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成り行き英雄建国記 ~辺境から成り上がる異種族国家~  作者: てぬてぬ丸
第六章 富国の章

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ラングール海軍(マチルダ海峡)

 どこまでも続く青空。その下には空の色を濃くしたような青海が広がっている。その上を巨大な船が三隻、波をかき分けながら進んでいた。ラングール共和国の誇るジラーク級戦艦だ。帆もオールも無いのに海原を相当な速度で突き進んでいる。


 そのうち一隻の甲板上、柔和な表情で海を眺めている老人がいる。老人とは言っても背筋はピンと伸び、白い軍服を完璧に着こなしている。オルソン・シャーリンゲル公爵――ラングール共和国の海軍を率いる提督であった。


「オルソン提督、前方にカザラスの『ハリボテ』と小型ボート多数発見しました」


 オルソンの副官、ヤースティンが報告する。同じく白い軍服が似合う、さわやかで真面目そうな好青年であった。海風で飛びそうな軍帽を手で押さえている。


(軍帽の被り方にも経験の差が現れるのだろうか……)


 同じく風にあおられているのに、まったく軍帽が飛びそうな気配のないオルソン提督を見ながら、ふとヤースティンは思った。


「ふむ。何度倒してもすぐに再建される……やはりカザラス帝国は厄介じゃのう」


 オルソン提督は顔をしかめる。


 カザラス帝国とラングール共和国はマチルダ海峡と呼ばれる両国間の間にある海域でたびたび争っていた。カザラス帝国のあるアステリア大陸とラングールの間の海は狭く、肉眼で互いの陸地が見えるほどであった。陸軍では敵わぬラングール共和国は、その強力な海軍でカザラス帝国に海を渡らせぬことが国防上の最重要項目であった。


「カザラス海軍ごとき、我々と海神の敵ではありません。何度でも沈めてやればよいのです」


 ヤースティンは軍人らしく意気込んでいる。


「油断は禁物じゃぞ。常に全力を尽くし、淡々と敵をせん滅する。それが軍人じゃ」


「はっ。自分が浅はかでした」


 オルソン提督の言葉にヤースティンが背筋を伸ばす。しかしそう言いつつもオルソン提督自身、自分たちが負けるとは思ってもいなかった。ラングール海軍は無敵。ラングール共和国の人々はそう信じて疑っていない。


「『ハリボテ』、間もなく射程距離に入ります!」


 見張り台の兵士が声を張り上げる。ラングール艦隊の前方にはジラーク級に負けないくらい大型の船が五隻浮かんでいる。ラングール海軍が『ハリボテ』と呼ぶ、カザラス帝国のクローゼ級戦艦だ。


 元々海軍など存在しないカザラス帝国であったが、ラングール共和国攻略のために急造された。カザラス帝国の軍艦の製造技術は未発達で、試作を重ねてはラングール海軍に沈められるという事が続いた。しかしそういった中でカザラス帝国の造船技術は急発達し、実戦に耐えうる大型艦の製造が出来るまでになった。それがクローゼ級戦艦だ。


 クローゼ級戦艦はラングール共和国のジラーク級戦艦と同等の大きさであり、大型のバリスタと強固な装甲を誇っている。しかし帆走とオール漕ぎを両方採用して機動力の向上を図っているが、それでもジラーク級の機動力には到底かなわず多数が沈められている。そのためラングール兵からは大きいだけで見掛け倒しという揶揄を込めて「ハリボテ」と呼ばれていた。


「そのまま前進。射程に入り次第、攻撃を開始せよ」


 ヤースティンが指示を出し、オルソンはその横で黙って頷いた。すでにバリスタの装填は済んでおり、巨大な矢が出番を待っている。しかし……


「敵の射撃、来ます!」


 ラングール海軍側よりも早くカザラス海軍のバリスタが放たれた。直撃はしなかったものの、一隻のジラーク級の上部をかすめ、甲板の構造物がいくつか吹き飛んだ。


「以前よりも大型のバリスタを積んでおるのか……これは気を付けねばならぬのぅ」


 オルソン提督が呟く。


「反撃だ! 一斉射撃!」


 ヤースティンが大声で叫ぶ。それに呼応し、三隻のジラーク級からもバリスタの矢が一斉に放たれた。一隻のクローゼ級に矢が命中し、撃沈には至らないものの損害を与える。


「そろそろ敵の第二射が来るぞ。かわしつつ攻撃を続けよ」


「承知しました。面舵だ!」


 オルソンの指示をヤースティンが操舵手に伝える。艦の前方にいる操舵手が操舵輪を回すと船が右へと急旋回を始めた。


「敵の第二射、外れます!」


 見張り台の兵士が叫ぶ。その言葉通り、先ほどまでラングール艦隊がいた場所にカザラス艦隊の放った矢が虚しく着水していた。


「このまま機動力で翻弄しつつ射撃を続けよ。ほっほっほっ」


 オルソン提督が笑う。ラングール艦隊の第二射により、さきほど直撃を受けていたクローゼ級にとどめが刺された。船体が破壊され、多くのカザラス兵が海に投げ出される。そのカザラス兵たちは周囲に浮かんでいる小型ボート目指して必死に泳ぎ出した。


「やれやれ、何のための小型ボートかと思ったら、沈められたとき用の救命ボートか」


 その様子を見ながらヤースティンが嘲り笑った。初期のカザラス帝国には大型艦などなく、ジラーク級に小型ボートで乗り移ろうとしては、ジラーク級に体当たりされ船ごと海へ沈んでいたものであった。カザラス帝国がより大きな船を建造できるようになってからも、多くの小型ボートが戦闘の補助についている。またマチルダ海峡には常時多数のカザラス帝国の小型ボートが展開しており、巡回するラングール海軍に沈められていた。もはやマチルダ海峡にカザラス帝国の小型ボートが浮かんでいるのは当たり前の光景になりつつある。


「用意周到じゃな。敵の指揮官は”娘婿”じゃったか?」


 オルソン提督も笑みを浮かべながら言う。”娘婿”とはカザラス海軍の指揮官フォルゼナッハ・カザラス公爵を揶揄する異名である。フォルゼナッハは元々ベッテンドルフ家という名家の出ではあったが、カザラス皇帝ロデリックの第六子、ヴェルメラ・カザラスの婿となり公爵の地位を得た。


「その通りです。切れ者という噂もありましたが、所詮は陸の上での事でしょう。海で我々の敵になる者などいません」


 ヤースティンが自信満々に言う。


「それも海神様のおかげじゃな」


 オルソン提督の言う「海神」とはジラークと言う名のクジラほどの大きさのある巨大なサメのことだ。その大きさはジラーク級戦艦とおなじくらいの大きさだ。サメのような体に三対の目がついている。ラングール人はジラークの目の多さから「全てを見通す力がある」と敬っているが、実際は視力が良いわけではない。その体の大きさから海底の岩などにぶつからないように、色んな方向を同時に確認するため進化したものだ。


 そしてジラーク級とはこのジラークが海中で牽引することで推進力を得ている船だ。ラングール人はこのジラークを子供のころから手なずけることで使役することに成功した。ジラークは船の前方で左右二本の太いロープにより船を牽引している。船の操舵手は操舵倫を回すことでこのロープを引っ張り、ジラークに進む方向を指示している。要するに馬と同じ要領だ。なので実際には「操舵」しているわけではないのだが、慣習により船の進む方向を操ることを「操舵」と呼んでいる。


 ジラーク級が無敵と呼ばれるのはこのジラークの牽引による、他の船ではまねできない機動力。そして接近すれば一噛みで船底を食い破り、尾の一振りで船を転覆させてしまうジラーク自身の戦闘力によるものだ。


 ちなみにラングール共和国の小型船シータ級はシータートルという数メートルの大きさのウミガメを動力としている。ジラーク級の船底にはプールがあり、常時シータートルが何匹か飼われている。シータ級の船体も格納されており、戦闘や接舷などで必要が生ずれば発進できるようになっているのだ。


「『ハリボテ』が転進を始めました!」


「分が悪いと判断したか。ずいぶんと早いのう。逃がすと後が厄介じゃ。沈められるだけ沈めろ」


 オルソン提督の柔和な顔から非常な命令が下される。後退するために旋回するカザラス海軍にバリスタの矢が浴びせられ、さらに一隻のクローゼ級が沈んだ。


「まだまだ狩りは続くぞ。ひっひっひっ」


 そう笑うオルソン提督の顔は副官のヤースティンがゾクリとするほど恐怖を感じさせた。

お読みいただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] なんだろう凄くナチスとイギリスの構図ににてる気がする
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