ムラビットの巣
しばらく歩くと、岩が数個転がっている場所に来た。ダイソンの皮膚は頑丈で、引きずってもいまのところ傷んでいる様子はない。
「ここや、ここや」
鎧を着たムラビットが一つの岩に近寄る。確かに岩に隠れるように穴が開いていた。しかしアデルやイルアーナが入るには少し小さい。
「ちょっと待っててな」
ムラビットは穴に上半身を突っ込む。
「おーい、帰ったでぇ!」
「ノックはん、無事だったんかいな!」
「当たり前や、いてこましたったわい! それより、ちょっとだけ加勢してくれた人間を招待したさかい、中を広げてくれへん?」
「人間? えらいもん連れてきよったな」
そのムラビットは穴の中の別のムラビットと会話しているようだ。
「よっしゃ、こっちもいくでぇ!」
ムラビットはモコモコの手を入り口にかざす。すると少しづつ入り口の穴が広がっていった。
「魔法?」
アデルは驚いて声を上げる。
「土の精霊魔法だな。かなり洗練されている。穴を掘る魔法はそれほど難しくないが、穴が崩れないように周りの壁が均一かつ高密度になるよう調整しているようだ」
「へぇー」
イルアーナの解説に、アデルはよくわかっていないが感心した。
「こんなもんでええやろ。さあ、入っとくれや」
穴を広げ終わったムラビットがアデルたちを手招きする。ダイソンは大きすぎるので入り口の脇に置いておくことにした。
「あ、お肉よかったらお分けしましょうか?」
アデルはムラビットに聞いた。
「そんなけったいなもん、いらんわ。わてら草しか食わへんねん」
「あぁ、そうなんですね」
アデルたちはムラビットの招きに応じ、穴の中へと入っていった。
穴の中はギリギリ人間が立てる高さだった。壁や家具に至るまで、全て土をくり抜いて作られた物のようだ。部屋の真ん中には机と数脚の椅子があり、壁際には十匹以上のムラビットが並び、興味深げにアデルたちを見ていた。白いモコモコのムラビット達の並ぶ姿は完全にメルヘンの世界だ。心なしかイルアーナの目が輝いていた。
「やっぱ人間はデカいなぁ」
ムラビットの一匹が鼻をひくつかせながら言う。他のムラビット達からも「せやなー」と声が上がった。
「さあさあ、座ってぇや」
鎧を着たムラビットが兜を脱ぎながらアデルたちに着席を促し、自分も椅子の一つに座る。アデルたちもそれに倣って椅子に座った。ただ椅子も机も少し小さい。
「いやー、今日は助かったで。わてはノック、このサカイ村の村長をやらしてもろてます。あのダイソンはこの辺をうろついててな、追っ払おうとしたら、逆に追われてしまったわけや。ぎゃはははっ!」
「そ、そうなんですね。僕はアデルと申します。よろしくお願いします」
エプロンを付けたムラビットがお茶を運んできてくれた。ムラビットは熱いお茶が苦手なのか、だいぶぬるい。アデルはお茶をすすりながらノックの能力値を確認する。
名前:ノック
所属:サカイ村
指揮 55
武力 58
智謀 35
内政 48
魔力 55
最初に見たときに能力値はわかったのだが、ダイソンに追われていたのでゆっくり吟味する時間がなかったのだ。他のムラビットも総じて能力値は高くはないが、魔力はそこそこある者が多かった。
「ムラビットは人里に近づかないと聞いているが、なぜこんなところへ来たのか確かめてくれ」
イルアーナがアデルに耳打ちする。イルアーナの吐息が耳をくすぐり、アデルはピクッとなった。
「どうしてこんな人里近くまで来たんですか?」
「いやー、それがのぅ。わてらはもっと山の近くに住んでたんやが、最近魔物が増えてもうてな。前はワイバーンはんがしょっちゅう飛んでたさかい、あんまりおらんかってんけど、ワイバーンはんがあまり来なくなってな。わてらは人間も怖いさかい、あまり近づきたくないんやけど、しゃあないねん」
「なるほど……」
アデルがイルアーナに通訳すると、イルアーナも納得して頷いていた。しかしイルアーナは心ここにあらずといった感じで、しきりに横目でなにかをチラチラと見ている。アデルが視線の先を追うと、ムラビットの子供が他のムラビットの足に隠れてこちらを伺っていた。
(めちゃくちゃ抱きたいんだろうな……確かにかわいい……)
アデルたちに見つめられたのが怖いのか恥ずかしいのか、ムラビットの子供は大人のムラビットの後ろに完全に隠れてしまった。
「ノックさんたち以外にも、ムラビットの村はこの辺にあるんですか?」
「ムラビット? あぁ、自分らわてらのことそう呼んどるんか。わてらオオウサカ人言いまんねん」
「オオサカ人?」
「ちゃうちゃう、オオウサカ人や!」
(……なるほど、大きいにウサギにシカで「大兎鹿人」か……)
アデルは納得した。
「他にオオウサカ人の村はあるんですか?」
「わてら含めて三つあったはずや。だいぶ離れてしまったから無事かわからへんけど」
「そうなんですね……他の皆さんも無事だと良いですが……」
なんとなく親しみやすい彼らのことがアデルは気に入り始めていた。
「ちょうどこの近くの人間の村に行くところなんで、ノックさんたちに手を出さないようにお願いしてみます」
「おお、頼んますわ。人間に襲われないか心配で夜しか寝られへんからなぁ」
ノックがそう言ってアデルの方に顔を近づける。
「……?」
アデルは訳が分からずきょとんとする。
「夜に寝るのは当たり前やんけ!」
「そらそうか、ぎゃははは!」
周りにいたムラビットの一匹が突っ込むと、ノックは笑い声をあげた。
「兄ちゃん、次からは兄ちゃんが突っ込んでな。ボケたら、突っ込む。これがわてらの礼儀やさかい」
「は、はぁ……」
(親しみやすいけど、直接は関わりたくないかもしれない……)
愛想笑いを浮かべながらアデルは思った。
「たいしたお構いもできず、すんまへんなぁ」
お茶を飲み終え、ムラビット達の巣穴から出たアデルたちにノックが声をかける。
「いえいえ、ごちそうさまです。ありがとうございました」
アデルは居並ぶムラビット達にぺこりと頭を下げる。
「さて、すっかり遅くなってしまった。先を急ぐとするか」
イルアーナが言う。
「……イルアーナさん、その子、そろそろ放してあげてください」
「え?」
イルアーナの腕の中にはムラビットの子供がいる。いつの間にか懐いたようで、イルアーナの柔らかな胸に顔をうずめていた。
「……どうしてもか?」
「どうしてもです」
イルアーナはちょっと恨めしそうな目でアデルを睨んだが、ムラビットの子を地面に放した。ムラビットの子供は短くて丸い手を何度か振ると、親の元へ戻っていった。
ムラビット達に見送られ、アデルたちはズールの村へと急いだ。
お読みいただきありがとうございました。