モコモコとの遭遇
ハイランドを出発したアデルたちはハーピー狩りの依頼のあったズールの村へ向かっていた。ポチはアデルの肩に、物干し竿に干された布団のような感じでだらりと乗っかっている。自分で歩こうという意思が全く感じられない。
この辺りまで来ると、もう道と言えるような道はなかった。方向感覚に優れたイルアーナがいなければアデルは迷っていただろう。道標があればいいのだが、この辺の村は税金や兵役から逃れてきた者も住みついていることがあるため、わざと置いていないのかもしれない。
「ん?」
アデルはある方向が気になって足を止めた。
「どうした?」
「何かこっちに来ます……」
アデルの気にしている方向にイルアーナも目を向ける。何か白いものがちょこまかと動いていた。
「……ウサギ?」
アデルの目にはウサギにしか見えないものが三匹、映っている。しかし大きさは人間の子供ほどあり、二本足で走っていた。頭には小さいがシカのような枝角が生えている。三匹とも手には槍を持っており、一匹は鎧のようなものまで身に着けていた。
「あれはムラビットだな」
「ムラビット?」
「大人しい草食の動物だ。知能もあり、村を作って生活しているらしい。あまり人里には近づかないはずだが……」
イルアーナは興味深げにムラビットたちを見つめた。
「何かに追われているみたいですね」
ムラビットたちは後ろの黒い何かに追いかけられているのか、時々それを槍で威嚇しながら必死に走っている。
「まずいな、あれはダイソンだ」
「ダイソン?」
「ああ。風魔法を使える牛の魔物だ。体に渦状の風をまとわせて、とんでもない突進力で攻撃するらしい」
「……なるほど」
アデルはダジャレっぽい名前が気になったが、弓を構えるとダイソンに狙いを定めた。
「きゅー」
戦いの気配を察知したポチはアデルの荷物袋に退避する。
「やるのか?」
「追われている子たちがかわいそうですし」
「わかった。私が足を止める」
イルアーナがダイソンの方に手をかざし魔力を練り始めた。
「拘束!」
イルアーナの言葉とともにダイソンの目の前の地面から植物の根が飛び出し、その足に絡みついた。
「ブモッ!?」
走っていた最中に急に足を止められ、ダイソンは頭から地面に倒れこむ……かに思われたが、突如ダイソンの周りに風が渦巻き、ダイソンを支えると同時に絡みついた根が引きちぎられた。
「破られた!」
「充分です!」
悔し気にイルアーナは呟くが、アデルの弓は足を止めたダイソンに狙いを定めていた。引き絞られた弓が咆哮を上げるかのように音を立てて矢を解き放つ。次の瞬間にはダイソンの側頭部に深々と矢が刺さった。重い音を立ててダイソンの巨体が地面に倒れた。
ムラビットたちは訳が分からずキョロキョロしていたが、とりあえず危機が去ったことでその場にへたり込んで肩で息をしていた。
アデルたちは念のため警戒しながら倒れたダイソンに近づく。ダイソンは乗用車ほどの大きさがあり、近くで見るとよけいに迫力を感じた。まだ微かに痙攣してはいるが、完全に事切れているようだ。
「分厚い皮膚に頭蓋骨、それに風魔法をまとっていたはずだが一撃か……見事だな」
ダイソンの状態を見てイルアーナが唸る。
「ありがとうございます」
アデルはダイソンに刺さった弓を引き抜く。鉄製の矢はまだ再利用できそうだ。アデルは矢の血を拭うと、矢筒に戻した。
「さて……」
アデルは振り返る。その視線の先にいたムラビットたちがビクッと体を震わせた。槍を振り回してアデルたちを威嚇する。大きなモコモコのウサギたちが動いているのはアニメのようだ。
「な、なんやワレ! やる気か!」
「いてもうたるでぇ!」
その声はムラビットたちから発せられた。
「えっ、この子たちしゃべれるんですか?」
「ああ。私にはわからんがな」
「イルアーナさんにはわからない?」
アデルには関西弁にしか聞こえないのだが、イルアーナには通じないらしい。たしかにテレビなどで慣れ親しんでいなければ、意味が分からないのかもしれない。
「なんや、自分? 言葉通じとんのか?」
「そんなわけあれへんやん」
「いや、通じてますよ」
「「「通じとるんかーい!」」」
三匹のムラビットが一斉にコケる。
「アデル、こいつらの言葉がわかるのか?」
「ええ、なぜか……」
アデルはムラビットが起き上がるのに手を貸す。真っ白い体毛がふわふわで気持ちがいい。
「すまへんな、兄ちゃん」
「助かったわ、恩に着るでぇ」
「お礼にうちで茶でもしばいてってぇや」
ムラビットたちがぴょこぴょこ動きながら話す。
(危ないかもしれないけど……関西弁が胡散臭すぎて逆に信用できるような……)
「イルアーナさん、彼らが家に招待すると言ってます」
「信用できるのか?」
「たぶん……」
アデルは自信無げに答える。
「わかった。だがな、アデル」
「おおっ!?」
「いちいち他の生物同士の戦いに構っていたらキリがないぞ」
「おおう……」
「かわいそうだが自然界は弱肉強食。我々は出来る限り関わるべきではない」
「おふぅ……も、もう堪忍してや……」
「それはわかるんですが……イルアーナさんも彼らをすごい気に入ってるみたいですけど」
「え?」
イルアーナは話しながら、無意識にムラビットの一匹を撫でまわしていた。そのムラビットは恍惚の表情を浮かべて失神寸前になっている。
「こ、これは危険がないかどうかを調べたのだ!」
「そ、そうですか……」
顔を赤くして否定するイルアーナをアデルは少し疑った目で見つめる。
「そっちのお姉ちゃんもええみたいやな」
「お仲間を撫でまわしちゃってすいません」
「かまへん、かまへん! 毛づくろいは親密の証や!」
鎧を着たムラビットは豪快に笑った。
「せっかくだ、アデル。このダイソンを持っていけ。ズールの村に持っていけば売れるかもしれん」
イルアーナがダイソンの死骸を顎で示した。
「いや、こんな大きいの持てませんよ!」
「お前の力なら引きずっていけるだろう」
「いやいや絶対に無理ですって!」
「やってみろ」
アデルは否定したが、イルアーナに促され仕方なくダイソンの死骸を引っ張ってみる。ズルズルとダイソンの体が移動した。
「あ、いけました」
「「「いけるんかーい」」」
ムラビットたちが一斉にコケた。
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