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冒険者ギルド

「うっ!?」


 扉を開けた瞬間、巨人に酒とたばこの匂いの塊を鼻に突っ込まれたかのような感覚にアデルは陥った。臭すぎて窒息するかと思った。我慢して中を見る。


(なるほど……だから怪しまれなかったのか……)


 ギルドを入ってすぐは受付と掲示板のあるスペースになっている。その横には酒場があり、十数人の冒険者がくつろいでいた。アデルと同じく装備を黒で統一している者も三人いる。他にも動物の皮を頭にかぶったり、肩にドクロをのせていたりと奇妙な格好の者ばかりだ。二人だけ女性もいたが、一人は半裸に近い恰好、もう一人は体のラインがはっきりわかるほどタイトな衣服だった。


「突っ立ってないで中に入りな」


 受け付けにいたガタイの良い男がぶっきらぼうに言う。スキンヘッドに眼帯にあごひげ、日本だったら見た目だけで有罪になりそうなほど怖い見た目をしていた。


「あっ……はぁ……」


「行くぞ」


 躊躇していたアデルだったが、イルアーナに文字通り背中を押され中へと足を踏み入れる。酒場にいた冒険者たちの視線が集まった。にやにや、無関心、お前の来るとこじゃねぇ、さまざまな視線が二人に突き刺さる。


「ギルドは初めてか?」


 いかつい受け付けハゲが面倒くさそうに聞いてくる。


(……冒険者ギルドの受付嬢って美人が相場だろ!)


 またもや自分のイメージを崩されたアデルはショックと恐怖で固まった。


「二人登録させてほしい」


 そんなアデルを放ってイルアーナは受付の前に立つ。アデルも我に返り、慌ててその横に並んだ。


「名前は?」


「私はイルアーナ。”不可視”のイルアーナだ」


 受け付けハゲが手元の書類に情報を書き込んでいく。


「職業は?」


「戦士だ」


「表向きは戦士だな。実際は?」


「戦士だ」


「どう見ても盗賊って感じだが?」


「戦士だ」


「それだと裏の仕事を紹介できんが、いいのか?」


「かまわん」


「あーそうかい」


 受け付けハゲはまったく信じていなそうな様子でイルアーナの情報を書き込む。


「次はあんただ」


「えっ、もう?」


 顎で呼ばれたアデルは驚いた。受け付けハゲの手元の記入用紙にはまだ住所や出身地、年齢、経歴などの欄があったが、それらは書かずに新しい用紙を準備していた。


「どうせ聞いたって正直に答えないし、すぐ死ぬんだ。書くだけ無駄だろう? 信用が必要になるくらいの仕事を受ける時に改めて聞くから考えとけ」


「は、はぁ……」


(なんちゅーてきとーさ……)


 アデルは呆れたが、正直助かった。


「で、名前は?」


「僕はアデル……」


「おい!」


 イルアーナに止められ、アデルは自分のミスに気付く。


(しまった!)


「ち、違います、デル……デルガードです!」


 受け付けハゲは眉をひそめてアデルを睨む。


(やばい……)


 しかし次の瞬間……


「あっはっはっ! そうか、英雄アデルにあやかったのか」


 受け付けハゲは豪快に笑った。


 酒場にいた冒険者たちも事情を察して笑い出す。


「おいおい、アデルが生きていたってよ!」


「またカザラスが攻めてきても安心だな!」


 冒険者たちの間で笑いが起きた。


(バレた!)


「あ、あの! どうか、このことはご内密に!」


 アデルが慌てて言うとさらに爆笑が起こった。


「……もういい」


 右手で頭を抱えたイルアーナが左手でアデルの首根っこをつかみ、受付のほうに向き直らせる。


「早く登録を終わらせろ。冗談が言いたければ後でゆっくり聞いてやる」


「冗談……あ、そ、そうですね」


 イルアーナの言葉にアデルは冒険者たちが冗談で言ったのだと気づいた。


「ふっふっふ……それで、異名はどうする?」


 笑いすぎて涙を拭きながら受け付けハゲが尋ねた。


「え~と、じゃあ……”黒騎士”でお願いします」


「ははっ、革鎧で黒騎士か」


 受け付けハゲは少し笑ったが、名前ほどは面白くなかったようで、すぐ真顔に戻った。


 彼は二冊の手帳を取り出し、それぞれの名前などを書き込む。そして小さな宝箱のようなものを取り出した。


(ん、なんだあれ……?)


 アデルは気になってその宝箱を見る。受け付けハゲはその宝箱を開けると、中からスタンプを取り出し、手帳に押印する。


(なんだ、ただのスタンプ入れか……)


 アデルは少しガッカリした。


「これが冒険者手帳だ。あんたらが仕事をこなしたら各ギルドで書き込んでもらえ。要するに実績の証明になる。再発行なんかしないから無くすんじゃねぇぞ」


 そして受け付けハゲは簡単に施設の案内をしてくれた。もちろん口頭だけだが。


「入り口の掲示板には仕事の依頼や各種通知、パーティーの募集などが張られる。そこの酒場は料理も酒も不味い。だが安いから我慢しろ。今日はすでに閉まっているが、隣には必要な道具を揃えられるギルド直営店がある。携帯食料にランタン、鍵開け道具、武器や防具もある。量産品だがそこそこの質と値段だ。こだわりがあるなら鍛冶屋に直接頼め。二階は宿屋だ。三階より上は近づくんじゃねぇ。何か質問は?」


「宿の部屋は空いているか?」


「空いてるぞ。いつでも空いてるのだけが取り柄だ」


「では二部屋頼む」


 イルアーナが数枚の銅貨を渡し鍵を受け取った。


 部屋へと向かう間にアデルはイルアーナに尋ねる。


「どうしてみんなおかしな格好してるんですかね」


「目立つためだ」


「目立つため?」


「ああ。冒険者は信用の代わりに実績や名前で仕事を取るのだ。どこのだれか知らなくても、有名なら安心して仕事を任せられるだろう? だから早く名前を覚えてもらえるように変わった格好をするのだ。異名もそうだ。外見や特徴など覚えてもらえるように象徴的な異名をつけるのだ」


「なるほど……けっこう必死なんですね」


「当たり前だろう。冒険者は簡単になれる分、仕事は奪い合いだ。冒険者同士の殺し合いも日常茶飯事だ」


「そ、そうなんですか? まあでも簡単な仕事とかだけ受ければ……」


「簡単な仕事などあるか」


「た、例えば薬草採取とかなら誰でも出来るのでは……」


「誰でもできる仕事を金を払って依頼するか。だいたい、どれが目的の薬草か知るだけでも相当な知識が必要になるぞ」


「じゃあ、ゴブリン退治とか……」


「数十匹の群れで行動するゴブリンを退治するのが簡単な仕事なわけが……いや、確かにお前にとっては簡単かもしれんが……」


(ゲームや漫画の冒険者と全然違う……!)


 またもやアデルはショックを受けた。


お読みいただきありがとうございました。

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