カナン
「じゃあね、アデルさん。がんばってね」
別れ際、エイダがアデルにウィンクをした。
彼女はウルフェンを引き連れて森へ戻り、アデルとイルアーナ、ポチだけで州都カナンに向かう。
カナンに着くころには日も暮れてしまったが、なんとか真っ暗になる前にはカナンの城門に着くことができた。
分厚い城壁に設けられた城門の前には二人の衛兵が立っている。ポチはアデルの荷物袋の中で大人しくしていた。
(本当にこんな格好で怪しまれないんだろうか……)
アデルはビクビクしながらイルアーナの後をついていく。町に入るには通行料が必要だった。アデルは持ち合わせがないのでイルアーナに奢ってもらうことになる。
「二人だ」
イルアーナが数枚の硬貨を衛兵に差し出す。
「冒険者か?」
「いや、まだだ。これから冒険者ギルドに行って登録するところだ」
「ふーん……」
衛兵は訝しげにアデルたちを見る。
「ところでアデルの葬式は終わったのか?」
「え?」
アデルは思わず自分の名前に反応してしまう。
「あー、あれなら昨日終わっちまったよ。国を救った英雄の葬式だって言うから、酒でも振舞ってくれるのかと思ったら、マイズ様が演説しただけだったよ」
「そうか、せっかくだから見たかったのだが……」
「はは、残念だったな。まあ広場に記念碑は建ってるから、それだけでも見たらどうだ。ちっぽけでガッカリするかもしれんがな。通っていいぞ」
衛兵はあっさり道を開け、アデルたちは町の中へと入った。
中に入ると石造りの家々が目に入る。小さい物でも三階建てはある。城門の中という限られたスペースで多くの人が住むために家と家の間隔はほとんどない。家が石造りなのは火事の延焼を防ぐためだ。
すでに暗くなっているにもかかわらず、大通りは街灯のおかげで明るく、多くの人が行き交っていた。
たまに好奇の目を向けてくるものはいたが、珍妙な格好の二人でも大事になることはなかった。
「本当にこの格好でも大丈夫でしたね」
「だから言ったであろう」
大通りを歩くことしばらく、二人はひときわ大きな建物の前で足を止めた。看板には「冒険者ギルド カナン支部」と書かれている。
「うわー、とうとう憧れの冒険者に……」
アデルは胸に期待を膨らませた。
「なんだ、冒険者などに憧れているのか?」
イルアーナが意外そうに言う。
「そりゃ男の子なら誰しも勇者に憧れますよ」
「あんなものは冒険者ギルドがイメージを上げるために流している作り話だ。実際は裏社会……盗賊や間諜、そのほかありとあらゆる犯罪者の隠れ蓑となっている部分が大きい」
「そ、それはないでしょう!」
「じゃあ、お前はどういう者が冒険者になると思っているのだ?」
「そりゃあ、勇者とか戦士とか魔法使いとか盗賊……あっ……」
アデルの言葉にイルアーナは勝ち誇った表情になる。
「どこの誰ともわからぬものが、ギルドに登録するだけで『冒険者』になれてしまう。胡散臭いにもほどがあるだろう。まあ、それを利用させてもらうのだから文句は言えんがな」
「う、うぅ……」
言い返す言葉が見つからずアデルは唸る。
「今のうちに新しい異名と偽名、職業を考えておけ」
「新しい異名?」
「マーダーアローというと弓使いの英雄アデルと結びつけられるかもしれん。普段も剣士として振舞った方がいいだろう」
「あぁ……」
(それ異名じゃないんですけど……まあ、その名と離れられるならいいか……)
新しい名前を考えながら二人は中へと入っていった。
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