再起(セルフォード)
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しばらく投獄されていた塩商人のマーヴィーは数日間の療養の後、自分の屋敷へと戻るところであった。
レネンの統治下では、多額の賄賂でレネンに取り入ったマーヴィーが『必需品である塩を安定供給するため』という大義名分で塩の生産、販売を独占していた。しかし神竜王国ダルフェニアの統治下ではそういった特権は廃止され、自由競争となる。早くも複数の商人が塩田の建設を始めていた。
商人たちはマーヴィーが捕まる前までは媚びを売ることに必死であったが、マーヴィーが勢いを失った今、その牙をむき出しにして対抗し始めていた。
(それにしても「自由競争」と言いつつ、何かと制限が多いな……)
労働者の勤務条件や塩の販売価格の上限など、商人側にとってはいろいろと厳しい条件が課せられている。
マーヴィーは顔をしかめ、経費や価格の計算をしながら歩き続けた。
「マーヴィー様!」
そんなマーヴィーに声をかける者がいた。マーヴィーが振り向くと金獅子傭兵団のアルバートが立っていた。
「これはこれは、アルバート殿」
いつもであれば商人らしく作り笑いを浮かべるところであるが、マーヴィーは無表情に会釈した。
「すみませんでした、マーヴィー様」
アルバートは頭を下げる。
「私を裏切ったことですかな?」
「え? ええ……」
特に怒りの色を見せないマーヴィーに戸惑いつつ、アルバートが頷く。
「かまいません。自分の利益になる方を選ぶ。それは当然のこと」
「そ、そうですか?」
あっさりと言うマーヴィーに、さらにアルバートは戸惑った。
「ですが口惜しいのはオコーネル殿が選択を誤られたこと。レネンごとき凡人がアデル様に勝てるわけがなかったのですから」
「おっしゃることはわかります……」
マーヴィーとともにミドルンを訪れたアルバートは、神竜王国ダルフェニアの勢いと、彼らの常識が通じない相手であることを感じていた。しかしレネンやオコーネルはあくまでも彼らの常識の範囲内でしか考えられていなかった。もっとも、もしレネンやオコーネルがミドルンに行っていたとしても考えが変わったかは分からない。
「年寄りは変わることを嫌い、今までと同じことをするのが安全で最善だと思ってしまう。まあオコーネル殿が私の提案を受け入れていても、アデル様には勝てなかったでしょうが……」
マーヴィーの言葉にアルバートはややムッとした表情になる。
「金獅子傭兵団は俺が立て直します。そのうちアデルが頭を下げて雇わせてくれって言うような傭兵団にして見せます」
「ほう、奇遇ですな。私もアデル様の下で再出発するところですよ。もう一度、大商人として返り咲いて見せます」
不敵な笑みを浮かべるマーヴィーを見て、アルバートは少し不安になった。
「マーヴィー様……うまくは言えないけど……アデルが成功した理由のひとつは、『自分が』ではなく『みんなが』幸福になれるようにって考え方だと思うんです。それで多くの人がアデルを支持してるのかと。マーヴィー様も、あまりご自身が儲けようとばかりお考えにならない方がいいのかも……」
「なるほど」
アルバートの言葉にマーヴィーは興味深げに頷いた。
「わかりました。ご忠告感謝いたします」
「良かった……一緒に頑張りましょう」
納得したマーヴィーを見てアルバートはほっとする。
そして二人は互いの健闘を祈り、その場を離れた。
(『みんなが』幸福になれるように……か)
歩きながらマーヴィーは思考を巡らせる。
(だとすれば、そんな中で私が自分の利益を追求すれば一人勝ちではないか)
マーヴィーは一人ほくそ笑んだ。
そしてマーヴィーは自分の屋敷へと到着した。大きな屋敷は買い手がつかず、マーヴィーが幽閉されてから閉鎖されていた。ところどころ窓が割られ、盗賊が入り込んだ形跡がある。中も荒らされていることだろう。
屋敷の前の庭には多くの人が集まっていた。全員がみすぼらしい格好をしている。塩田で働いていた奴隷、もしくはそれに近い立場の労働者たちであった。
「マーヴィー様!」
マーヴィーの姿を見た労働者たちの顔が輝く。多くの歓迎の視線を浴び、マーヴィーは戸惑い足を止めた。労働者たちのそんな顔を見たのは初めてだった。
「お、お前たち……またよろしく頼むぞ」
「はい!」
マーヴィーが言うと労働者たちが元気よく返事をした。
「いやー、良かったです! 新しい商人のところはマーヴィー様よりも扱いがひどくて……」
労働者の多くは塩田とともに他の商人たちに与えられたが、労働環境は以前よりも劣悪なものだった。相手の足元を見て安く買いたたこうとするのが普通の商人の習性だ。また戦争やマーヴィーがいなくなったことによる流通の混乱もあり、労働者たちに支払われる給金や配給される食事は減らされていたのだ。
「そ、そうであったか」
マーヴィーは状況を理解した。良くも悪くもマーヴィーは労働者たちを人間として見ていない。他の商人たちは労働者たちを蔑んだり体罰を与えたりと心をもてあそぶこともあったが、マーヴィーはそういったことに関心がないのも労働者たちから印象が良くなっていた。
「あー、神竜王国ダルフェニアでは奴隷を廃止するとのことだ。よってお前たちはこれから一般労働者として働いてもらうことになる。それに伴い、賃金等も大幅に上がることになる。また、もしその条件が不服であればここから出ていくこともできる。お前たちは自由だ」
マーヴィーはアデルと取り決めた事柄を労働者たちに説明する。はじめは自由と言われてもピンと来ていなかった奴隷たちの顔も、話を聞くにつれ喜びにあふれていった。
「す、すごい……やはりマーヴィー様の目は間違っていなかったんだ!」
奴隷の一人が声を上げる。
「ん? どういうことだ?」
「だってマーヴィー様はこうなることを見越して神竜王国ダルフェニアの下見に行き、レネン様を倒そうとしたんでしょ? 残念ながら上手くはいきませんでしたが……」
どうやら労働者たちはマーヴィーの謀反が神竜王国ダルフェニアに加担するためのものだったと勘違いしているようだった。
「……まあそうだな。アデル様は庶民の生活にもご配慮をくださるお優しいお方だ。アデル様の下で、私も心機一転を図る。ぜひ皆の力を貸してほしい」
その勘違いを訂正することなく、マーヴィーは頷き労働者たちを見渡した。
「もちろんです! マーヴィー様バンザーイ!」
労働者たちの歓声に包まれ、マーヴィーはにやりと笑みを浮かべたのだった。
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