本人(ミドルン)
アデルたちはキャベルナを迎えるために城の広間へと移動する。しかしそこは式典に付随して設置されたガルツ要塞の戦いの資料館や異種族との交流コーナーも設置されている場所である。いまさら片付けるわけにも行かないので、そのままの状態でキャベルナを迎えることとなった。
そしてラーゲンハルトがキャベルナを伴ってやってくる。その後ろではヴィーケンの兵たちがキョロキョロと城の中を見回していた。ミドルン城内にいた兵士や異種族たちも何事かと様子を伺っていた。
「急な訪問、失礼つかまつる。私はヴィーケン軍総帥、 キャベルナ・ウィンゲートと申す。ハイミルト殿の葬儀に参列するために参った」
キャベルナが声を上げる。体格に恵まれているわけではないが、場馴れした堂々とした態度にアデルは気圧された。
「いやいや、こりゃどうもご丁寧に。わてはサカイ族の族長の……」
「ノックさん、あなたに挨拶しているわけじゃありませんよ」
前に出ようとしたムラビットのノックがハーピーのシャスティアに押し戻された。
逆に後ずさっていたアデルの背中をイルアーナとフレデリカが押し出す。アデルはつんのめるようにキャベルナの前に出た。
「あわわわっ、ど、ど、ど、どうも! デルフェニアのアダルと王します!」
異種族の者たちよりも片言になりながら、アデルはどうにか口を開く。
「あははっ」
そんな様子を見てキャベルナの後ろでラーゲンハルトがゲラゲラと笑っている。ヴィーケン軍の総帥と神竜王国ダルフェニアの王の会談。しかも両国は戦争中だ。もっと緊迫した雰囲気を想像していたヴィーケン兵たちは顔を見合わせていた。
「そ、そなたがアデルか?」
だいぶ調子を狂わされた様子でキャベルナが言う。
「で、です!」
アデルが顔を引きつらせる。それでも小声にならず、どうにか声量は保っているのがアデルなりの成長であった。
「キャベルナ殿、我らの王を呼び捨てとは無礼ではないか?」
イルアーナが鋭い視線を向けながらキャベルナに抗議する。
「そうだよ。あんたがどんだけ偉いか知らないけど、アデルはうちの王様なんだからね」
フレデリカも抗議するが、自身もアデルを呼び捨てにしていた。
「申し訳ないが我々はおぬしらを独立国として認めておらぬ。当然それを率いているアデルも王ではない。ハイミルト殿の葬儀とて、本来であればヴィーケン王国が行うものだ」
キャベルナがアデルを睨む。
「ひぃっ!」
アデルは小さな悲鳴をあげ後ずさった。
「はいはい、その辺にしましょうよ。戦争をしに来たわけじゃないですよね」
ラーゲンハルトが笑顔で割って入る。
「なんだい、アデルの許可さえあればこんな奴ら一分で片付けてやるよ」
フレデリカが鼻を鳴らす。城内で待機しているフレデリカ隊の面々も頷いていた。
「そんな許可しないよ。アデル君はハイミルトさんを弔うためにわざわざこんな式典を開いているんだ。それに敵を倒したいなら、アデル君が自分でやるよ」
ラーゲンハルトが悪戯っぽく笑う。その言葉にヴィーケン兵たちは息を飲んだ。寡兵でカザラス帝国を撃退し続けるアデルの戦闘力は一人で一万の兵に匹敵するなどと噂する者もいる。
「ふん、影武者でももう少しマシな者を選ぶのだな。こんなに怯えていては誰も本物のアデルとは思わんぞ」
キャベルナは不敵な笑みを浮かべて言った。
「いえ、それ本物のアデル君なんですけど……」
「なに? この小僧が?」
苦笑いするラーゲンハルトにキャベルナが顔をしかめる。
「ええ。この庶民感が我らがアデル王の持ち味なんですよ」
ラーゲンハルトがアデルに歩み寄り肩をぽんぽんと叩く。
「ははは……」
アデルは乾いた笑いを浮かべるしかなかった。
「と、ところで今日はどういったご用件で……?」
アデルは気を取り直し、なおも不信そうに自分を見るキャベルナに尋ねた。
名前:キャベルナ・ウィンゲート
所属:ヴィーケン王国
指揮 75
武力 67
智謀 79
内政 70
魔力 21
(実戦に出ない、口だけ大将とかって噂を聞いたけど……意外と有能だな)
キャベルナの能力を見てアデルは心の中でつぶやく。
「これは失礼した。先ほども申した通り、国としてはおぬしらを認めるわけにはいかぬが、個人的には感謝している。カザラス軍を追い返し、我が国の最大の功労者であるハイミルト殿を皆で弔える場を設けてくれた」
やや柔らかい表情になり、キャベルナは軽く頭を下げる。しかしまだ若干、アデルが本人であると信じていない気持ちはあった。
「私が参ったのは単純にハイミルト殿を弔うため……それと個人的な神竜様への興味だ」
「神竜……様?」
キャベルナの言い方にアデルは引っかかった。
「ドラゴンの力の偵察というわけか?」
イルアーナがそう口にするとキャベルナは首を振った。
「偵察か……詳しく知りたいという意味ではそうだな。オリムを攻撃した部隊を率いていたのは私だ。神竜様が途方もないお力を持っていることは承知している。そしてあの神々しいお姿に、私が膝まづいた瞬間、赦しをお与えくださったあのお優しさ……私はもっと神竜様のことを知りたいのだ」
しゃべるにつれ、キャベルナの表情が恍惚としたものになっていく。
「どうやら神竜にハマっちゃったみたいだね」
ラーゲンハルトが小声でアデルに呟く。
「えぇっ!?」
アデルは驚いた。
(コルトさんといい、キャベルナさんといい……偉い人はすぐ宗教にハマっちゃうんだろうか……?)
アデルは呆気にとられながらキャベルナの表情を盗み見た。
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