式典(ミドルン)
そしてハイミルトの式典は厳かに始まった。ミドルン城前の広場に祭壇が築かれ、色とりどりの花が献花されている。
初日は「鎮魂の式」と題されており、ガルツ要塞で側近を務めていた兵の弔辞などが読まれた。ハイミルトの妻子は王都であるカイバリーに住んでいるそうだが、今回の式典には参加していない。
アデルは神竜王国ダルフェニアの面々と共にミドルン城のテラスから見守っている。アデルがスピーチをするのは本人の強い希望もあり最終日だけとなっていた。
そして一時間ほどの式は、式を取り仕切るコルトの説法で終わりを迎えようとしていた。コルトが締めを飾るのは式典を取り仕切っているという理由からだけではない。神竜王国ダルフェニアは神竜を神と崇める国家だ。その神竜教の司祭であるコルトは宗教的な面でもこの葬儀を取り仕切っているのだ。
「神竜教の教えでは、死んだ人間は魂となり『あの世』へと旅立ちます。それが天国のような場所であるか地獄のような場所であるかはその人物の生前の行い次第。もちろんハイミルト将軍は天国に行かれていることでしょう。そしてそこで安息の時を経たのち、またこの世界へと生を受け戻ってくるのです。これを『輪廻転生』と言います。来世ではハイミルト将軍は、みなさんの家族であったり、友人であったりするかもしれません」
コルトは神竜教の教えを説く。神竜教自体アデルが思い付きで作ったものであり、その内容も適当なものであったが、不滅の魂を持つ竜王を神とする神竜教と輪廻転生の宗教観は合致していた。
「ということは私たちを見守ってくださるご先祖様の『霊』はいなくなってしまうということですか?」
聴衆の一人が疑問の声を上げる。この世界の土着信仰では死んだ者は守り神のような存在となり、残された家族を災いから護ると言われてきた。
「いえいえ、そんなことはありませんよ。まず死んだ者は『あの世』からみなさんのことを見守ってくださいます。これがいままでみなさんが考えていたような『霊』の状態です。そして充分にみなさんを見守ったのちに生まれ変わるのです。さもないと、この世界は霊だらけになってしまいますからな」
コルトが笑顔で言うと聴衆から「なるほど」という声が聞こえた。宗教で対立すると深刻な問題となることを日本の勉強で知っているアデルは、神竜教をなるべく既存の宗教と矛盾しないような形にしようと決めていた。
ラーベル教では死した者の魂は女神ベアトリヤルが「約束の地ザーカディア」へと導くとされているが、神竜教では『あの世』は様々であり、そのうちのひとつが「約束の地ザーカディア」とすることもできる。また神竜はあくまでもこの世界で人々に加護を与える存在であり死者を導いたりはしないため、女神ベアトリヤルと対立するものでもない。
アデルは人々に改宗を求めたり、熱心に神竜を信仰することを求めるつもりはない。ただ「拝めばご利益がある」くらいのレベルで浅く広く受け入れられてくれればと思っていた。
「ほうほう、なるほど……」
しかしそんなアデルの考えとは裏腹に、キャベルナは熱心にコルトの話に耳を傾けていた。
一日目の式典は無事に終わり、アデルたちは聴衆として参加していたキャベルナの元に近付く。
「いかがでしたか?」
「いやぁ、すばらしい式典だった」
アデルが恐る恐る尋ねると、キャベルナは笑顔で答えた。
「参加者も多く賑わっている。ハイミルト殿も喜んでいることだろう」
キャベルナは式が終わり、散開する人々に目を向けた。ところどころでダルフェニア兵が何かを配っている。それは小さな包みに入ったガルツ要塞の土であった。ガルツ要塞で戦った者たちの血や汗が染み込んだ土。それを供養することでガルツ要塞で散った兵士たちを弔えるという触れ込みだ。知人や親類がガルツ要塞で亡くなった人々や、そうでなくとも人々を守るために戦った兵士たちを供養したいという人がそれを受け取っていた。
式典の時間以外の広場では、様々な催し物も開催されている。式典の前には国に雇われた吟遊詩人がアデルの活躍を歌にして披露していた。夜には男性ハーピーによるダンスが披露されることになっている。派手な羽毛と見事な肉体によるダンスは見世物として評判が高かった。
「前線から離れたカイバリーのような都市ならともかく、最前線のミドルンでこの賑わい。しかも支配下になったばかりの町と言えば、普通は略奪されたり、そうでなくとも治安維持のために人の行動が制限されて暗い雰囲気になるものであろうが……」
キャベルナは町の雰囲気を見ながら言う。暗い表情をしている市民は少なく、笑顔の人々が多い。むしろ王都カイバリーの方が先行きを不安視し暗い顔をしている者が多いくらいであった。
「あ、ありがとうございます」
アデルはぎこちなく頭を下げる。
「……実は兄上もおぬしのことは高く評価しているのだ」
キャベルナがそんなアデルを見てつぶやく。
「兄上……?」
アデルはポカンとした顔でオウム返しに言った。
「というと、エリオット王ですね?」
ラーゲンハルトがすかさず割って入る。
「あぁ。兄上はおぬしがカザラス軍を必ず撃退するであろうと予見しておった」
「やはりそうですか。それでオリムを攻めたんですね」
ラーゲンハルトが納得した顔で言う。アデルはわけがわからず二人の顔を交互に見ていた。
「でも……あぁ、これは外交とかではなくて個人的な疑問なんですが、だったらヴィーケンは僕らと同盟でも結んだほうがいいんじゃないですか?」
ラーゲンハルトはキャベルナにだいぶ踏み込んだ話をする。キャベルナは苦笑を浮かべた。
「確かにな。だが、我々が同盟を結ぶことはないだろう。多くは言えぬが、ヴィーケン王国としての使命があるのだ」
「使命……?」
キャベルナの言葉にラーゲンハルトは首をかしげる。大義や国益ではなく、国が使命のために動くなど聞いたことが無い。
「それよりも、貴公らこそその者が王で良いのか? もしもヴィーケン王国に付くというのなら話を聞くぞ」
キャベルナが不敵な笑みを浮かべる。しかしラーゲンハルトはそれを鼻で笑った。
「アデル君がいなければ、とっくに僕はカイバリーを占領していますよ。アデル君は僕らの……う~ん、確かに『王』という感じじゃないですけど……頼りになる友達って感じですかね。それに彼が作ろうとしている国はきっとイイ感じの国になりますよ。僕もそれを楽しみにしてるんです」
「そうか」
キャベルナは笑みを浮かべた。皮肉や嫌味の混じった笑みではない。ただ純粋にラーゲンハルトの言葉を喜んでいた。
(なんだろうな、この感じ……?)
ラーゲンハルトはキャベルナの態度にずっと違和感を感じていた。ハイミルトの弔いのために一時的に敵意を収めているのかと思ったが、そういうわけでもないようだ。ずっと値踏みをされているような感覚をラーゲンハルトは感じていた。そして高評価を得られたのであれば同盟などの話があるのかと考えていたが、その可能性はないと言う。ラーゲンハルトはキャベルナの真意がわからず、心をモヤモヤとさせていた。
「できれば最後まで参加したいところではあるが、立場上、長くここに留まるわけにも行かんのでな。これにて失礼する」
キャベルナはアデルたちに一礼すると暇を告げた。
「あっ、ちょっと待っていただけますか!」
アデルは慌ててキャベルナを引き留める。
「何か?」
「こんなことをお願いするのは失礼かもしれませんが、ハイミルトさんの遺品をご家族にお渡しいただきたいんですが……」
アデルは恐る恐る言う。
「あぁ、かまわんよ」
キャベルナが微笑む。そしてキャベルナはハイミルトの遺品を預かるとアデルたちの前から去っていった。
「店主、あそこの棚に売っていた……その……神竜木像は……」
そのしばらく後、唐揚げの包みを持ちながら神竜信仰具屋で店主に尋ねるキャベルナの姿があった。
「あぁ、『湯上りレイコ様像』ですか? すごい人気で売り切れてしまいましてねぇ」
「なっ、なんだと……!?」
キャベルナはがっくりと肩を落とし、カイバリーへの帰路についたのであった。
お読みいただきありがとうございました。




