継承(ミドルン周辺)
「本当に逃がして良かったのか?」
北部連合兵の奇襲を撃退し、撤退する北部連合兵たちの背中を見送りながら、ダークエルフのマザーウッド族の族長ジェランが呟いた。
「確かに今後、北部連合と戦っていくことを考えれば兵力を削っておきたいところですが、アデル王はそういった考えの方ではありませんからね」
ダークエルフの美女、エイダが微笑みながら言う。
「敵とは言っても将来は味方になるかも知れない……寿命が短い人間のくせにずいぶん先を見据えた考えだと思っておりましたが……」
かつてはアデルを殺そうとまでしたダークエルフ、リスティドが苦笑しながら言った。
『ジェラン様、お約束の件なのですが……』
オークの族長”剛力”のマピョンがそんなダークエルフたちに歩み寄る。
『ああ、わかっておる。おぬしらはもう我らの奴隷ではない。アデルの部下だ』
ジェランはオーク語でマピョンに話しかけた。
『しかし……おぬしらを押さえつけるばかりの我らと違い、自分の意志で従わせるとは……やはりアデルは器が違うな』
ジェランが自嘲気味に言う。
『我らとてアデル王がここまですごい方だとは思っておりませんでした。ダークエルフの方々が一目置くほど強く、そして人の好さそうな人間。そんな人間が話を持ち掛けて来たので利用しようとしたまでのこと。まさかこれほど早く国を興し、あのプニャタやサベットたちまで従わせるとは……』
マピョンが頭を掻きながら言う。
「見事な戦いでした。損害はいかほどですか?」
そこにオリムの守備隊を率いていたロニーがやって来て尋ねる。オリムの守備隊には十人ほどの死傷者が出ていた。
「ゴブリンたちが少しやられた。だが三百人の敵を追い返したのだから快勝と言って良いだろう」
ジェランがロニーに返事をする。以前であればゴブリンが数匹死んだことなど気にも留めなかったであろうジェランだが、アデルの影響で感覚が変わっていた。
「そうですか。何はともあれ国の威信をかけたイベントの邪魔をされずに済みましたな」
ロニーがややぎこちなく微笑みかける。相手がダークエルフの族長ということで少し緊張があった。
「ああ。国内に向けての建国宣言はあったが、今回は国外に向けての建国宣言のようなものだ。神竜王国ダルフェニアにとって大切な一歩。無粋な客人にはお帰りいただこう」
ジェランは微笑むと、ロニーに対して手を差し出す。ロニーは一瞬ためらったが、笑みを浮かべてその手を握り返した。
「さ、昨日、ひょく……北部連合からの襲撃があり、ダークエルフ、オーク、ゴブリン、そして人間による合同部隊がこれを撃退しました。ヴィーケンを守り続けてきたハイミルト将軍の葬儀中にこういった行為をされることは非常に悲しいことです」
式典の最終日、「継承の式」と題されたこの日はアデル自らが演説をしていた。緊張で死にそうな顔で、嚙みながらもなんとか聴衆の前に立ち、話をしている。神竜王国ダルフェニアの主だった面々が心配そうに、あるいは面白そうにその様子を眺めていた。
「ぼ、僕たちは暗殺されたハイミルト将軍にガルツ要塞を託されました。ハイミルト将軍はもちろんヴィーケン王国の軍人でしたが、国という枠組みにとらわれず、とにかくヴィーケンに住む人々を守ろうとされていました。それは僕らも同様です。ヴィーケン王国とは敵対関係にありましたが、カザラス帝国という共通の敵に立ち向かうために、軍を率いてガルツ要塞の救援に向かいました」
アデルは時折、ちらちらと手元の原稿に目をやりながらも話を続ける。
「しかし当のヴィーケン王国は援軍を出すどころか、僕らの留守を狙ってオリムを攻撃しました。とてもヴィーケンの地に住む人々を守ろうとする行為には思えません。そして北部連合の貴族たちは公然とその職務を放棄し、カザラス帝国の支配を受け入れると宣言しています。つまり……」
アデルはそこで一呼吸置くと、聴衆を見渡した。
「犠牲もいとわず、ヴィーケンの人々のために戦おうとする軍勢は、もはや僕たちしかいないのです。僕は今は亡きハイミルト将軍に誓います。神竜王国ダルフェニアは裏切り者である北部連合と、軟弱なヴィーケン王国を倒し、この地を統一すると。そして彼らに代わり、この地とそこに住む人々を守り、導いて行くと」
アデルの演説が終わり、静寂が訪れた。本来ならこの最後のパートは力強く、抑揚をつけてしゃべることで聴衆に盛り上がるところだとわからせる部分だ。しかしアデルにそのような技術が無く、同じ調子でしゃべり続けたため、聴衆はまだ話が続くものかと思い、頭に疑問符を浮かべていた。
「お……おおっ! アデル王、バンザーイ!」
ホプキンが慌てて大声で叫ぶ。周囲の兵が遅れてそれに追従すると、聴衆の中にも徐々に喚声の輪が波及していった。アデルは顔を引きつらせながらも手を振り、聴衆の喚声に答える。
「やれやれ。締まらないなぁ……」
演説を見守っていたラーゲンハルトが苦笑いを浮かべる。
「ふむ……演説の才は無いようですな」
ラーゲンハルトの横ではヨーゼフが渋い顔をしている。
「聴衆を惹き付ける演説も統治者として必要な能力。いっそのこと、演説は影武者を仕立ててやらせた方が良いかもしれませんな。警備の面から言っても、その方が都合が良いでしょう」
「う~ん、でもあれもアデル君の味ですからね。この前も『町を歩いてたら、知らないおばちゃんがくれた』ってブドウを抱えて帰ってきたこともあったし。そんな親しみやすい王様、アデル君くらいですよ」
心配そうなヨーゼフにラーゲンハルトが笑いながら言う。
「良くも悪くも、アデル様は型破りですな……まあ、明らかに悪影響が出ない限りは黙って見守った方が良いということですか」
「ですね。アデル君は頑固なところもあるけど、基本的には気が弱いから、あんまり言われると間違ってると思っても流されちゃうかもしれないし。でも納得できないことがあったら、遠慮なく言っていいと思うけど。アデル君は器が大きいですからね」
そんなことを話す二人を他所に、アデルはふらふらとミドルン城に戻っていく。そして人目に付かない所まで行くと、一気に緊張から解放され、失神するように床に座り込んだ。
こうして人々の期待と不安を背負いながら、神竜王国ダルフェニアはまたあらたな門出を迎えたのであった。
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