほどなくして村人数人が手に鍬やほうきなどを持ってやってきた。みな鋭い目つきでアデルたちを睨んでいる。
「何だあんたたちは!」
「我々はハーピー退治の依頼の件でやってきた冒険者だ。そちらの頼みでやってきたのに、この扱いは無礼ではないか!」
イルアーナが負けじと睨み返しながら大きな声で言い返す。
「まあまあ、イルアーナさん、そんなに怒らなくても……」
「……いやアデル、別に怒っているわけではなくて……交渉と言うものがあってだな。こういう最初から威圧的に来る輩に対して、こちらが怯んだり下手に出てしまうと、ずっとその関係性が続いてしまう。だから最初に対等であることを示すためにこちらも強く出る必要があるのだ」
村人に聞こえぬよう、イルアーナが小声でアデルを諭す。
「なるほど……イルアーナさんがいつも高圧的なのはそういうことなんですね」
「……」
アデルの一言にイルアーナは押し黙った。
「ほ、本当にハーピー退治に来た冒険者ですか? 二人だけで?」
イルアーナの交渉が効いたのか、村人は少し態度を軟化させる。
「あぁ。残念ながらハーピー退治に来るような物好きは我々だけだ」
「……わかりました。詳しく説明いたしますので、こちらへどうぞ」
村人の一人、初老の男が村の中へとアデルたちを招く。この男が村長のようだ。
「あの、この牛を買い取ってもらえたりしませんか?」
アデルは村人たちに尋ねた。
「そ、それを?」
村人たちは互いに顔を見合わせる。
「確かに肉は欲しいところですが……あいにくこの村は貧しいですし、どんな味かもわからないので……」
「そ、そうですか……これ食べれるんですよね、イルアーナさん?」
「もちろんだ。普通の牛より美味しいぞ。なにせ良く運動しているし、餌も良いからな」
(運動と餌……よく考えるとちょっと怖い……)
アデルはこのダイソンにムラビット達が襲われていたのを思い出した。
「では、捌いてもらって、半分の肉を干し肉にして僕らにくれませんか? 残りの肉は差し上げますので」
村人たちは一人の男に視線を集める。どうやら彼が精肉担当らしい。
「ま、まあやってみるよ……」
「お願いします。ハーピー退治から戻ってきたら受け取りますので」
運ぶのが大変だろうということでアデルがダイソンを屠畜場まで運ぶ。近くの小屋の中に羊が何匹か飼われているようだ。
「羊を小屋で飼ってるんですね」
「ああ。表に出すとワイバーンとかに食べられちまうからな。手間だけどいちいち人間が草を集めてやらないといけねぇ」
「なるほど……」
(やっぱり、貧者高原での生活は大変なんだなぁ……)
羊小屋に隣接して家畜を解体するための屠畜場があった。
「よいしょ」
血が染み込んだ作業台にダイソンを乗せる。周りにはあまり使い道を想像したくない、いくつかの器具が置かれていた。
「それじゃお願いします」
「わかった」
やっとダイソン運びから解放されたアデルは肩を回してコリをほぐすと、村長の家へと向かった。
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