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最後の夜

 鈍い音を立ててハンターベアが地面に倒れた。今日一日探してようやく見つけたハンターベアだ。もうこの辺りにはハンターベアはいないのかもしれない。そう思いながらアデルはハンターベアの胸に刺さった矢を引き抜いた。


 矢尻のみ鉄製であるのが普通だが、矢がすぐ折れてしまうためシャフト部分も鉄製にしてもらった。また返しはついておらず、引き抜いてすぐ再利用できるようにしていた。オークの鍛冶屋が頑張ってくれた賜物だ。


 他には先日頼んだクナイと、ダーツが数本づつ。ダーツは毒を塗って使うのが主な用途で、様々な毒が取れるこの森では有用なものらしい。


「弓の使い心地はどうだ?」


「いい感じです」


 アデルの弓は同じくオークの職人に作ってもらったものだ。ダークエルフ用の弓では強度が足りなかったため、特注品を急ぎで仕上げてもらった。


「せっかくだ。ハンターベアにアデルの練習相手になってもらおう」


 イルアーナがそうアデルに提案したのはここに来て3日目、剣をもらった次の日だった。アデル、イルアーナ、ジェランの3人は食卓で昼食を食べていた。


「ふぇ?」


 揚げキノコをご機嫌でほおばっていたアデルはその言葉に凍り付いた。ハンターベアという名は初日に友好派の集まりで聞いた記憶がある。


「それって……いまダークエルフの最大の脅威って言ってませんでした?」


「言ってたな」


 パンをちぎって口に入れながらイルアーナが平然と答える。


「夕食までには帰ってくるんだぞ」


 ジェランは食後のお茶をすすりながら父親っぽいことを言った。


(似た者親子だけど、食事のスピードは全然違うんだよなぁ)


 すでに食事を終えているジェランと、食べ始めたばかりのようにさらに料理が残っているイルアーナを見ながらアデルはぼんやりと思った。


「……いや、そうじゃなくて、危ないじゃないですか!」


「その通りだ。放っておいたら危ないからな」


 イルアーナはレタスをしゃりしゃり食べながら答える。


「アデル君!」


 ジェランが乱暴にカップを置いたのでアデルはビクッとなる。


「な、なんでしょう?」


「娘を危険な目に合わせたら承知せんぞ!」


 ジェランは迫力のある目でアデルを睨んだ。


「いやいや、連れていかれるのは僕の方なんですが……というか、ジェランさんは一緒に行かないんですか?」


「族長は基本的に村から離れないことになっている。だから娘を頼んだぞ」


「そ、そんな……」


「いやー、アデルくんは幸せ者だな。娘と狩りだなんて、村の男たちがこぞって行きたがるところだよ」


「うっ……」


 アデルは嫉妬に満ちた友好派のダークエルフの男たちの目を思い出す。


「それともアデル君は他の男が娘と狩りに行った方がいいのかなぁ」


「い、行きます! 僕が行きます!」


 二人の会話を聞きながらイルアーナはスープをすすっていた。その頬は若干赤くなっていた。


 こうしてアデルとイルアーナは四匹の狩人のゴブリンと一緒にハンターベア狩りに出た。二人きりで無いのは残念だったが、人数が多いのは心強い。それぞれがウルフェンにまたがっていた。


「意外とこの子、大人しいんですね」


 アデルは自分がまたがっているウルフェンを撫でながら言う。鞍などはなく、直接またがり毛皮に掴まるものなのだそうだ。方向転換は首筋をポンポン叩いて行う。


「普通は初めての相手が簡単に乗れる動物ではないのだがな」


「え、そうなんですか……?」


 そしてハンターベアの縄張りに着くと狩りが始まったのだが、アデルはハンターベアの天敵だった。不意打ちしようとしても気配で居場所を察知し、厚い毛皮も尋常ではない矢の威力で撃ち抜いてしまう。ハンターベアも知恵を絞ったのか、狩り三日目には五匹が同時に襲ってきたが全て返り討ちとなった。アデルの五日間の狩りで十匹の仲間を失ったハンターベアたちは縄張りの縮小を余儀なくされたのであった。




「人間!」


「人間!」


 狩りを終えてアデル達がマザーウッドへ帰ってくると、門番のゴブリンたちが声を上げた。


「た、ただいま戻りました」


 アデルは愛想笑いをしながら横を通り過ぎる。


「ふふ、だいぶ好かれたな」


 イルアーナが隣で可笑しそうに笑った。


「え、好かれてるんですか?」


「もちろんだ。みな笑顔になっているだろう」


 アデルが振り返るとゴブリンもアデルの方を見ていた。目つきが悪いのでよくわからないが、言われてみれば笑顔にも見える。


「奴らにも肉を分けろと言ったのが効いたのかもな」


 ゴブリンたちがとってきた獲物はダークエルフも食べるが、ダークエルフがとった獲物をゴブリンたちに分け与えることはよほど余ったりしない限りはないそうだ。ただお風呂の水を運んでもらったり、剣や弓を作ってもらったりしたので、お礼の意味を込めてゴブリンやオークたちにもアデルが狩った獲物を分けることを主張した。


 それだけではなく、いつも偉そうなダークエルフと違い、気が小さいアデルはゴブリンたちにもペコペコしている。なので最初、ゴブリンたちは自分たちよりも立場が下の奴隷が来たのだと勘違いしていたほどだ。それがダークエルフの客人であり、なおかつ族長のジェランやハンターベアよりも強いことを知りゴブリンたちは驚いていた。


「お帰り、アデル君」


「あ、ジェランさん、ただいま戻りました」


 出迎えたジェランにアデルは会釈をした。


「ご注文通り、今日のハンターベアは頭ではなく心臓を狙いました」


「おお、悪いね」


 ジェランがハンターベアの毛皮を敷物にしたいというので、頭は傷つけないようにアデルに頼んでいたのだ。


「お礼というわけではないが、今夜はごちそうだよ。またしばらく会えなくなってしまうからね」


「ありがとうございます」


 一週間の滞在で、ジェランのアデルへの態度は族長というより、すっかり父親のものになっていた。名残惜しかったが、明日には旅立つことになっていた。


 まずアデルの家に寄り、カナンに行って冒険者ギルドに登録、そこからカザラス帝国に行ってイルアーナの母親がいるプリムウッドの里の様子を見に行くことなっている。


 名残惜しかったが、またここに戻ってくることを心に誓い、アデルは最後の夜を過ごした。

お読みいただきありがとうございました。


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