ホプキンの報告(カナン)
セルフォードでの村長会議も終わり、アデルたちはカナンへと移動した。軍や祭りで使用する資材は遅れて到着する予定だ。ソルトリッチ州とガーディナ州の統治がスムーズに進んでいるため、アデルと軍の主力がミドルンへと戻る予定も決められた。また王都であるミドルンでも戦勝記念の祭りが計画されている。祭りでは無料で酒を配ったりと出費も多いため、財務を司るヨーゼフは渋い顔をしていた。
「アデル様、ご勝利おめでとうございます」
カナンの町に到着したアデルをホプキンが笑顔で出迎える。
「あ、ホプキンさん。ありがとうございます」
アデルは照れ笑いを浮かべ、頭を下げた。アデルに同行しているのはイルアーナ、ポチ、ピーコというお馴染みのメンバーだ。
カナン城に行く道すがら、アデルはホプキンからガーディナ州の現状報告を聞く。とはいっても重要な報告は風魔法によって報告されているため、確認と世間話がほとんどだ。
(懐かしいなぁ……)
半年ぶりのカナンの街並みをアデルは感慨深げに見まわした。森を出ることが稀だったアデルにとっては、数えるほどしか来たことがなくても唯一の郷愁を感じる町だった。
「そういえばアデル様、不遜なものが街中の広場に設置されておるのですが……いかがいたしますか?」
「不遜なもの?」
アデルは首をかしげる。
「はい。アデル様の墓という石碑が……」
「あぁ! ありましたね、そんなの!」
懐かしさからアデルの声が大きくなる。暗殺された”英雄”アデルがカナンの近くの出身ということで、アデルの慰霊碑が作られていたのだ。アデル自身も冒険に旅立つ際、イルアーナとともに現物を見ている。
「アデル様の墓などけしからんと撤去しようかとも思ったのですが、一応お伺いを立ててからと思いまして」
ホプキンが芝居っぽく怒りを浮かべながら言う。責任を取りたくないホプキンは自分の判断では行わず、なおかつ緊急性もないことからアデルが来るまで対応を待っていたのだ。
「う~ん、せっかく作ったものを壊すのももったいないですし……マイズさんのお墓にしましょうか」
「は? ア、アデル様がそうおっしゃるなら……」
ホプキンは目を見開いて驚いたが、言葉を飲み込んだ。
「ずいぶんと皮肉だな」
話を聞いていたイルアーナが口を開く。
「え? そうですか?」
アデルはきょとんとしてイルアーナを見る。
「そうだろう。お前を殺そうとしたマイズが作った墓を、マイズ自身の墓にするのだからな」
「ええ、私もそう思いました」
イルアーナの言葉に、汗を拭きながらホプキンが頷く。
「い、言われてみれば……じゃあジブラで虐殺された人たちの慰霊碑にしましょうか」
「なるほど。北部連合による民間人虐殺をアピールすることで、我らの統治の正当性も主張できます。良いのではないでしょうか」
「いや、そういう目的ではないんですけど……」
納得するホプキンにアデルは苦笑いする。
「ああ、それと冒険者ギルドからアデル様に謝罪したいと面会の申し入れがございました」
「冒険者ギルド?」
アデルは首をかしげる。
「ええ。なんでも以前、アデル様に無礼を働いてしまったとかで……」
「あー、ありましたね。そんなことも……」
アデルは冒険者ギルドで笑われたことを思い出した。
「別に気にしてないから大丈夫ですと伝えてください」
カナンでも多くの有力者がアデルに取り入るため面会を求めている。元々人見知りなアデルはそういった話し合いが苦手なため、できるだけ数を減らしたかった。
「あの横柄なギルド店員がどういう反応をするのかは見てみたかったな」
アデルと一緒に現場にいたイルアーナが言った。
「か、かわいそうですからやめましょうよ」
「冗談だ」
顔を引きつらせるアデルにイルアーナが微笑を浮かべながら言った。
「僕は一休みしたら黒き森に出発します。村長会議とお祭りの準備をよろしくお願いします」
「承知しました」
アデルが言うとホプキンは恭しく礼をする。アデルたちが一足先にカナンに来た理由は、マザーウッドを訪れるためだ。妊娠したマティアのお祝いに、フェンリルへのポチの顔見せ。それに道中、アデルの家にも寄ることになっている。
「あっ、クッキー屋さんだ!」
アデルは途中、一軒の店に目を止める。そこはパンを売るのがメインの地味な店だったが、子供向けにクッキーも焼いていたのだ。子供のころ、アデルが憧れた店であった。
「ほう、クッキーか。ちょうど食べたかったところじゃ」
ピーコが目を輝かせる。そしてアデルとピーコは駆け込むように店へと入っていった。
「うわー、良い匂い……」
アデルが店内に漂う香ばしい匂いを吸い込む。店内にはかごに入ったパンやクッキーが置かれ、おいしそうな匂いを放っていた。遅れてイルアーナやホプキンたちも店へと入ってくる。
「ダ、ダークエルフに……ホプキン様!」
店主が入ってきたイルアーナとホプキンを見て、慌てて店の奥から出てきて頭を下げた。
「すいません、クッキーを……」
アデルが店主に話しかける。
「ちょっと待ってろ!」
店主は険しい表情をアデルに向け、話を遮った。
「ホプキン様、いったい何をご入用でしょうか?」
店主は表情を営業スマイルに一転させると、ホプキンに話しかける。
「い、いや、私ではなくて……アデル様にご注文を伺いなさい」
ホプキンは困った顔でアデルを指し示した。
「アデル様……?」
店主はぎこちなくアデルの方を振り向く。アデルは気まずい表情をしていた。
「す、すみませんでした! お詫びにクッキーを半額……いえ、無料でいくらでもお持ちください!」
状況を察した店主は即座に土下座をする。
「いやいや、正規の値段で結構ですからクッキーを……」
アデルは両手を振りながら苦笑いを浮かべた。
「おお、見る目があるのう。ミス・クッキーとは我のことじゃ」
「パンもちょうだい」
しかしそんなアデルの横で、ピーコとポチが勝手に商品に手を伸ばしていた。
「あー、ダメだって! すいません、全部お代は払いますから……」
「いえ、結構です! いくらでもお持ちください!」
お金を払おうとするアデルに店主が首を振り、断固受け取りを拒否する。そして結局、アデルはありったけのクッキーといくつかのパンを無料で貰ってしまった。
しかし翌日からそのパン屋は「あのアデル王が買い占めた極上のクッキー!」という宣伝文句でクッキー専門店に転身し、連日大盛況となるのであった。
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