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成り行き英雄建国記 ~辺境から成り上がる異種族国家~  作者: てぬてぬ丸
第六章 富国の章

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黒の一手(ガルツ 古の森 タイファ)

 月明かりだけが辺りを照らしている。夜泣き鳥の声に風が葉を揺さぶる音。ここはガルツ要塞の裏手にある林、暗殺されたアデルをイルアーナが手当てしていたあたりだ。


「平和だな……」


 一本の木の上、枝にまたがり座った男のダークエルフが呟く。ガルツ要塞や周辺のバーランド山脈を抜け、神竜王国ダルフェニアに潜入しようとするものがいないか警戒しているのだ。


 ダークエルフは周囲の精霊力を感知できるため、たとえ真っ暗闇であろうとも人間ほどの大きさの生物が近寄ればすぐに気付くことができる。逆に人間が木の上にいるダークエルフに気づくのは至難の業であろう。暗闇である上に、木には葉が茂っておりその姿を隠している。


「眠いな……そろそろ交代……んっ?」


 何かを察知し、ダークエルフの男は木から飛び降りる。さきほどまで男がいた場所に投げナイフが突き立った。ナイフは風魔法で威力が増強されていた。


(風魔法が使われていなかったら、かわせなかったかもしれない……!)


 肝を冷やしながらダークエルフの男は周囲を警戒する。しかし周囲に人の気配は感じなかった。


(感知できないほど遠くから攻撃をしたのか? いや、精霊魔法が使えるのであれば……)


 ダークエルフの男は嫌な予感がしてその場を飛びのいた。一瞬早く、白刃が月明かりに照らされて煌めく。少量の血が暗闇に飛び散った。


「くっ……!」


 斬られた腕を抑えてダークエルフの男が呻く。振り向いた先には短剣を構えた黒装束の人物が立っていた。


「粘るな。楽に死なせてやる」


 その黒装束の人物がしゃべる。声は女性のものだった。


「風の精霊を纏って自分の生命の精霊力を隠したのか。貴様、エルフだな」


 ダークエルフの男は自らも短剣を取り出し、構えた。


「いかにも。穢れたお前たちの力では、純粋なエルフの力には敵わん。あきらめろ」


 黒装束の人物は余裕そうに歩いて距離を詰める。


「しゃべりすぎだ、馬鹿が」


「なっ!?」


 再び闇を切り裂き、投げナイフが飛んできた。しかしその標的は黒装束の人物だ。金属音が周囲に響き、投げナイフが地面に落ちる。黒装束の人物が間一髪、短剣で受け止めたのだ。


「新手か!」


 黒装束の人物は悔しそうにつぶやくと、その場から距離を取る。


「状況は?」


 今度は女性のダークエルフが現れた。投げナイフを投げたのは彼女だ。


「……逃げたらしい」


 男のダークエルフは傷を負った腕を抑えながら構えを解く。周囲には再び静けさが戻っていた。


 ダークエルフはこれまで単独で行動していた。そしてガルツ要塞でハイミルト将軍が暗殺されたとき、偵察に当たっていたダークエルフが一人犠牲となった。その時の教訓から、ダークエルフたちは三人一組で行動するよう決められている。一人が任務に就いている際、もう一人は近くでそのサポートを、もう一人は休憩しつつ、何かあれば駆け付ける。これによりカバーできる範囲は三分の一になったが、負担は激減し安全性は高まった。ダークエルフによる監視網が減った分は、ハーピーやペガタウルスによる空からの偵察や、人間による情報収集によりカバーされている。


「ガルツ要塞よりオリムへ。エルフの侵入を確認。確認できたのは一人のみだが警戒されたし。敵は見失った。内部へ侵入されているかもしれん」


 男のダークエルフが風魔法で報告を送る。周囲のダークエルフたちがエルフの行方を追ったが、その行方はわからなかった。






 いにしえの森――エルフの発祥の地であり、今も彼らが支配する広大な森だ。大陸の東、旧エターニア王国の領内に存在する。鬱蒼とした森の中央には巨大な世界樹がそびえており、その根元の周りには石造りの大きな屋敷が、さらにその周りには木で作られた家々が広がり町を形成している。その中心には森の中に建っているとは思えないほど優美かつ壮大な白亜の宮殿が建てられていた。


「まったく、腹立たしいですね……!」


 その宮殿のテラスで”真緑しんりょくの女王”ロレンファーゼが形の良い眉を曲げ、怒りをあらわにしていた。


「またガルツ要塞の敗北の責任を押し付けられるとは心外ですな」


 ロレンファーゼの補佐を務めるエルフ、”天雷てんらい”ラズエルが賛同する。


 カザラス帝国内では、第五次ガルツ攻防戦におけるアーロフの敗戦はエルフによる偵察の不備が要因と発表されていた。その代わり「絶望の森」でのダークエルフ討伐の功績はエルフの物とされ、ダークエルフたちを逃したのは第二平定軍の責任とされた。ただしこれは平等な取引などではなく、エルフの間にも不満が広がっていた。


「都合よく使われたうえに、責任を擦り付けられる……我々エルフを何だと思っているのでしょうね」


「所詮は意地汚い人間。カザラス帝国に協力したのは失敗でしたか……」


 ロレンファーゼとラズエルは街を見つめる。宮殿の周りには石造りの豪華な屋敷が何軒も建っている。「導き手」と呼ばれるエルフの中での貴族階級――ハイエルフたちの屋敷だ。エルフの中では身分階級が定められており、農業や肉体労働等をする下級民、兵士や宮廷に仕える中級民、そしてエルフを統率する導き手たちが最上位である。住む地域や家も分けられており、町の半分以上を占める木製の質素な家は下級民が住む家であった。


「そうですね。戦いの様子を見ても、カザラス帝国がかつての魔法帝国のような力を持っている様子はありません。少し慎重になりすぎましたか……」


 ロレンファーゼが自戒の念を込めて呟く。その時、一人のエルフが二人の元にやってきた。


「報告します。メルディナが神竜王国ダルフェニア内に潜入したと知らせがありました」


「そうですか。わかりました」


 ロレンファーゼが頷くと報告に来たエルフは胸に手を当てて去っていった。胸に手を当てるのはエルフ流の敬礼である。


「ほう、さすがメルディナですな。単身でダークエルフの警戒網を突破するとは」


 ラズエルが感心して呟く。


「ええ。それだけに残念ですね……ただ、このタイミングでカザラス帝国から要請が来たのも世界樹のお導きなのでしょう」


 ロレンファーゼは沈痛な面持ちで世界樹を見上げた。


「”呪い子”メルディナが無事に任務を達成することを願いましょう」






 一方そのころ、ロレンファーゼと同じように怒りをあらわにしている人物がいた。


「なぜこの私がこんな目に遭わねばならんのだ!」


 自身の執務室でダーヴィッデは声を荒げると、乱暴に机を叩いた。”オセロ”ことダーヴィッデ・ロベルト――商人出身のカザラス軍第四平定軍団長である。


 ダーヴィッデはヒルデガルドの暗殺失敗、絶望の森でのダークエルフ殲滅失敗、さらにアーロフの軍が獣の森の獣人たちに襲撃を受けたことの責任まで負わされ、帝国内での地位が危ういものとなっていた。


 彼が肩入れしていた皇帝第二子ユリアンネは、ヒルデガルドの暗殺失敗以来、ダーヴィッデから距離を置いている。ダーヴィッデとてユリアンネに思い入れがあるわけではなく、皇太子であったジークムントの死により降って湧いた皇位継承問題で、一番有利であろうと踏んだユリアンネに取り入っただけだ。しかしユリアンネは権力は強いものの、自身が皇帝になろうという意欲はあまりなく、ダーヴィッデとしては期待外れの結果となっていた。


「いっそのこと王弟派に鞍替えするか……」


 ダーヴィッデは呟く。「王弟派」とはカザラス帝国の前身、ローゼス王国の国王の弟を支持する者たちだ。ローゼス王の弟は病弱だったこともあり、王位は直接の血縁のないロデリックのものとなった。しかしそのことに不満を持っていた貴族も多く、現在でも一つの派閥を形成している。


 もっとも王弟はすでに死去しており、現在その派閥を率いているのは王弟の娘”姫将軍”エスカライザ・ローゼンシュティールである。かつては大勢力であった王弟派だが、ロデリック即位後の快進撃と王弟の後継者が娘しかいなかったことで、その勢力は激減している。しかし血筋を重視する貴族は根強くおり、いまでも一定数の支持者が王弟派の復権を夢見ていた。


 ダーヴィッデが考えにふけっていると、執務室の扉がノックされた。ダーヴィッデが入室の許可を出すと一人の召使が入ってきた。


「失礼いたします。エルゾの冒険者ギルド本部より、話があるのでダーヴィッデ閣下にお越しいただきたいと伝令が参りました」


「冒険者ギルドが私に来いだと? 私を誰だと思っておるのだ。向こうが来るのが筋であろうが」


 ダーヴィッデはさらに不機嫌にな表情になる。


「それが……何やら極秘の話だとか……」


「極秘?」


「ええ。帝位継承に関する話だと申しておりました」


「帝位継承?」


 ダーヴィッデが思案顔になる。


(ほう。向こうから誘いに来たか……)


 王弟派は当然だが現皇帝の子供たちを推す派閥とは相容れない。彼らの主張は現皇帝の正当性を批判するものでもある。反逆罪で捕まらないのは王弟派にまだそれなりの力が残されているからだ。


 宮廷内で立場が弱くなったとはいえ、一軍を統率するダーヴィッデの権力は強い。それが現皇帝の勢力から距離を置いたとなれば、王弟派が接触してきても不思議ではなかった。


 ダーヴィッデは信条として、危険だからやらないというのは論外だと思っている。危険は所詮、リスクの一部に過ぎない。危険に見合うだけの見返りが見込めるのであればやるべきだ。ヒルデガルドの暗殺などという大それたことに加担したのも、その考えゆえだ。角を取った瞬間、全てがひっくり返るオセロのように、ダーヴィッデは周囲が驚くような成功を掴み、ここまでのし上がってきた。


「面白い……招待に応じると伝えよ」


 ”オセロ”のダーヴィッデは次なる一手の成功を想像し、ニヤリと笑った。


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