鮭狩り(ヨダ川)
「キ、キングサーモン!?」
目の前の巨大な鮭にアデルは唖然とした。
「長年生きた鮭は成長し、キングサーモンとなる。この辺りの川では最強の魔物だ」
イルアーナが険しい目つきで言う。
「きょ、距離があるうちに倒しましょう!」
アデルはそう言うと弓に矢をつがえた。イルアーナやメルディナ、ニンフたちも呪文の詠唱を始める。
「えい!」
アデルは矢を放つ。風魔法により威力を増強した鉄の矢だ。これまで多くの敵を倒してきた必殺の一撃。
しかしその矢はキングサーモンの額に呆気なく弾かれると、力なく水中へと落ちていった。
(刺さりもしない……!)
アデルはキングサーモンの硬さに驚愕する。キングサーモンはアデルたちを虫けらでも見るかのように見下すと、咥えていたハンターベアを呑み込んだ。そして水中に姿を隠すと猛然とアデルたちに向かって泳ぎ始める。巨体のためか、キングサーモンの背中は水面から露出していた。
「雷屠人喰!」
「青い稲妻!」
メルディナとニンフたちからそれぞれ雷撃が放たれる。その雷撃はキングサーモンに命中し、閃光を放った。その雷撃は水を伝ってアデルたちの方にも向かってくる。
「隔離障壁!」
ピーコが叫ぶと、雷撃はアデルたちの直前で見えない壁でもあるかのように遮断されていた。雷耐性のあるニンフたちや船に乗っているアデルたちはともかく、川オークたちに届いていたら無事では済まなかっただろう。
(すごい威力……! これなら……)
雷撃の放つ光に目を背けながらも、アデルはキングサーモンの様子を伺う。しかしキングサーモンはそれを意に介さず、速度を利用して空中に飛び出すとアデルたちへと飛び掛かった。
(効いてない!)
アデルがキングサーモンを見て驚愕する。
「水撃!」
イルアーナの声に応じ、硬い水の塊がキングサーモンの顎を襲った。ガンッという衝撃音とともにキングサーモンの軌道がずれ、アデルたちの後方に落下する。しかしダメージを負った様子はなく、そのまま泳いで距離を取ると再び反転してアデルたちの方を向こうとしていた。
「垂直落下馬刺!」
上空にいたヴィクトリアが槍を構えたままキングサーモンの背中目掛けて急降下する。体重と速度と重力に腕力、全てが破壊力となりランスの先に集中する。
ガキンッ!
破片が周囲に飛び散った。しかしそれはキングサーモンの鱗ではなく、折れたヴィクトリアのランスのものであった。
「くっ!」
腕が壊れそうな衝撃を受け、ヴィクトリアは力なく水面に落下する。それだけのリスクを背負った攻撃であったが、キングサーモンの鱗には少し傷が入った程度だった。
「ヴィクトリアさん!」
アデルはヴィクトリアを心配し叫ぶ。幸か不幸か、キングサーモンは川に落ちたヴィクトリアではなく大勢いるアデルたちの方に意識を向けていた。それだけヴィクトリアの攻撃が効いていないという証でもある。
「参ったな。あの鱗をどうにかせんと、何のダメージも与えられぬぞ」
ピーコが向かってくるキングサーモンを睨み、呟いた。
「シャスティアさん!」
アデルが剣を抜きながら上空のシャスティアに向かって手を上げる。シャスティアはそれに気づくと、上空から降下しながらすれ違いざまにアデルの腕を掴み、再び上空へと引き上げた。目の前で空に逃げる獲物を見てキングサーモンは一瞬動きを止めたが、残った獲物をしとめるべく再び泳ぎ始める。
「に、逃げるんですか!?」
ミキがアデルを見て焦りだした。
「馬鹿なことを言っている暇があったらもう一度、攻撃魔法の準備をしろ!」
イルアーナがミキを叱ると、自身も呪文を唱え始める。
「いったいどうするのですか?」
「さっきのヴィクトリアさんみたいに、急降下しながら僕をキングサーモンに投げつけてください!」
「承知しましたわ」
アデルの指示に従い、シャスティアがキングサーモンに狙いを定める。
「なるほど、そういうことか」
イルアーナもアデルたちの動きを見て、その意図を察した。
「来るぞ!」
メルディナが鋭い声を上げる。キングサーモンが再び水中から飛び出し、ボートに向かって襲い掛かろうとした。
「今です!」
アデルの声に応じ、シャスティアがアデルをキングサーモン目掛けて放り投げる。
「風よ!」
アデルは自身の剣に風の精霊力を纏わせると、キングサーモンの額目掛けてそれを突き出した。
「水撃!」
アデルの攻撃に呼応し、イルアーナも魔法を発動する。硬い水の塊が再びキングサーモンの顎を襲った。
「えいっ!」
アデルの剣がキングサーモンの眉間に命中する。下からのイルアーナの攻撃により、上からの力が下に逃げる事もない。アデル、シャスティア、イルアーナの合わさった力が、全てキングサーモンの眉間に集中した。
ズシュッ……!
硬い手ごたえの後、間違いなく剣が肉に潜り込むのをアデルは感じた。刀身が三分の二ほどキングサーモンの体内に埋まっている。
「刺さった!」
衝撃で両腕を痺れさせながら、アデルは攻撃の手応えに頬を緩ませる。
「シャァーッ!」
空中で身をよじりながらキングサーモンが叫ぶ。怒りの形相でアデルを睨んでいた。キングサーモンの巨体では、額に剣が刺さろうとも致命傷にはならなかった。
「あの剣目掛けて雷撃を!」
そして川へと落下する最中にアデルはそう叫んだ。
「心得た」
ピーコが素早く空中へ舞い上がると、キングサーモンの前に躍り出る。
「餌眉付雷!」
ピーコの放った雷撃が空気を切り裂き、一直線にアデルの剣へと吸い込まれる。キングサーモンの表皮を貫いているアデルの剣は、ピーコの雷撃をキングサーモンの頭部内へと導いた。
「シャァァァァァーーーッ!?」
キングサーモンの叫び声が上がる。水面に落下したその巨体がのたうち回っていた。
「効いているぞ!」
メルディナが暴れるキングサーモンのせいで揺れるボートにしがみつきながら叫ぶ。
「川オークは退避! ニンフは雷撃を放て!」
同じくイルアーナがボートにしがみつきながら指示を出した。揺れるボートの上のせいで自身は攻撃どころではなかった。
「わかりました! みんな、行くよ!」
ミキがニンフたちに指示を出す。川オークたちは雷撃に巻き込まれないよう、距離を取った。アデルも慌てて岸に上がる。暴れるキングサーモンの作り出す波のおかげですぐに岸に到達することができた。ヴィクトリアも同じく岸に上がっているのが見える。
「青い稲妻!」
ニンフたちが一斉に魔法を唱えた。青い奔流がキングサーモンに襲い掛かる。
「シャァァァーーーーッ!」
キングサーモンの巨体が大きく痙攣する。バチバチと周囲の空気が音を立てた。電撃が収まるにつれ、キングサーモンの痙攣は収まっていく。そして完全に雷撃が収まると、キングサーモンの巨体は力なく水面に浮かぶだけとなっていた。焦げた匂いが周囲に漂う。若干だが、焼き魚のような美味しそうな匂いになっていた。
「倒せた……」
岸にへたり込みながらアデルが呟く。
「すごい! 川の主を倒しちゃった!」
ボートの傍らではニンフたちと川オークたちが手を取り合って喜んでいた。川に住む彼らからすれば、キングサーモンを倒すなど信じられないことであった。
「ヴィクトリアさん、大丈夫ですか!」
アデルが少し離れた場所で同じくへたり込んでいるヴィクトリアに声をかける。
「大丈夫です。腕を少し痛めてしまいましたが……」
腕を抑えたヴィクトリアが苦痛を堪えながら言った。絹のような白い髪が水に濡れ、顔に張り付いている。
(なんかエロいな……)
アデルはラーゲンハルトの濡れた女性は美しいという言葉を思い出した。
「それにしてもよくあの鱗を貫いたな。見事だ」
イルアーナがアデルに声をかける。
「確かにな。いったい、どうやってあの鱗を貫いたのだ? 何か魔法を使っていたようだったが……」
メルディナが不思議そうに尋ねた。
「高周波振動剣ですよ」
「高周波振動……?」
アデルの言葉にイルアーナとメルディナが首をかしげる。
「風魔法で剣を細かく震わせたんです。そうするとよく切れるようになるんですって。なんでか知らないんですけど」
アデルはSFから得た知識で、剣に風魔法を纏わせることで細かい振動を作り出していた。
「なるほどな。滑りやすいものより滑りにくいものの方が斬りやすい。それが刀身にも当てはまるということか」
「……そういうことですね」
原理を理解したらしいイルアーナに、まったく理解はしていないアデルがわかったフリをして頷いた。
「あの脂の乗った巨体には外から雷撃を当てても電流が通りにくい。剣を刺して電流の通り道を作るとは、なかなかやるのう」
ピーコがパタパタとアデルの近くに飛んで来て言った。
「そ、そうでしょ? あははは……」
実際は剣で刺して倒すつもりで、その後の流れは思い付きだったとは言えず、アデルは作り笑いを浮かべた。
「まあ何はともあれ、これで安心……」
アデルの言葉が途中で止まる。川から水飛沫が飛んできた。
「え?」
アデルが驚いて顔を向けると、キングサーモンの巨体が空中に舞い上がっていた。キングサーモンが意識を取り戻し、尻尾で水面を叩いた勢いで飛び上がったのだ。鋭い牙が並んだ大きな口が迫ってくるのを、アデルは呆然と見つめていた。
「アデル!」
イルアーナの悲鳴が上がる。その時――
「うちの子になにするのよ!」
巨大な白い塊が、キングサーモンの体にぶち当たった。キングサーモンの巨体が吹き飛ばされ、岸の上にピチピチと跳ねる。
「信じられない! 私許しませんからね!」
その巨大な白い塊――フェンリルがキングサーモンに追い打ちをかける。皆が茫然と見つめる中、フェンリルにタコ殴りにされキングサーモンは今度こそ動かなくなっていた。
「きゅー」
ボートから顔を出したポチが鳴く。戦いの前にポチがいつもと違う鳴き声を出したのは、フェンリルを呼ぶ声だったのだ。
こうしてアデルたちは無事にキングサーモンを倒し、ヨークへの侵攻ルートを確保したのであった。
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