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成り行き英雄建国記 ~辺境から成り上がる異種族国家~  作者: てぬてぬ丸
第六章 富国の章

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奇襲(ロスルー周辺)

 一方、ガルツ峡谷のカザラス帝国側の出入り口にはカザラス帝国軍五千が布陣していた。


「ずいぶんあっさりと受け入れたようだな」


 本陣で暇そうにしながらアーロフはつぶやく。五千人の、兵とは名ばかりの一般人を神竜王国ダルフェニアに送り込み、五日ほど戻ってくる者や追い返される者がいないか見張っているのだが、だれ一人帰ってくるものはいない。時折やってくる冒険者や商人が軍を怖がって帰っていくくらいだ。


「紛れ込ませた諜報員も無事に入り込めたことでしょう。これで敵軍の全容がわかります」


 アーロフの横に控える副官のヤナスが言った。建国されたばかりの神竜王国ダルフェニアには他国の諜報員がまだほとんどいない。特に城に入り込んで重要な情報を集められるような諜報員は皆無だった。大勢の諜報員を送り込めればそのチャンスも増える。アーロフはそう考えていた。


「そういえば前回の戦いの後、我々が後処理に追われている隙にガルツに向かったという馬車の一団ですが……」


「何かわかったのか?」


 ヤナスの話にアーロフが興味を示す。


「確証はないのですが、帝都を出たヨーゼフ商会のヨーゼフ殿の一団と、数や移動経路が合致しております。もしかするとヒルデガルド様のためにダルフェニアに行かれたのかもしれません」


「あの隠居老人か。まあ、いなくなったほうがエイムント殿もやりやすいであろう」


 帝国お抱えの商人となっているヨーゼフの息子、エイムントとはアーロフも懇意にしている。


「何を勘違いしたのか、商人の分際で父上に苦言を呈していたというヨーゼフ……ふっ、ダルフェニアに行ってくれたのなら大助かりだな」


 アーロフがほくそ笑んだ。


「しかし、ヨーゼフ商会にしろ今回の一般人にしろ、ずいぶんと簡単にダルフェニアは受け入れてしまいますな。戦時の捕虜もすぐに返してしまいますし、どうやらアデルはずいぶんと甘い性格のようです」


「そうだな。恐怖は大事な武器だ。降伏すれば許してくれるような軍と戦うことなど誰も恐れない。相手がこちらに恐怖すれば、戦うことなく相手は逃げ出すだろう」


 暇なせいか、アーロフが饒舌に語る。


「そんなダルフェニア軍に敗れたのは口惜しいが……しかし敗因をエルフのせいにしたせいで、エルフからさらなる協力を得られることになった」


「ほう、それは朗報ですな。苦戦の要因としてダークエルフたちの魔法があります。まあエルフたちも、脆い壁しか作れない土魔法で防壁を作ってくるとは思っていなかったようですが……」


「こちらが通常通り攻城兵器で攻めていれば難なく攻め落とせたということだ。情報が漏れているとしか思えん。ラーゲンハルト兄上と親しくしていた兵は多いし、奴は冒険者ギルドともつながりがある。小賢しい奴らだ……!」


「し、しかし今回、諜報員を多数送り込めたことでようやく同じ条件で戦えますな!」


 敗戦の話でアーロフが段々と不機嫌になってきたのを察し、ヤナスは取り繕うように言った。


「そうだな。まったく、正面から戦わずに奇策ばかり弄するのはラーゲンハルト兄上らしいな……さて、これ以上ここにいる必要もないだろう。ロスルーに戻るぞ」


「はっ!」


 アーロフは自分の工作がうまく行ったことを確信し、軍に撤収の指示を出す。


(自分も人のことを言えるような正々堂々とした戦いはしていないだろうに……)


 撤収の準備をしながら、ヤナスはアーロフの言葉に心の中で皮肉を言った。


 そしてアーロフの軍は陣を畳み駐屯地であるロスルーへと戻る、その途中であった


「左翼から敵襲! 獣人族です!」


「なんだとっ!」


 自国の領内で襲われると思っていなかったアーロフ軍は慌てふためいた。重武装のカザラス軍は移動中には鎧を脱いでいることが多い。さすがにすぐに武装できるよう準備はしているが、陣形までは整える時間がなく、雑な防御陣しか築けていないアーロフの軍に獣人たちが襲い掛かった。


「な、なんで急に獣人族が!」


「ダルフェニアと手を組んだのか!」


 狼狽えるカザラス兵を、自慢の身体能力で獣人族が切り倒していく。獣人たちの装備は粗雑であったり、人間用の体に合っていないものであったが、戦闘力の差は歴然としていた。


「やはり弱いな! 人間の支配者が強かったのは昔の話だったか!」


 先頭で暴れている犬系の獣人、ガドソラが笑いながら一人のカザラス兵を蹴り飛ばした。カザラス兵は個々の戦闘力では獣人に敵わない。統制が取れていないカザラス軍は暴れる獣人を抑えることは出来なかった。数人のカザラス兵がガドソラの周囲を囲み、槍を突き出す。しかしガドソラは余裕でそれをかわすと、手に持っていた剣で兵士たちを斬り伏せた。




 人間の魔法文明によって獣の森に追われていた獣人族は、魔法文明崩壊後の混乱に乗じて一次勢力を盛り返した。しかし人間たちが統制を取り戻すと、その戦略や装備の質の差によって、再び獣の森まで押し込まれてしまっていた。


 長い間、獣の森から出ることはなかった彼らだが、全ての人間と敵対しているわけではない。商人――特に森で取れる麻薬作用のある薬草を欲しがる密売人などとは取引をしている。そしてその商人から、現在周辺を支配しているカザラス帝国がダークエルフと共闘する小国に敗れたと聞き、再び打って出たのだ。


「隙を見せるな。一気に叩くぞ」


 大鎌を構えた獅子系の獣人の男がガドソラの横で数人のカザラス兵を薙ぎ払った。


「盾だ! 盾の壁を作れ!」


 混乱の中でも数人のカザラス兵が盾を構えて横に並び、槍を構える。


「させないよ!」


 一つの影がそのカザラス兵たちの作った壁を飛び越える。兎系の獣人の少女であった。両手に短剣を構え、無防備なカザラス兵の背中を切りつける。崩れた盾の壁に他の獣人が入り込み、あっという間に盾の壁は崩壊した。


「行けるぞ! 獣人族、復活の時だ!」


 順調な戦況に興奮し、ガドソラは雄たけびを上げた。




「アーロフ様、危険です! どうかお逃げを……」


 ヤナスがアーロフに進言する。


「……敵は千匹ほどか。所詮は森の獣。最強のカザラス軍が負けるなどあり得ん」


 悲鳴と怒号が巻き起こっている前線を見つめ、アーロフが言う。


「し、しかし、この状況では立て直しなど……」


「敵はこちらの本陣を目指して突破してくる様子もなく、ただ目につく相手と交戦しているようだ。前線の兵が戦っている間に後ろの兵に陣形を組ませろ。それが終わり次第、前進する」


「は、はっ!」


 アーロフの指示にヤナスは目を丸くした。


(要するに前線の兵を犠牲にして時間を稼ぎ、体制を整えるわけか。恐ろしい男だ……)


 前線で多くの犠牲を出しつつも、カザラス兵はアーロフの指示通り陣形を整えた。


「なんだ、こいつら動きが変わったぞ!」


 返り血で真っ赤になったガドソラが目を丸くする。先ほどまでカザラス兵を圧倒していた獣人たちが次々とやられていた。悲鳴を上げて逃げ惑う獣人とカザラス兵の向こう側から、隊列を組んだカザラス兵たちが現れる。盾と槍を構え、横にも前後にも隙間なく並んだカザラスが誇る重装歩兵隊であった。


「人数が増えたところで!」


 ガドソラはそれまでと同じようにカザラス兵に襲い掛かろうとする。しかし互いに盾でカバーし合うカザラス兵の隊列には全く隙が無かった。


「だったら力で崩してやる!」


 ガドソラは風のような速さで近づくと、力いっぱいカザラス兵が構えた盾に剣を撃ち込む。ガドソラの力に盾が押し込まれるが、後ろや横にいる他のカザラス兵が支えとなり、押し崩すことは出来なかった。


 逆に今度はカザラス兵が槍を突き出す。横一列だけでなく、前にいる兵士の頭の隙間から後ろにいる兵士も槍を突き出してくる。


「ぬおっ!?」


 どこにもかわす隙が無く、ガドソラは大きく下がって槍の間合いから逃げるしかなかった。重厚な盾の壁と濃密な槍の突き。これぞカザラスの重装歩兵隊の真価だ。


「そんな盾、飛び越えちゃえば……!」


「よせっ!」


 兎系の獣人の少女が、先ほどと同じように盾を構えるカザラス兵を飛び越えようとする。ガドソラが制止しようとしたが間に合わなかった。獣人の少女は軽々と先頭に立つカザラス兵の頭上を飛び越えたが、その後ろに並んだ兵たちが突き出した槍に捉えられる。腹に深々と槍が刺さった少女はしばらく暴れていたが、やがて動かなくなった。


「くそっ、人間め……っ!」


 ガドソラが顔を歪める。先ほどまでの勢いは完全に止められ、獣人たちは打つ手がなくカザラス兵の前進に合わせて後退するしかなくなっていた。


「おい、これ以上やっても無駄だ。撤退するぞ」


 ガドソラに獅子系の獣人が声をかける。攻め時と退き時をよくわきまえているのが猫系統の獣人族の特徴だ。


「覚えていろよ、人間!」


 ガドソラも仕方なく捨て台詞を残し、自分の一族とともに撤退する。獣人族はそれぞれの部族が独自の判断で行動する。今回のように大きな戦いではそれぞれの部族が力を合わせるが、全軍を仕切るような指揮官は存在していなかった。


 他の部族もそれぞれ撤退し、獣人族の奇襲作戦は失敗に終わる。とはいえ、獣人側が百人程度の損害に対し、カザラス軍は三百人ほどの死傷者を出していた。


「勝ったぞ!」


「ざまみろ、獣どもめ!」


 森へと逃げ帰る獣人族を見てカザラス兵たちの間に歓声が広がっていく。ロスルーの兵士たちにとっては久し振りの「勝利」でもあった。


「獣人か……もしダルフェニアとやつらが組んでいるとしたら厄介だな」


 アーロフが獣人たちが消えた森を睨む。


「しかし、森を掃討する余裕もありません。そもそも獣の森は旧エレンツィア領。ダーヴィッデ殿の第四平定軍の担当地域です」


「そうだな。ダーヴィッデに抗議文を送り、謝罪として物資か金でも送らせろ」


 ヤナスがアーロフの指示に頷く。そしてアーロフは軍を取りまとめると、ロスルーへの帰路についた。

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