王族たち
論功行賞を終え、カイバリー城の一室には懇親の名目で最も有力な貴族のみが集まっていた。
「ハイミルトめは帰ったのか?」
エリオット王が高級ワインが入ったグラスを弄びながら確認する。
「はっ。ガルツ要塞を長く空けるわけにはいかないと、真っ先に帰りました」
キャベルナ総帥がエリオット王の問いに答える。
「ふん、相変わらずの堅物だな。まあその方が都合がいいが……」
ブルーノ宰相が窓の外を眺めながら呟く。
「カザラス軍の動きは?」
「ロスルーに閉じこもっているだけで援軍等が来る様子はありません。ジークムントの後を継いだ敵の指揮官が、ただの放蕩息子という噂は本当のようですな」
キャベルナ総帥がカザラス帝国の現状をエリオット王に説明した。ジークムントは第二次ガルツ防衛戦でカザラス軍を率いた将であり、皇帝ロデリックの第一子にして長男、「カザラスの未来」とまで称されるほど才能にあふれた皇子であった。
第一次ガルツ防衛戦はカザラス帝国側からすれば様子見程度の戦いであったが、ジークムントが率いた第二次戦での敗北は衝撃をもたらした。ヴィーケン側はこの勝利に沸き立ち、その後のカザラス帝国との戦いを楽観視する原因ともなる。
「アデルとやらはちゃんと始末したのだろうな?」
「も、もちろんです……」
マイズがエリオット王に答える。
「しかし、本当に良かったのですか? 生かしておけば次の戦いでも役に立ったでしょう」
ブルーノ宰相が疑問を口にする。
「戦場において個人の力などたかがしれている。重視すべきは組織立った集団とそれを作るための体制、つまり軍と国だ。今回、敵を退けられたのも、あくまでもガルツ要塞のおかげ。ヴィーケン王国の戦略の勝利なのだ。それに、言われているほどの戦果を挙げたのかは不確かなのだろう?」
キャベルナ総帥は不機嫌そうに言った。偉そうに言っているが彼に実戦経験はほとんどなく、全ては本で得た知識だ。
「ええ。アデルは弓使いでしたし、他の者が見えないほど遠い敵でも討ったと言っていましたから……」
「ほら見ろ。確認できないのをいいことに、戦功をでっち上げて英雄などとおこがましい。ガルツ要塞と軍さえいれば英雄などいなくても敵は撃退できるのだ」
マイズの言葉にキャベルナ総帥は鼻を鳴らした。戦意高揚のために確認できなくても事実として扱ったのは軍の方なのだが。
「死んだ男の話はそのくらいでいいだろう。おかげで今回の論功行賞は安く済んだ。とにもかくにも我々の目的はヴィーケン王国の存続だ。そのために多少の犠牲が出るのは止むを得ん。皆、今後とも頼んだぞ」
「はっ!」
敬礼する部下たちをエリオット王は冷たいまなざしで見つめた。
「ヴィーケンの軟弱者どもめ!」
ウルリッシュは自室で声を荒げた。寝室と居間の二部屋からなる士官用の部屋だ。元は豪華な客人用の部屋が割り当てられていたが、段々と彼らの扱いは悪くなっていた。
「仕方ないよ、おじいちゃん。みんな自分の国を守るので精一杯なんだよ」
「オレリアン……すまんな、わしが不甲斐ないばっかりに……」
オレリアンはウルリッシュが国を抜け出す際、孫として一緒に連れて来た赤ん坊だった。丸みを帯びた美しい顔には幼さが残る。
「あきらめてはなりません」
「そうですとも、サラディオ様もきっと再興の時を伺っているはずです」
二人の騎士、サージェスとウッディが言った。二人は当時は新米騎士でウルリッシュの下に配属されたばかりだった。話に出て来たサラディオとはサラディオ・パトリシャール、ハーヴィル王国の王子だった子供だ。当時まだ幼い子供であったが、ハーヴィル陥落の際に行方不明となっていた。
「このままカザラスに一矢報いることもなく、異国の城で朽ち果てる……そんなことはまっぴらだ」
ウルリッシュは肩を落とす。白獅子と恐れられた彼も年齢による衰えは日に日に強く感じるようになっていた。
(あと何年、体が動くのか……言われた通り、一人でカザラス軍に突撃して死ぬのもありか……)
ウルリッシュは焦りからそんなことを考える。
「おじいちゃん、自暴自棄にならないでね」
ウルリッシュの胸の内を知ってか知らずかオレリアンがそう言いながら手を握った。
「きっと好機は巡ってくるよ。それを待とう」
「オレリアン……いや……」
ウルリシュは小さく何かをつぶやくと、手を握ったままオレリアンの前にひざまずき、頭を垂れた。
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